#4 常識外れの思想と力
あなたの記憶の本棚に、ぜひ私の作品を入れさせて頂けませんか?
翌日、水死体多発事件を見事に解決した慧愛は、事務所で優雅に紅茶を嗜んでいた。
先日の依頼の報酬は約200万円という多額の報酬だ。いつもなら彼女がその報酬金を一人で総取りなのだが、今回は助手の敏陰と山分けだ。
「凄いね、たったの一日でこの額だなんて...」
「そりゃあ一応こっちにも命がかかってるからね。半端な金額で戦闘までしないよ」
普通に生きていれば一度目にするかしないかぐらいの金額を前に、絃貴はさほど驚いていないように見えた。
やはり彼は一般人ではなく、何か特殊な人間。戦闘経験もおそらくある為、裏社会の人間と思った方がいいだろう。
「ん?電話?」
絃貴が書類を整理していると、事務所へ電話がかかってきた。
その電話番号には見覚えがあり、それは慧愛が何度も見た電話番号だ。
「もしもし〜?刑事さん、何かよう?」
「慧愛だな?昨日の依頼を解決してもらったばかりですまんが、追加で依頼をお願いしたいんだが」
電話越しに聞こえる彼の声には少し元気がなく、相当困っているのが伝わる。
追加の依頼と言う言い回しから、おそらくは先日の水死体多発事件に関連している事だろう。
「で、依頼内容は?」
慧愛がそう聞くと、依頼主である彼は声のトーンを落として、彼女の問いに答えた。
「犯人の、事情聴取を行って欲しい」
◇◇◇
依頼を受けた慧愛は、今回はただの事情聴取だけなので一人で留置所を訪れた。
そこには彼女に依頼をした刑事が待っており、彼女の姿を見ると、どこか安心したような顔を浮かべた。
「すまんな名探偵、ただの事情聴取の為に...」
「別にいいけど、なんで私なの?犯人からの要求?」
「ああ、その通りだ。お前じゃないと話さないと口を閉ざされてしまってな」
犯人の目的は不明だが、彼女は金が貰えるのなら事情聴取なんていうめんどくさい依頼も引き受ける。
だが、めんどくさいものはめんどくさい為、彼女は刑事から資料を受け取ると、一人で取調室へと入った。相手は殺人事件を起こし、そして警察の中でも体術はかなり強いと評判の実力者な為、普通は二人で入るのだが、今回は犯人の要求と慧愛がそれ以上の実力者だという事で彼女が一人で入る事になった。
「よお、昨日ぶりだな名探偵さん」
「随分と余裕そうだね。じゃあ、話を聞こうか」
「その前にここのドアの内側からの施錠と、あの窓を塞げ。録音とカメラも切れ」
慧愛はその男の指示に素直に従い、窓を布で隠し、扉のドアノブを壊し、機能を失わせた。それと同時に、監視カメラに目で合図を送り、録音とカメラを切らせた。
そして彼女はドア側の椅子に座り、目の前の男を冷たい目で見つめる。
それに対するその男は、余裕そうな笑みを浮かべていた。
「犯行理由は?」
「ただの証拠隠滅だ。あいつらを犯した後、間違えて殺しちまってな」
「確かに、被害者は全員女性だったね。よし、じゃあ終わりでいいね。他の事は全部こっちで調べがついてるし」
彼女はそう一言だけ言い放つと、席を立って扉の方へ歩き出す。
後ろ姿を見せた彼女の隙を見逃さず、男は彼女の身体を押し倒した。
「...一応聞こうか、何をしてるの?」
「もちろん、最後にお前を犯すんだよ!」
その男は彼女に覆いかぶさり、片手で彼女の両手を拘束し、もう片手を彼女の胸へ伸ばす。
そんな彼を、彼女は仰向けの体制のままで蹴り飛ばした。
「ぐあっ!?」
「あのさぁ、もっとよく考えて動いた方がいいよ?」
彼女は拳銃を取り出し、倒れている彼の額にその銃口を向ける。
彼女の目はまるで真夜中の吹雪の中のように冷たく、今にもその引き金を引いてしまうのではないかと思わせるものだった。
「私には、殺人が許可されているんだからさ」
そして銃口の向きを変え、彼女は彼の足に銃弾を撃ち込み、扉の方へ振り返る。
痛みに悶える男を横目に、彼女は扉を蹴り飛ばして取調室を後にした。
◇◇◇
すっかり日も暮れて、人通りの少なくなった道路を慧愛のバイクが走っていた。彼女は自身の家のある事務所のビルに向かうのではなく、昨日訪れた廃ビルへと向かっている。
「さてと、一応調べとかないとね」
普段はひとりごとを言わない彼女だが、そう呟いて慧愛は廃ビルの中へと足を踏み入れる。
そしてこのビルのエントランスの中央辺りまで進むと、足を止めて廃ビルの割れたガラス張りの壁の向こう側、少し背の高い木の一部分へと視線を向けた。
そしてその瞬間、彼女の額に向けて銃弾が放たれた。
「うん、やっぱりいたね」
慧愛が銃弾の着弾点へと視線を向けた瞬間、彼女の背後に人の気配がする。
彼女はその気配に瞬時に反応し、自身に向けられた拳銃を弾き落とす。それと同時に強烈な蹴りを入れ、その刺客を蹴飛ばした。
「っ...!」
「おお、防がれたか。すごいね、いい反応速度だ」
彼女は相手の腹部を狙って蹴りを入れたが、相手は上手くそれを受けていた。
暗くてよく見えないが、体型と髪の長さからして対象はおそらく女性。身体能力が化け物じみている慧愛の蹴りを防いだ事から、この女は相当凄腕の殺し屋か何かだろう。
「で、誰からの刺客?私に懸賞金は無いし、誰かから雇われたんでしょ?」
慧愛が目の前の女にそう質問するが、彼女はそれに応えようともせず、背負っていたアサルトライフルを手に持ち、慧愛に銃口を向けた。
流石の慧愛でもアサルトライフルを相手に舐めてかかっては怪我を負いかねない。それなのに、彼女は拳銃を取り出すことすらしなかった。
(殺す訳にもいかないしね、ここはちょっと本気を見せてあげようかな)
そして、ライフルの銃口が光るその瞬間、彼女の五感が研ぎ澄まされる。
視覚からは敵との距離、聴覚からは風の音の反響による周囲の構造、彼女はその二つの情報を頼りにこの後の行動を演算する。
だが、人間の反射速度の限界は約0.1秒、そしてライフルの弾速は秒速600m~1000mだ。今、慧愛と敵の間の距離は僅か10m。つまり、0.1秒で最低でも60mを移動出来る銃弾は確実に彼女に命中してしまうはずなのだ。
それなのに、アサルトライフルから放たれた銃弾を、彼女はありえない速さで避け始めた。
(体型からして筋力はあまり無いな、体重も50もいってないだろうし、威力はこのぐらいで...)
銃弾を避けながら様々な計算を思考した彼女は、急に身体の向きを変え、敵の方へ急接近する。
その速さはもはや人間の出せる速さではなく、まるで陸上最速のチーターのよう。そんな速さで動く彼女から繰り出される拳が、敵の肋へと打ち込まれた。
「はい、終わり」
「かはっ!?」
壁際まで殴り飛ばされた女性は、そのまま壁にもたれて座り込んだ。
あの一撃で肋も折れ、とてつもない痛みが走った事だろう、もつ彼女はもうしばらくは動けないと考えていい。だが、それでも慧愛の手加減によって意識はきちんとあった。
「さ〜て、君はどこの誰かな?答えないなら殺すけど?」
慧愛が余裕な様子で彼女の方に歩き出し、質問を投げかける。
そんな彼女の質問に応えるように、刺客の女は彼女を睨みつけた。
「ぶさ、けるな...私の顔も忘れたか、ホームズ...!」
「っ!あんた、一体どこでその名前を...」
慧愛が動揺したその一瞬、彼女の背後に人影が現れ、彼女を蹴り飛ばす。
慧愛はその蹴りに対して瞬時に反応し、ダメージを最小限に抑えた。だが、彼女が再びあの刺客のいた場所へと視線を向けるが、そこには刺客の姿は跡形もなくなっていた。
「へ〜、やられた。結構腕の立つ奴がいるみたいだね」
明らかに異常な事態、慧愛でさえも動きを完全に見切れないような速さの人間が現れた。普通ならもっと焦るべきなのだろうが、俗世の死神と呼ばれる彼女はその状況に心を躍らせていた。
久しぶりに、楽しめそうだと。
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