第09話 不穏
道中、今朝のティルダとミミィのことが話題に上る。
「なあ、なんでミミィはティルダと一緒にいると思う? 周りと比べると、仲良しという感じはあまりしないんだが……」
レヴェナの言う事情が掴めなかったアキツは、再びその疑問を口にした。
「うーん、確かに友達っていうより主従関係みたいに見えるよね。ひょっとすると〝虎の威を借る狐〟ってやつじゃないかな?」
「ミミィがティルダの威を借るってことか?」
「うん、そう。ティルダは実技上位だけど、ミミィは座学も実技も下位。彼女にしてみれば、ティルダと一緒にいることで自分の株が上がるのかも」
そんなカミユの憶測に対し、ミサギが神妙な面持ちで言葉を返す。
「中らずと雖も遠からずってとこね。あんたたちは知らないだろうけど、ミミィは初等科の頃に一部の同期生からいじめを受けていたのよ」
「えっ?」
「な、なんだと!」
驚く二人に、彼女はこう続ける。
「でもティルダと付き合うようになってから、それはなくなったわ。たまに陰口くらいは聞こえてくるけど、誰も面と向かって彼女をいじめなくなったのよ」
「じゃあ、あの意地悪なティルダがミミィを助けたってこと?」
よほど意外だったらしく、カミユは目を見開いてそう尋ねる。
「助けたというより自然消滅ね。ティルダって昔から格闘術が得意で、アダマント武器も殴打用の籠手みたいなやつでしょ? そのせいでみんな彼女を怖がるみたい。平気なのはわたしとアキツくらいかしら。それにああいう性格だから、幼い頃はいつも独りだった。それでお互い利害が一致したんだと思うわ」
「はぁ、知らなかったよ。まさか、同期の中にいじめをするような奴がいたなんて……」
「ああ、がっかりだ……」
がっくりと肩を落とす二人を、ミサギが励ます。
「二人とも、元気出しなさいよ。昔の話なんだから」
「そうはいってもなぁ……」
「そういえば、もうすぐ方舟祭ね。あんたたちも無関係じゃないだろうから、いいこと教えてあげるわ」
普段は話題の提供などしないミサギの珍しい行動に、アキツは少し驚く。隣を歩くカミユも、ぽかんとした顔で彼女を見ていた。
「女子の間で最近話題の方舟祭のジンクス、聞いたことある?」
「いや、僕は聞いたことないよ」
「俺も知らない」
「どこかの露店で売られているアクセサリーを意中の相手に贈ると、恋が成就するとかなんとか……。ま、よくある話ね」
「へえー、驚いた。ミサギがそんなことに興味を持つなんて」
「ああ、ちょっと意外だな」
失礼な反応を示す二人を、ミサギはじろりと睨む。
「別に興味なんかないわよ。あんたたちのために教えてあげているの。特にカミユ、あんたは年齢問わず女性に人気があるんだから。当日は覚悟しておいた方がいいわよ」
「はは。大変だな、銀髪王子」
他人事と笑い飛ばすアキツに、ミサギが忠告する。
「あら、アキツだって笑い事じゃないわ。校内トーナメントで負け知らずのあんたに憧れている後輩、結構いるのよ。残念ながら男が多いみたいだけど」
「ぷっ、アキツこそ大変だねぇ。卒業の日は男どもに追いかけられたりして。あはは」
「ぐっ……。二人とも、そういう冗談はやめてくれ。気分が悪くなってくる」
そんな会話をしながらのんびり歩き続けること数十分、三人の前にようやく孤児院が姿を現した。
「ん? 様子が変だぞ」
「うん、誰か探してるのかな?」
柵の外に出て誰かの名前を呼ぶレヴェナや子供たちの様子は、以前とは明らかに違っていた。すぐにレヴェナの元に向かうミサギ。彼女に続き、アキツとカミユも走り出す。
「レヴェナ! どうしたの?」
振り向いたレヴェナの顔は、不安一色に彩られていた。
「ミサギちゃん! 男の子見なかった? 六歳くらいの」
「見てないわ。その子、いなくなったのね?」
問い掛けに、レヴェナは頷く。
「とにかく状況を教えてくれるかい、レヴェナ?」
カミユの言葉にレヴェナが応じようとしたそのとき、建物の方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。そちらを見ると、ちょうど一人の若い男が子供を連れて走り寄ってくるところであった。てっきり子供が見つかった知らせかと思い、胸を撫で下ろすアキツ。だがレヴェナと男の会話は彼の予想と違っていた。