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メギドの騎士  作者: 斗南
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第02話 騎士の宿命

 二十二世紀初頭、かねてより問題視されてきた人類の精神的退行は、ついに世界を第三次大戦という局面まで追い込んだ。その到来は実にあっけないものだったという。

 近代における変革の波を乗り越え、人々はようやく自由や平等を実現できる理想の社会を手に入れたと思い込んでいた。だが完璧な社会システムなどあるはずがない。理想と現実の乖離かいり。その歪みが心を押さえつけ、むしばみ、極限まで追い詰めるほどの重しとなっていく。やがてそれは格差という概念に姿を変え、社会に蔓延はびこり始めた。富める者と貧しい者、権力を持つ者と持たざる者、様々な格差が社会問題として声高こわだかに提起された。これは当時主流であった社会システムがもともと内包していた欠陥であり、それが経年劣化により表面化しただけに過ぎない。だがその潮流は想像以上に民衆の不満をあおった。

 各地で生じた不満という名のさざなみが重なり合い、増加的干渉によって次第に大きな波へと姿を変えていく。やがてそれは世界を覆い尽くすほど巨大なうねりとなって、国内のみならず国家間の関係にまで亀裂を生じさせた。格差是正を旗印とした経済制裁の応酬は留まるところを知らず、技術競争や領土問題などがそれに拍車をかけ、ついには武力衝突へと発展していく。

 もし人類がかつて持ち得た精神を保ち続けていたならば、どこかで歯止めをかけられたのかもしれない。だが高度に発達した科学技術は、利便性と引き換えに多くの人間に自制や忍耐を忘れさせた。そして同時に、たった一度の過ちで取り返しのつかない事態を招くほど強大な破壊力をもたらしたのである。

 長きに渡り築き上げられた文明社会は、こんなたわいないことで終焉を迎えた。

 生き残ったわずかな人々はNBC兵器の大量使用により地上からの退避を余儀なくされ、メギドと呼ばれる巨大地下シェルターへと逃げ込んだ。そこは広大な地下空間に造られた都市。かかる事態に備え国連が秘密裏に準備を進めていたもので、まさに人類最後の砦といえる場所であった。まだ一部が建造中ではあったが、それでも数万人規模の人間が百年以上も生存できるほどの備蓄量を有しており、絶望していた人々に希望を与えたという。

 ようやく新天地での生活が落ち着きを見せはじめた頃、思いもよらぬ事態が起きた。知らぬ間に地上に出現した獰猛どうもうな生き物がメギド内部へと入り込んできたのだ。その正体は環境汚染が生んだ突然変異体とも、遺伝子操作によって戦前に創り出された生物兵器ともいわれている。人々はそれらを畏怖の念を込め、鬼のごとき獣――鬼獣きじゅうと呼んだ。

 地上での過ちを教訓に、メギドへの武器の持ち込みをとしなかった人類は、鬼獣に対抗するすべを持たなかった。彼らは一方的に捕食され、数を減らし、徐々にその支配区域を狭めていく。そんな危機的状況の中、人類に救いの手を差し伸べたのはまたしても方舟であった。

 文明崩壊前の技術の粋を集めた方舟には、冷凍保存された遺伝子から人間をつくり出す機能までもが備えられていた。方舟はその技術によって人間を生み出し、同時に遺伝子操作によってある特殊能力を付与することに成功する。その能力とは、体内でアダマントと呼ばれる物質を生成し、手の平から分泌させ武器を形成するというもの。元々は隕石から発見された微生物が有していた能力で、密かに人体への適応が研究されていた技術であった。そうして生み出された新たな人類は騎士と呼ばれ、彼らの活躍によって人々は一時的に鬼獣を退けることができたのである。


「アキツ、どうしたの?」


 カミユの呼びかけに、アキツはハッと我に返った。時々、考え事を始めると周囲のことが目に入らなくなる。そんな自分の癖を思い出し、アキツは軽く頭を振りながら構えを解いた。


「具合でも悪いのかい?」


「いや、少し考え事をしていただけだ」


「そう。あまり根を詰めない方がいいよ。休みの日くらいのんびりしなきゃ」


 アキツは軽く息を吐き出すと、手にしていた武器を地面に突き立てた。それは刀のような形状をしているが、よく見れば刀身から鍔、柄にかけて全て同じ材質で継ぎ目なく作られている。かつて日本という国で使われていたものとは、似て非なるものといえた。


「そうだな。じゃあ、街に出てみないか? 気晴らしに付き合えよ」


 カミユは面食らったような表情で、まじまじと彼の顔を見つめる。


「へぇー、驚いたなぁ。寝ても覚めても稽古一筋のアキツの口からそんな言葉が聞けるなんて」


「そういうこと言うと、やめるぞ」


「あ、ごめん。うそうそ」


 カミユはそそくさと立ち上がると、一方の手で服の汚れを二、三回払った。


「じゃあ、部屋で制服に着替えたらここで待ち合わせよう」


「ああ、わかった」


 二人は騎士訓練校の制服に着替えるため、宿舎へと向かう。騎士は見た目では一般人と区別がつかないため、出歩く際はそれとわかる服の着用を義務付けられているのだ。

 校庭で訓練に励む数名を横目に、アキツは先に玄関に入っていったカミユの後に続く。宿舎では一部の生徒たちが思い思いの休日を過ごしていた。カードゲームに興じる者、お喋りに精を出す者、楽器を奏でる者など実に様々である。

 自室に戻ったアキツは慣れた手つきで壁に掛かった制服に着替えると、汚れ物用のカゴに脱いだ運動着を入れた。傍らには、二段ベッドの一段目でいびきをかいているルームメイト、マルコの姿がある。普段の疲れを癒すためとはいえ、よくもまあこんなに眠れるものだとアキツは思った。

 学校の門を出たアキツたちは、当てもなく通りを歩いて行く。少なくともカミユはそう思っていたに違いない。だが通りに出てほどなく、二人は前方に浮かぶ数台のプロビデンスの目と、その下の人だかりを発見する。遠目にもわかる不穏な空気。アキツはせきを切ったように走り出した。

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