#2 名探偵の助手
あなたの記憶の本棚に、ぜひ私の作品を入れさせて頂けませんか?
名探偵である佐々木慧愛は、自身の事務所の革製の椅子に座り、頬杖をついていた。
彼女が警察に無理やりポスターを都内に貼らせてから約一週間が経過し、そして彼女はとても不機嫌そうにしている。
もう分かっただろう。そう、誰も来ないのだ。
「なんでだ...私はあの佐々木慧愛だぞ?数多の難事件を解決した名探偵だぞ?何で来ないんだ?」
彼女はそう言っているが、応募者が来ないのも無理はない。なぜなら、彼女の作成したポスターは、とんでもない内容しか書かれていないからだ。
そこで、ざっと彼女の作成したポスターの特徴を挙げよう。
まず、構図としては"名探偵の助手を大募集!"という大きな見出しの下に書類の整理やら事務所の掃除やら電話の対応やら...まあ、雑用系の仕事が羅列されており、彼女の描いた自分を模した可愛らしい探偵のミニキャラが左下にくる感じのものだ。
パッと見は問題ないのだが、書いてある仕事内容がただの雑用過ぎて、まず誰もそんな仕事はしたがらないだろう。
そして、なんと給料は記載すらされておらず、大事な情報が抜けて、不要な情報しか入っていないそのポスターを見て、誰がそんな仕事をしたいと思うだろう?もし居たとして、それは佐々木慧愛自体に興味があるような物好きだけだ。
そう、顔だけはいい彼女に興味がある、物好きだけ...。
(ん?誰か来たな...)
慧愛は武闘派の探偵であり、その戦闘能力はもはや兵器並みだろう。
よって、彼女は周囲の人の気配を簡単に察知する事ができ、そんな彼女は事務所の方へ向かってくる存在に気づいた。
「はぁ...また狙われたか...」
彼女は今までに何度も命を狙われており、この事務所を訪れる際は電話をかけるようにと事務所の前の看板にもはっきりと記されている。
そして今日、この事務所に誰かが訪れるという予定はない為、このパターンは佐々木慧愛本人を狙ったものでほとんど間違いない。
そんな危険な状況の中、彼女は頬杖をつきながら拳銃を構えた。
「失礼するよ、ここが佐々木探偵事務所で...」
律儀に扉から入ってきたその男に向けて、慧愛は引き金を引く。
だが、その男は彼女から放たれた銃弾を避け、銃弾は彼の髪を掠めた。
(...!へぇ、あれを避けるんだ?)
「...あの〜、僕が何かしたかい?初対面のはずなのだけど?」
180cmは越えてるであろう長身に、整った顔立ちといかにも女を誑かしてそうな髪。そんな見た目の彼は、困ったような顔で慧愛を見つめた。
銃を向けられて発砲されたというのに、その顔からは焦りを感じられず、明らかに一般人ではないのが分かる。
「ふ〜ん、敵意はないみたいだね。電話もなしになんの用?」
「いや、まずは謝罪じゃないのかい?一応さっき君に殺されかけたんだけど...」
彼の目に映る彼女の顔にはまったく反省の色がなく、ただただ彼を怪しんでいるような目で睨んでいる。
そんな彼女を見て、彼は呆れたのかやれやれと息を吐いた。
「はぁ、これが噂の名探偵様か。ポスターの通り書類も片付いてないし...」
「いいから早く本題に入ってよ...って、ポスターの通りって言った?もしかして、あんた...」
男は慧愛の言葉に肯定するかのように笑みを浮かべ、紳士の礼と同じような仕草をとる。
そして片目を閉じ、彼は口を開く。
「僕の名前は敏陰 絃貴。レディ、あなたの助手になりに来ました」
◇◇◇
名探偵である慧愛の助手になりに来たと名乗った絃貴は、慧愛と2人で面接をしていた。
いや、面接というよりは、絃貴の質問攻めだろう。
「そもそも給料は?一番重要な事が書かれてないじゃないか」
「給料?そんなの依頼の報酬から出るに決まってるだろう?ここは探偵事務所だぞ?」
慧愛は当たり前のようにそう言った。
まあ、当然といえば当然だ。そもそも探偵とは依頼を受けてそれを解決し、そして対価として報酬をもらう。
そうやって生計を立てていく職業なのだから。
「だとしてもだろう?どんな給与形態なのかはちゃんとはっきりさせとかないと」
「うっ...悪かったって...。そんな事より、私はあんたが何者なのかを聞きたいんだけど?」
慧愛は怪しむように目の前に座る絃貴を睨む。
彼女が彼を怪しむ理由は、彼がこの事務所に入ってきた直後に、彼女の放った銃弾を避けたからだ。慧愛も銃弾は避けれるのだが、普通の人間は銃弾を避けれない。
どれだけ訓練された者でも、あの距離で放たれた銃弾を避けるのは至難の業だ。
「う〜ん、僕が何者かを知りたいのかい?じゃあ、それは君が推理してくれ。探偵なんだろ?」
「あのさ、こっちは雇い主なんだよ?私に対して自分の身分を伏せるなんて、常識知らずだと思わない?」
「街中でいきなり銃を放つ君にだけは言われたくないね」
彼女は彼のその言葉に返す言葉がなかった。
どこまでも嫌味な男だと慧愛は思いつつも、珈琲を啜ってため息を吐いた。だが、彼女は少しだけ、この状況を楽しんでいる。
「まあいいや、とりあえず雑用はしてくれるんだよな?」
「もちろん、それが仕事だからね。それと、戦闘の補助も僕に任せてよ」
慧愛は再び口にしようとしていたコーヒーカップを置き、再び拳銃を構える。
そして冷たい目で絃貴を見つめるが、それでも彼は動じなかった。どこまでも不気味な男だ。
「それは一般には伏せてある情報だけど?あんた本当に何者だ?スパイ?」
「スパイだったらこんなに目立つ行動はしないよ。ただ、僕なりに推理しただけさ。今日から僕は君の助手になるんだし、ある程度の推理は出来なきゃだろう?」
慧愛はしばらく絃貴を睨んだ後、拳銃を下ろす。
そして席を立って部屋の扉の前に立ち、背を向けたまま彼に話しかけた。
「とりあえず書類の整理とか掃除とかしといてよ?私、ちょっと用事があるから」
「合格って事だね。了解、新品同様に綺麗にしとくよ、名探偵さん」
慧愛はそのまま事務所を出ると、自身のバイクに跨る。そしてため息を吐きながら、夜の街をただ意味もなく走る。
そんな彼女は、少しだけ楽しそうな笑みを浮かべていた。
あなたの記憶の本棚に、このお話は入れたでしょうか?
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