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メギドの騎士  作者: 斗南
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第03話 街角のいざこざ

「え? ちょっと、アキツ!」


 慌てて追ってくるカミユの足音を背に受けながら、アキツは一気に距離を詰める。人だかりの中には見知った顔がいた。二人と同じ制服を着た黒髪の女の子が一人、数人の大人と対峙している。


「ミサギ、気を静めろ!」


 アキツはそう言いながら、女の子と大人の間に割り込んだ。


「あ? なんだぁ、お前?」


 鼻を突くアルコールの臭い。ゆらゆらと体を揺らす大人たちは、昼間だというのに明らかに酒に酔っていた。見れば彼らの背後には騎士団管轄の配給所があり、多くの酔っ払いでごった返している。アキツは今日が月に一度の飲酒日であることを思い出した。


「この子に構うな」


 アキツの言葉に、つり目の中年女が眉根を寄せる。


「ふんっ、何様のつもりだい、あんた? 事情も知らないくせに」


 女は両手を腰に当てると、さも自分が正しいとでも言いたげに胸を張った。


「絡んできたのはその小娘の方だよ。あたいらは、ただ酒を飲んでただけだっていうのにね」


「あんたらのために言っているんだ。これ以上、彼女を怒らせないでくれ」


 言葉通り、アキツは背後から漂う怒気をひしひしと感じていた。決して口下手ではないミサギが、一言も声を発しない。それが何を意味するのか、彼はよく知っていたのだ。だが、年若いアキツの忠告は、酒で平静さを欠いた連中の神経を逆撫でる結果となってしまう。


「頭に来てんのはこっちだ、若造め! そいつはなぁ、俺たちのことを酒に溺れた哀れで脆弱な生き物なんてぬかしやがったんだぞ!」


 禿げあがった頭をてっぺんまで真っ赤に染めた中年男がそう叫ぶと、対照的に青白い肌をした男が周囲の観衆に主張するかのように声を張り上げた。


「長く退屈な地下暮らし、酒でも飲まねえとやっていられねえのさ! そうだろう、みんな?」


 そしてその神経質そうな顔に薄笑いを浮かべ、こう付け足す。


「ま、言ったところで分からねえよなぁ? 心のねえ戦闘人形にはよ」


 その直後、アキツは背後に地面を蹴る音を聞いた。


「よせ、ミサギ!」


 慌てて両手を伸ばし、横をすり抜けようとする影を抱き止める。大人たちに飛び掛かろうとする彼女の勢いは凄まじく、アキツは抑えるのに必死だった。


「そのくらいにしてもらおう」


 不気味にくぐもった低い声が男たちの背後から聞こえた。喧騒が一気に静まり、全員の視線が集まる。

 そこには金属の兜で頭部を覆い隠した騎士の姿があった。すっかり頭に血が上っていたミサギでさえ動きを躊躇うほどの気配がその場を覆い尽くす。


「あの人……、鉄壁のジグムントだ」


 カミユの呟くような声。アキツはミサギを抑えていた腕の力を緩めつつ、その男の一挙一動に見入っていた。居住区画の防衛と治安維持を担う盾の騎士団――通称アイギス。その地区隊長の一人が彼、鉄壁のジグムントである。二つ名の由来は、第三層奪還作戦の折、第二層に出現した高レベル鬼獣を撃退した功績によるもの。顔にはその時に受けた酷い傷痕が今も残っており、それゆえ彼が人前に素顔を晒すことはない。なぜ安全なはずのエリアに、しかも作戦実行に合わせたかのようなタイミングで高レベルの鬼獣が出現したのか。その謎は未だに解明されていない。

 ジグムントは前に進み出ると、ミサギに向かってこう言った。


「手伝いはここまでだ。彼らと共に訓練校に戻れ。担当教官には、課題は無事に完了したと報告しておく」


 続けて彼は、尻込みする大人たちの方へ向き直る。


「後輩が失礼した。だが、彼女だけに非があるとは思えぬ。元はといえば、お主らが酔いに任せて何度も口にした侮辱の言葉が原因」


 さっきまでの威勢はどこへやら、ジグムントが一歩前に出ると、彼らの顔は引きつり蒼白となった。


「酒の席と大目に見ていたが、これ以上続けるつもりなら盾の騎士団(アイギス)としての権限を行使させてもらう」


「くっ、くそ! てめえらなんか鬼獣に食われちまえ!」


 陳腐な捨て台詞を残して酔っ払いどもが逃げだすと、ジグムントは何事もなかったかのように配給所へと戻っていった。緊張が解けたかのように大きく息を吐き出すアキツとカミユ。その横で、ミサギは悔しそうに拳を震わせながら無言で立ちつくす。


「……なあ、レヴェナの所に行ってみないか?」


 なだめ役は親友のレヴェナが適任、そう判断したアキツの提案だった。


「うん、そうだね。そうしよう」


 カミユの相槌を受け、アキツはさらにこう話す。


「しかし、飲酒日なんて馬鹿げた習慣だ。あんなものに頼らなくたって、人は生きられるのに」


「はは、誰もがアキツのように強くはないのさ」


「なんだよ、カミユ。あんな連中の肩を持つ気か?」


「まさか、ご冗談を。僕が言ったのは迷惑かけずに真っ当に酒を嗜む人の話。ああいう手合いを擁護する気はないよ」


 カミユはそう言って肩をすくめた。黙ったままのミサギを気に掛けながら、アキツの言葉はさらに続く。


「それにしても、教官も教官だな。いくら苦手意識克服のためとはいえ、飲酒日に配給の手伝いなんて……」


「ねえ。あんたたち、どうしてここにいるのよ?」


 ようやくミサギが口を開いたことに、アキツは安堵した。平常心とまではいかないが、少しは冷静さを取り戻したらしい。一方で彼女の問い掛けにカミユは何を思ったのか、一瞬きょとんとした表情をアキツに向けると、意地悪そうな笑みを浮かべてこう言った。


「ふふ、実はねぇ、アキツが街に出ようって言ったのさ。僕はミサギの手伝いのことすっかり忘れてたんだけど、アキツは違ったみたい」


「な、何を言ってる? 偶然に通りかかっただけだ。休みの日ぐらいのんびりしようって言い出したのはカミユの方じゃないか」


「さて、どうだったかなぁ?」


「さあ、とっとと行くぞ。レヴェナと話せば、ミサギも少しは気が晴れるはずだ」


 話を遮るように、アキツは声を張り上げた。


「ふーん……。ま、いいわ」


 ミサギは素っ気なく言うと、そっぽを向いて歩き出す。アキツは安心したようにカミユと顔を見合わせ、その後に続いた。

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