第08話 嫌われ者
「やれやれ、夢だの消去法だのとずいぶん余裕だよな。さすが、優秀な方は違うねぇ」
皮肉たっぷりにそう話すのは、赤い短髪と鋭い目つきが印象的なティルダという名の女子生徒だった。さらにその陰から取り巻きのミミィというおさげ髪の女が顔を出し、「本当よね」と彼女を擁護する。実技で常にミサギの後塵を拝してきたティルダは、何かにつけて彼女をライバル視する。
一方、当のミサギは慣れっこといった様子で、そっぽを向いたままスポンジを口へと運んでいた。寛大とは言い難い性格の彼女がこんな反応を示すのは、もしかするとこの口の悪い女を他の同期生ほど嫌ってはいないからかもしれない。そんな風にアキツが感じるのもまた、何度打ちのめしても果敢に挑んでくるティルダの気概を彼自身少なからず認めているからであった。そしてそういう気持ちがあればこそ、ミサギとは逆にティルダの声に無視を返すことが躊躇われた。
「別に他に聞かせるための話じゃない。友達同士で何を話そうと勝手だろう?」
「アキツの言う通りさ。盗み聞きされた上に文句まで言われちゃ、せっかくの休日の気分が台無しだよ」
「お、カミユてめえ。この俺に向かって、ずいぶん生意気な口を叩くじゃねえか。その可愛らしい顔に痣でもつくりてえのかよ?」
「そんなことをしたら、俺は黙っていないからな」
そう言ってアキツが向けた鋭い眼光は、ティルダの放つ殺気を抑え込むに十分なものであった。
「……けっ! 聞かれたくねえなら場所を選べってんだ! ミミィ、行くぞ!」
不機嫌に席を立とうとするティルダを、ミミィは慌てて呼び止める。
「え、あ、待って、ティルダ。あたい、まだ食べ終わって……」
もたつく彼女に、ティルダは苛立ちをぶつけた。
「ったく、どうしててめえはそうグズなんだ! 残りは部屋で食べりゃいいだろ!」
そうして早足で食堂を出ていく彼女の後を、小柄なミミィは必死で追いかける。そんな二人を遠巻きに眺めながら、数名の生徒が冷笑を浮かべていた。
「どうしてミミィは、あの女の後をついて回るんだ?」
そんな疑問を呈するアキツに、レヴェナがなぜか悲しげに呟く。
「うん……。きっと彼女なりの事情があるんだと思う……」
午後になり、いつものようにシンジュの木の下で休日を過ごすアキツとカミユの元に、珍しくミサギが顔を出した。
「あれ? どうしたの、ミサギ? 休日に制服なんか着ちゃって」
「珍しいな、街に出るのか?」
不思議そうに声を掛ける二人に向かって、彼女は単刀直入にこう話す。
「ねえ、レヴェナの所に付き合ってくれない?」
「え? だってお前、子供は苦手なはずじゃ……?」
意図が掴めずに戸惑うアキツの傍らで、カミユは何かに気付いたようにぽんと手を打ち鳴らし、不敵な笑みを浮かべた。
「ははーん。さては、例の医者が気になるんだね? どんな男なのか、見極めようって魂胆かな?」
ミサギは少し気まずそうな顔で答える。
「ええ、そうよ。悪い? レヴェナに不釣り合いな男なら、これ以上近付かないよう釘を刺してやるわ」
「いや、それって余計なお世話じゃ……?」
困惑するアキツに、カミユが目を輝かせて言った。
「うん、面白そう! 僕もレヴェナが惚れる相手がどんな人が知りたいなぁ。ねえ、アキツも知りたいよね? ね?」
一度知りたいとなったら歯止めが掛からない彼の性格を、アキツは熟知していた。いつもなら抑え役のミサギも、今日は支持する側に回っている。こうなったら、自分が一緒に行って二人を見張らねばなるまい。アキツはそう決意した。
「わかったよ。だけど二人とも、あまりレヴェナを困らせるようなことはするんじゃないぞ」
カミユが「了解です」とおどける一方で、ミサギは「なによ、保護者面しちゃって」と不満をこぼす。アキツは軽く溜息をつき、着替えのため宿舎へと戻る。
数分後、パリッとした制服姿で二人に合流したアキツは、呼びもしないのに勝手についてくるプロビデンスの目を引き連れ、孤児院へと向かった。