ナカツノクニ学園
最初、目の前の光景は夢なのかと疑った。
聳え立つ巨大な建物ーー校舎が原因ではない。
その後ろ、正確には四方を囲む水の壁のせいだ。
まるで湖の真ん中に穴をあけ、街を作っているかのようだった。
(待てよ……)
違和感を抱く。
ナカツノクニ学園の推定中庭にいるのだが、校舎含め相当な面積だ。
そのさらに外側にあるはずの水の壁を俺ははっきりと見えていた。
どう考えても1.2の視力で成し得ることではない。
「驚きましたか?」
俺の疑問に気づいたのか、ルーシャスがイタズラが成功した子供のように楽しげに聞いてくる。
「驚いたよ。あんな水の壁、ファンタジーでも滅多に見ないかも」
「あ、そこでしたか。てっきり、大きさに驚いているかと。特に、日本の方は驚くものなので」
「そっちも驚いたけどね……」
アメリカや中国に旅行に行った経験がなければ、かなり驚いただろう。
「ここはナカツノクニ学園の本校、水の壁に囲まれた難攻不落の城塞です」
緊急事態時にはとっておきの仕組みもあるんですよと微笑む。
確かにおいそれと攻めることはできないだろうが……。
「難攻不落の城塞ってことは敵が攻めてきたりすることがあるのか? 彩菜の話だと顕現する前のリュウを倒すのが仕事だとばかり」
「基本的には合ってます。ただ、何事にも例外があるってだけです」
ルーシャスは人差し指を立て、
「一つ、顕現したリュウが攻撃してくる。」
一番想像しやすい事例だ。
強力なリュウほど顕現に時間がかかるらしいので、専ら弱いリュウなのだろうが。
「二つ、対立組織による襲撃」
近年はすっかりなくなったらしいですけどねと付け足す。
「対立組織なんてあるのかよ」
「人ですからね。思想の違いはどうしても生じてしまいます。学園内でも主義の違いで対立しているグループがありますし」
当たり前といえばそうなのだが、共通する敵がいても揉めてしまうのか。
「少数派ですけど、人はリュウの下につくべきだって人たちもいますしね。そことは、どうあっても協力することはできません」
「……まあ、な」
下につくべきとは全く思わないが、ただリュウと対立する気にもなれない。
対峙すれば変わるのだろうか。
彩菜の表情を思い出す。鎮痛な面持ちだった。
敵意だけでは片付けられない複雑な感情があるのだろう。
「三つ、先ほどの話が間接的に関わっているのですが、ナカツノクニには完全に顕現を果たしたリュウがいます。しかも、強大な力を秘めたリュウオウと呼ぶべき強さの」
オウと言っても唯一ではなく、トップの内の一つみたいなニュアンスらしい。
「活発に活動している個体は今のところいませんが、あえて動かないのか、寝ているのか、はたまた封印されているのか。情報はほとんどありません。というか、情報があるリュウオウに関しては対処が終わっているので」
現場を引退した調査員たちの主な仕事らしい。
「僕たちの忙しさはリュウオウ次第なんですよね。見つかれば犠牲者は避けられないし、見つからなかったらそれなりに平和」
「ブレが激しいってわけだな」
「寿命が違いますからねえ。人とリュウの時間感覚は」
自然災害に近いのだろう。
地震などとイメージが被る。リュウは知性体だが。
「ですので見る機会がいつ訪れるかはわかりませんので、楽しみにしてください。ない方が良いんですけどね」
「うーん、楽しみにし辛い」
「分校も様々な特徴がありますので、そっちを楽しみにする方が健全かもしれませんね」
「分校に行く機会はどの程度あるんだ?」
「これも調査の結果次第ですが、それ抜きだと年に一回交流会があります。ここで迎えるか、行くかは立候補制ですので自分の意思で決められますよ」
「なるほどな。じゃあ、その時の気分で動くかな」
「それが良いかと」
話している間にエントランスのような所に着く。
周りには生徒の姿がチラホラ。
見た目からして日本人以外も多そうだ。
「隆治さん、カードの方、お借りしてもよろしいですか?」
「これか?」
ポケットから白いカード取り出し、ルーシャスに渡す。
「ありがとうございます」
ルーシャスはじっくりと何も書かれていないカードを見る。
そして、10秒ほどしてポツリと、
「あれ、何も書かれていない?」
見てわかることを呟く。
「隆治さん、これが送られてきたんですよね?」
「そうだよ」
「何も書かれていませんよ?」
「書かれてないな」
ルーシャスは首を捻り、頭の上に疑問符を浮かべる。
どうやら、想定外の事態らしい。
カード関係で多くない? 再発送してもらった物もダメとか。
「ちょっと待っててください。今、聞いてーー」
「ルーシャス」
ルーシャスが確認をとりに行こうと一歩踏み出したその時、階段から彩菜が姿を現すのだった。