#6 鈍い感覚
あなたの記憶の本棚に、ぜひ私の作品を入れさせて頂けませんか?
慧愛と絃貴が会った時、彼は慧愛の撃った銃弾を避けた。あれは完全に不意打ちの一撃で、慧愛も本気ではなかったが殺す気で撃ったものだ。
それを避けた時点で、彼の戦闘能力が尋常じゃないのは明らかだったが、慧愛は彼の戦闘を見た訳ではない。よって、慧愛にとっては彼は護るべき対象だった。それも、なぜか他の者とは違う、特別の。
恋でもない、愛でもない、優しさでもない、ただ護らなければという責任感。それがあったから、彼を必死に護ろうとした。
でも、彼は護られるような存在ではなかったのだ。
「はははっ!やるじゃねぇかてめぇ!何者だ?」
「ただの名探偵の助手だよ。ただ、その名探偵と同じ武闘派のね」
絃貴がバールを構え、アイザックも二つのマチェテを構える。
アイザックは慧愛との戦闘とさっきの蹴りによるダメージが蓄積しているし、絃貴も手のひらにマチェテが貫通して怪我をしている。互いに手負い、どちらの方が優勢かは分からないし、そもそもの鉉貴の強さも未知数だ。
「それじゃあ、いくぜ!」
アイザックが動き出し、マチェテを振る。その動きは速く、そして巧み。だが、それを絃貴は全て目で見て弾いていた。
慧愛に銃を撃たれた時もそうだ、彼は見てから攻撃を避けたり弾いたりしている。彼の動体視力もそうだが、反射神経も尋常じゃない。
「っ...なんだてめぇ、なんでこんな...!」
「別にそんなに驚く事じゃないだろう?僕なんかより、後ろの彼女の方がよっぽど恐ろしいんだから」
「ははっ!それもそうだな!」
マチェテが力任せに振られ、絃貴はそれをバールで受ける。
だが、アイザックの全力を込められたその一撃を絃貴は止めきれず、そのまま投げ飛ばされて建物を貫通した。
「ぐっ、流石に強いな...!」
「まだまだこれからだぜぇ!」
建物を貫通し、絃貴は広い交差点に出る。もちろんアイザックもそれを追いかけ、絃貴の前に立った。
いくら夜中とはいえど、ここは東京。この交差点にも多くの人がいる。
「さあ、続きだ!」
息をつく間もなく、アイザックが絃貴に攻撃を始める。
急に人通りの多い場所で激しい戦闘が発生した事により、周りの人が捌け始める。迷惑以外の何でもない。
「おらどうした!体が痛むか?」
「ははっ、そうだね!」
アイザックは屈強な身体なのに対して、絃貴は筋肉はあるが細身の身体だ。よって、例え同じダメージ量だったとしても絃貴の方が実際にはより多いダメージを喰らう。
ただでさえそんな体格差があるのに、絃貴は出血と建物を貫通する程の衝撃を喰らっている。今、不利なのは絃貴だろう。
「敏陰」
その一瞬、慧愛が物凄い速さで絃貴の後ろを通り過ぎ、彼の手に何かを置く。
彼の手に握られていたのは、一丁の拳銃だった。
「ふっ、感謝するよ名探偵!」
「っ!お前、それどこから...!」
絃貴が銃口をアイザックに向け、そして引き金を引く。
アイザックはそれをマチェテで受けるが、急な発砲によって態勢を崩した事により隙を見せた。だが、それも一瞬の隙だ。一秒にも満たない、そんな一瞬の。
でも、絃貴にはその一瞬だけで十分だった。
「っ...!がはっ!?」
絃貴の振ったバールはアイザックのみぞおちに直撃し、その一撃によってアイザックは近くの建物まで殴り飛ばされる。
その拍子に激しく全身を強打したのが決め手となり、アイザックは意識を失った。この戦闘の勝者は、名探偵の助手である敏陰だ。
「ちゃんと強いじゃん、最初から言ってくれてれば良かったのに」
「ははっ、ごめんごめん。でも、君の銃弾も避けれるんだからある程度は分かるだろう?」
「まっ、それもそっか」
慧愛がスマホを手に取り、警察に電話をかけようとしたが、彼女はその手を止めた。
それもそのはずだ。もう、通報する意味もないのだから。
「おい名探偵、随分と目立つ騒ぎを起こしてくれたな?」
「私なんも悪くないよ?あの気絶してる奴が襲ってきたんだから」
「それもそうなんだがなぁ...お前ならもっと別のやりようが...」
刑事は慧愛にそう言いかけて、言葉を止めた。
彼女はいつも通りの態度を保とうとしているみたいだが、どうも落ち込んでいる。少し疲れた様子だし、彼女でもこれが精一杯だったのだろう。
そんな様子を見て、刑事は彼女の頭に手を乗せてさっき買っばかりの温かい缶コーヒーを差し出した。
「まっ、よくやった名探偵。これ飲んで元気出せ」
「ちょっ、子供扱いすんな!別に落ち込んでなんか...!」
刑事は彼女の言葉を無視して、周りの警察に指示を出す。なんやかんやあの刑事と慧愛は長い付き合いだ。
だからだろうか、慧愛も別に悪い気はしなかった。
「はぁ、ほら行くよ敏陰。報酬貰わなきゃ」
「あっ、そうだったね。早く行こうか」
慧愛は絃貴の様子をちらりと見て、足を止める。
あれだけの激しい戦闘の後だ。所々に怪我をしているし、おそらく骨にもダメージがある。彼は平気そうな顔をしているが、普通に考えて重傷だ。
「やっぱいいや、先に病院行くよ」
「えっ?どこに怪我人が...」
「ここにいるだろ!ここに!」
慧愛のツッコミに、絃貴は今思い出したかのような反応を見せた。よほど痛みに鈍いのだろうか、こんな重傷なのに異常な反応だ。
いや、違う。彼は戦闘中も明らかにパフォーマンスが落ちていたし、痛みは感じているだろう。だとしたら、彼は痛みに鈍いんじゃなくて自身の傷なんてどうでもいいのだ。
ただ、目の前の敵を倒す為に突き進む。例え致命傷を負おうとも。それが絃貴の強さであり、彼の弱さでもある。
「ははっ、今日の慧愛は優しいね。僕の事すごく心配してくれるじゃん」
「うるさい、さっさと行くよ」
そうして、慧愛は不機嫌そうに鉉貴を引っ張りながら早足で病院に向かうのだった。
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