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メギドの騎士  作者: 斗南
43/50

第43話 第四層

 歩き始めて半時が過ぎても鬼獣の姿が見当たらないことに違和感を募らせたアキツが、堪らず口を開く。


「どういうことだ? 第三層ならとっくに鬼獣と遭遇しているぞ」


 すぐにティルダが相槌を打つ。


「まったくだぜ。第四層には危険レベル3以上の鬼獣がうようよしてるんじゃなかったのか? ええ、カミユさんよ?」


「僕だって驚いているよ。情報がデマだったのか、あるいは鬼獣の生態が第三層とは違うのかもしれない。はたまた人類が気付かない間に、生態系に変化が生じたか……」


「座学で習うことだから疑わなかったが、そもそも情報の出どころはどこなんだ?」


 アキツが尋ねると、カミユは肩をすくめてこう答えた。


「建前では、剣の騎士団(バルムンク)靴の騎士団(タラリア)が定期的に行う合同調査がもとになっているはずだけど、もしかすると裏で操作されているのかもしれないね」


「方舟の組織、あるいは保守派の仕業ってところか」


「で、でも、良い事だよね? 鬼獣がいないのは」


 ミミィの素直な意見に、レヴェナやマシューも頷く。


「それはそうなんだけど、何だか静か過ぎて不気味なんだ。ちょっと気になるものを見つけたし……」


「何よ? はっきり言いなさい、カミユ」


 ミサギが促すと、カミユは先の建物群を指差した。


「あの一角、いくつかの建物が壊れているんだ」


 全員が示された方向に顔を向けると、彼はさらにこう続ける。


「初めは経年劣化のせいかと思ったけど、あそこだけっていうのもおかしい。ここに来るまでは壊れた建物なんてなかったからね」


 するとティルダが軽い調子で言った。


「メギドは建設途中だったって聞いてるぜ。造りかけってことじゃねえのか?」


「いや、あれは破壊の跡だ」


 即座に答えるアキツ。続けてマシューが意見を述べる。


「確かに妙ですね。壊されたとすれば鬼獣以外には考えられませんが、あれほどとなると……」


「かなりの大型ってこと?」


 不安そうに尋ねるレヴェナに、カミユが頷く。


「うん。そう考えるのが妥当だろうね。角牛鬼ミノタウロスが体当たりしたって、ああはならないと思う」


角牛鬼ミノタウロスより大きいだと? そんなものが存在するのか?」


「全ての鬼獣を確認できているわけじゃないからね。可能性はあるよ」


 アキツの問い掛けにカミユが言葉を返したまさにその時、彼らの足元が小刻みに揺れ始めた。


「な、なに? 地震?」


 ミミィはそう言って、きょろきょろと辺りを見回す。振動は一定の間隔で続き、少しずつ大きくなっているように感じられた。


「いや、この揺れ方は――」


 カミユが言いかけた瞬間、突如視線の先に巨大な影が姿を現す。崩れ落ちた瓦礫を踏みつけて立ち止まったそれは、全身が鱗に覆われた四足歩行の生き物だった。大きさは家一軒分ほどもあり、首から尻尾にかけて背びれのようにアダマントの棘が並ぶ。背中には羽毛のない一対の翼のようなものが生えているが、体の大きさからみて到底飛べるとは思えない。アキツは驚きの余り、ただ息を飲んでそれに見入っていた。


「……な、なんだ、あれは?」


 ようやく声を絞り出すアキツに続き、カミユも口を開く。


蜥蜴とかげに似ているけど、あんなに大きいわけないし、翼だって生えていないはずだよ」


「お、おい、あれ見ろ。あいつがくわえているの、猛犬鬼ヘルハウンドじゃねえのか?」


 ティルダの言葉通り、口の端から猛犬鬼ヘルハウンドの体の一部らしきものがはみ出していた。幾度となく調達任務をこなしてきたアキツでも、肉食鬼獣が食われる光景など目にしたことがない。それが鬼獣の巨大さと相まって、危険性を一層強く感じさせた。

 巨大鬼獣は銜えていた猛犬鬼ヘルハウンドを一飲みにすると、何かを確認するかのように素早く頭を動かし、またすぐに置物のようにじっと立ちつくす。一見すると無垢な性格のように思えなくもないが、何を考えているか見当もつかないというのがアキツの率直な印象だった。


「で、どうするの?」


 後ろからミサギが尋ねると、カミユは少し考え込むような素振りを見せた後でこう答えた。


「そうだね、とりあえず――」


 言いかけた瞬間、再び地面を揺らしながら巨大鬼獣が動き出す。怪物は壊れた建物群から這い出すと、アキツたちの行く手を阻むように通りの真ん中へと躍り出た。


「――様子を見よう、と言いたいところだけど……。僕らを逃がす気はないみたいだね」


 カミユはため息交じりに言葉を続けた。


「打ち合わせ通り、俺がやる。みんなはここで待機してくれ」


 そう言って、アキツは足を一歩踏み出す。


「でも、あんなに大きいんだよ? アキツ一人じゃ……」


「ミミィの言う通りだぜ。せめて俺とミサギが援護に入った方がよくねえか?」


 そんな二人の声に、アキツは頭を振った。


「いや、コンクリート製の建物をあそこまで破壊するほどだ。アダマント装甲がなければ、一撃で致命傷になる」


「その鎧、そんなに丈夫なのかよ?」


 ティルダの問いに、胸を叩いて「もちろん」と答えるアキツ。装甲がぶつかり合う音が響き、前方の巨大鬼獣の頭がわずかに動く。


「少なくとも、猛犬鬼ヘルハウンドが咬んだくらいではびくともしなかった。とにかく、他にも鬼獣が潜んでいるかもしれないんだ。ミサギとティルダはみんなと一緒にいた方がいい」


「まあ、そういうことなら仕方ねえな」


「わかったわ。でも、無理だと思ったらすぐに言ってちょうだい」


 ミサギがそう言うと、カミユも頷く。


「そうだよ、アキツ。無理をする必要なんてない。レヴェナの弓矢なら遠くからでも援護できるし、いざとなれば〝三十六計逃げるに如かず〟ってね」


「ああ、わかった」


 返事をすると、アキツは脇目も振れずに走り出した。巨大鬼獣は身を低く構え、威嚇するように口を開く。そこにあると思われた鋭い歯は、なぜか見当たらない。どうやらこの生き物には、猛犬鬼ヘルハウンドのような牙はないらしい。あるいは隠されていて、捕食の際に出てくるのか。そんなことを考えつつ、アキツ走り続けた。

 さらなる威嚇のためか、巨大鬼獣は尻尾で地面を激しく叩く。至るところにアダマントの棘が生えていることから、それが武器として用いられることは容易に想像がつく。一方で脚は短く、体を支えるだけで精一杯という印象。となれば、口も攻撃手段と見なすべきだろう。そうでなければ隙が多すぎる。牙はなくとも、おそらく咬む力は相当強いに違いない。敵の巨体がぐんぐんと迫る中で、アキツはそんな判断を下していった。

 そしていつ攻撃が仕掛けられてもおかしくない間合いに入りかけた瞬間、巨大鬼獣は思わぬ行動に出た。瞬間的に広げた翼を大きく羽ばたかせ、突風を吹かせたのだ。予想以上に大きな両翼は土埃を一瞬で舞い上げ、アキツの視界を遮る。アダマント装甲のおかげで目をやられることはなかったが、連続で吹き荒れる強烈な向かい風によって体が少し押し戻された。それでもアキツは姿勢を低く保ち、飛ばされないよう注意しながらゆっくり足を踏み込んでいく。後方から誰かの声が聞こえた気がしたが、それは吹き荒れる風の音に瞬く間にかき消されていった。

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