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メギドの騎士  作者: 斗南
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第06話 アダマント講義

 翌日、身支度を済ませたアキツとカミユはいつもの教室には行かず、連れ立って中等科の校舎へと向かった。


「なんだか、ミサギとレヴェナには悪い気がするね」


 そう話すカミユに、アキツは不思議そうに訊き返す。


「なんでだ?」


「だって、二人とも文武両道でしょ? 総合力で見れば、彼女たちの方が代表に相応しいと思わないかい?」


「まあ、それは確かに。俺は座学が苦手だし、カミユはその逆。どっちも苦手教科では後ろから数えた方が早い成績だからな」


「でも堂々と授業をさぼれるのは、ちょっといい気分かも」


「はは、そうだな。ところで、俺は本当に喋らなくていいのか?」


「もちろん。アキツは実演をしてくれるだけで十分だよ」


「そりゃ助かる。実は、大勢の前で話すのは苦手なんだ」


「あはは、だと思った」


 そんな話をしている内に、二人は懐かしい学び舎の前へと到着。正面玄関の扉の向こうには、かつての担任の姿があった。


「教官、お久しぶりです」


「カミユ、アキツ、久しいな。元気でやっているか?」


「はい」


 二人のはつらつとした返事に、教官の中年男性は笑い皺を見せる。


「昔から頭一つ抜きん出ていたが、やっぱり代表はお前たちだったな」


「これも教官のご指導のおかげです」


 カミユの返事は儀礼的であったが、それでも教官は嬉しそうに頷く。二人はそのまま先導され、中等科三年の教室へと向かった。

 戸が開く直前までざわついていた室内が、彼らの登場により一瞬で静まり返る。張り詰めた空気の中、二人を見つめる生徒たちの眼差しには、どこか羨望と尊敬の念が感じられた。

 教官からの紹介が済むと、カミユは何の前置きもなしに説明を始める。


「ご存じの通り、騎士は十五歳でアダマント能力に目覚めます。そこで過去のデータを基に、日付別能力覚醒人数をグラフで示してみると――」


 カミユはそう言いながら、手早く黒板にグラフを描く。


「――このように三月末日を中央値とし、前後一ヶ月の幅で正規分布に近似的な曲線を描きます」


 カミユはチョークを置いて、生徒たちの方へと向き直る。そしておもむろに、一人の男子生徒を指差した。


「では前列中央の君、三月末日といえば何の日ですか?」


 少年は素早く立ち上がり、直立不動のままこう答える。


「は、はい! 騎士訓練校の卒業日であると同時に、我々騎士が方舟から生まれる日。そして年に一度の方舟祭の日です」


 カミユは頷くと、優しい口調で礼を述べ彼を座らせた。


「そう、年一回まとめて方舟から生み出される我々にとって、三月末日は共通の誕生日ともいえる日。そして十五歳になるその日をピークに、前後一ヶ月の間にアダマント能力の覚醒が起こります。注目すべき点は、外れ値が存在しないこと。つまりこれまで生み出された数千にも及ぶ騎士は全て、例外なくこの期間中に能力を覚醒しているのです」


 そして一息間を置くと、こう続けた。


「皆さんの中には、能力覚醒が起こらないのではと不安な人もいるでしょう。あるいは他の人より大幅に遅れてしまったらどうしようと心配になる。でも過去のデータが示すように、変化は二か月の間にきっと起こります。だから、悩む必要なんてありませんよ」


 にっこりと微笑むカミユを見て、数人の女子がウットリとした表情を浮かべる。一部の女子訓練生の間で銀髪王子などと呼ばれ、熱烈な支持を受けているという噂は本当らしい。そうアキツは思った。


「ちなみに生物学的調査データでありながら、なぜ外れ値もなく理論値に近似するのか? それはアダマント能力が自然発生的なものではなく、方舟によって人工的に付与されたものだからだといわれています」


 続けてカミユは「では、実演を」と言いながら、隣の友人に視線を送る。アキツは頷くと、アダマント能力の発動準備に取り掛かった。視線を落とし意識を集中させると、左右の手の平から何かがじわりと滲み出てくる。現れたのは不定形に揺れる金属の塊。それはまるで熱せられた飴のように滑らかに伸び、細長い日本刀のような形状へと変化していった。


「見ての通り、アダマント分泌腺は手の平にのみ存在します。他の部位からの分泌報告は今のところありません。分泌量や分泌速度には個人差があり、それらは体内のアダマント生成量や生成速度、蓄積量などに依存します」


 再度カミユの視線を受けたアキツは、最前列の生徒に刀を差し出した。


「それでは、実際に手に取ってもらいます。前から順に後ろの席の人に回してください。危険防止のため刃は丸めてありますが、取り扱いには注意するように」


 カミユの話に合わせ、アキツは次々と刀を形成しては最前列の生徒に渡していく。そして彼は、合計六本もの刀を一分足らずで作り終えた。

 初めて触れるアダマントに、生徒たちは興奮気味であった。刀身や鍔は鉄のように硬いのに、柄の表面はかすかに柔らかく手に吸い付くような感触。武器の特性に合わせ多様に性質を変化させるこの物質は、他に類を見ないものである。

 最後尾の生徒たちによって全ての刀が教卓に戻されると、カミユは腕時計に向けていた視線を正面に向け、再び話を続けた。


「次にアダマントの性質について。直に触れて納得したと思いますが、この物質は時には金剛石のように硬く、時には若木のようにしなやか。さらにはゴムのような弾性や糊のような粘性さえも持ち得ます」


 カミユは刀身と柄を拳で軽く叩き、音でその違いを強調する。


「こういった多様性を持つ一方で、体外に分泌されたアダマントには大きな欠点があります。それは短い時間しか形状を維持できないこと。しばらくすると、昇華と呼ばれる現象により気体となって消えてしまいます」


 そう話している間にもアキツが作り出した刀は形を失い始め、一本また一本と姿を消していく。正直ここまで説明と昇華のタイミングが合うとは思っていなかったアキツは、友人の手際の良さに改めて感心した。


「この欠点を補うには絶えずアダマントを供給し続けなければならないのですが、難しく考える必要はありません。それについては、武器を握っているだけで済む話。そうすれば、まるで乾いた布が水を吸うように、自然とアダマントが供給されます。もちろん意図的に止めることも可能です」


 話を証明するかのように、アキツは残り二本の刀うち一本を手に取った。他の刀がすっかり消え去った後も、その一振りだけは彼の手の中で形状を保ち続ける。説明と実演の息の合った連携。生徒たちが感嘆の声を漏らす中、カミユはこう補足する。


「ちなみに気体となったアダマントは無色無臭。皆さんに影響はありませんが、耐性のない一般人が大量に吸い込むと中毒症状を引き起こす可能性があります。ではアダマントが騎士にとって全くの無害かというと、そうとも言い切れない。現にこれまで数例のアダマント疾患が報告されており、代表的なものとしてアダマント硬化症が挙げられます」


 カミユは腕時計に視線を走らせると、さらに説明を続ける。


「さて、最後に武器の形状についてですが、知っての通り一人一種類しか作れません。いくら違う形を思い描いても、できないのです。この理由については諸説紛々(しょせつふんぷん)。一説によると武器形成時に脳が下す命令に、本人が制御できない潜在的な因子が含まれるとのこと。つまり脳が勝手に攻撃適性を判断し、それによって無意識に形状が決まってしまう。あるいは方舟が能力を付与する際に、ランダムに振り分けているという説もあります」


 そして締め括るようにこう話す。


「以上ですが、何か質問はありますか?」


 間髪入れず、指先まで真っ直ぐに挙手をする一人の女子生徒がいた。その瞳は爛々と輝き、表情はやや高揚気味に見える。積極的に学ぼうとする姿勢を好感したのか、カミユは嬉しそうな顔で「どうぞ」と答えた。だが立ち上がった彼女の口からは、思いもよらぬ質問が飛び出す。


「はい、お二人は彼女いますか?」


 数人の女子生徒が黄色い声を上げ、一気に教室内がざわめく。すかさず後方から、教官の叱責が飛んだ。


「こら! ふざけるのはやめなさい」


 少女は肩をすくめながら、渋々と腰を下ろす。


「先輩に失礼だとは思わないのか? 講義と関係のない質問は禁止だ」


 教官がそう諭すと、ようやく教室内は静けさを取り戻した。教壇で苦笑いを浮かべる銀髪王子の横で、アキツは軽い溜息をつく。すると今度は真面目そうな男子生徒が手を挙げた。


「さきほどのアキツ先輩の実演ですが、武器の作成というのはあんな風に立て続けにできるものなのですか?」


 それを聞いたカミユは、いかにも「どうする?」と言いたげな目を向けてくる。アキツが手振りで委任の意を伝えると、彼は頷き、なぜか楽しげに話し始めた。


「様々な武器の中で、刀のアダマント消費量は比較的少なめといえます。よって標準的な騎士なら、努力次第で可能といえるでしょう。ただ彼の場合、通常の倍近い密度で武器を作る。つまり、さきほどの刀のアダマント消費量は大型武器と同等。それでいてあんな芸当をやってのけるこの人は、明らかに変……じゃなくて、人並みではありません」


 誉めているのかけなしているのかわからない回答であったが、生徒たちの熱い視線が集まるのを感じたアキツは思わず目を伏せる。彼は大勢の前で話すのはもちろんのこと、注目されることにも不慣れであった。

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