亡霊
遂には日付を越えても彩菜は目を覚まさなかった。
いつまでも待っているわけにもいかないので、一旦部屋に戻る。
「……誰だ」
後ろ手で扉を閉め、声をかける。電気はつけない。
部屋の前の時点で誰かが中にいるのを感じていた。
本来ならお姉さんを呼ぶか、呼ばないにしても安易に入るべきではない。
だが、入らなければならない……そんな気がしたのだ。
「誰だ」
もう一度、何者かへと問う。
いるのはわかっている。
気配には随分と敏感になった。
「わかっているんだろ?」
何者かは、誰かに似た声で笑う。
生理的嫌悪感を感じる。
リュウとは真逆、美しくない。
「生憎、思い当たる知人はいないな」
「釣れないなあ」
侵入者はベットに腰掛け、足をぶらぶらとさせる。
「知っているかい? このベットで寝たのは君が初めてなんだ。そもそも、友人が遊びに来たことが初めてなんだけど」
「……随分と知った口をきくんだな」
「知っているからね。ずっと見てきた。見るしかすることがないし」
「…………」
理由は知らないが、暗闇の奥にいる人物を俺は知っていた。
そういうものだと脳が理解しているのだ。
「はあ」
ため息を吐き、後頭部をガシガシとかく。
中途半端に警戒しても意味がない。警戒するならちゃんとしろって話だ。
「どうしたんだい?」
「腹の探り合いはやめた。俺、頭良くないし」
無警戒に歩み寄り、隣に座る。
相手の様子はうかがっていないが、驚いたようだ。
「大胆不敵だね。でも、良い判断だ。真実を知りたくば時として相手の懐にーー」
「別に彩菜について聞きたいことはないよ」
「……へえ」
話を遮る。
彩菜の形をした何かは歪んだ笑みを浮かべた。
「なら、どうして横に? リスクしかないだろ?」
「彩菜のことは本人から聞く。だから、お前に聞くのはお前のことだ」
「ふふっ、同じことではないのかい?」
「全然違うね。お前は彩菜じゃないからな」
形姿は似ていても同一の存在ではない。確信を持って言えた。
「私は彩菜だよ。見たらわかる」
「魂が違う。別人だよ、俺からしたら」
「魂、ね。定義が色々あるけど、君の考えは?」
「魂なんて感じとるものだろ。定義とか逆に見失うだけだって」
定義とか頭良さそうなことを言わないでほしい。
「なるほど、面白い考え方だ。覚えておこう」
「やめてくれ……」
大層なことのように扱われてしまう。恥ずかしい。
「それより、お前は誰なんだよ。名前すら知らないんだけど? 今のところ彩菜の形をした者って感じで面倒くさいんだけど」
「……彩菜だよ、私も」
「だから、違うって」
「私の自意識は全否定かい?」
軽口で刺さる言い回しをする。
しかし、俺は感覚のまま口にする男だ。
「お前が本気で言ってるなら否定しないよ」
「…………それは、どういう意味かな」
「さあな、自分の心に聞いてみな」
ただ、そう感じたってだけなので詰められると困る。
「面白いね、君は」
彩菜の形をした者はそれだけ搾り出し、黙る。
何を考えているのか。
黙っているのも何なので適当に雑談をする。
「ーーそれで、冬馬のやつ何をとち狂ったのか。俺は愛に生きるとか言い始めてさ」
面白話となれば流石に付き合いの長い冬馬の話になる。
話してて、たまには顔見せに行かないとなと思った。
薄情な男だなと苦笑する。
「…………」
彩菜の形をした者は黙ったままだ。
ふと思うことがあり、
「……続きはまたの機会に」
「っ!?」
彩菜の形をした者はビクッと肩を上げる。
やはり、聞いていたようだ。途中から耳がこちらに向いていた気がした。
「……つ、続きは」
「知りたい?」
こくりと頷く。
先ほどまでのミステリアスな雰囲気はどこへやら。
「友人のプライバシーに関わるので言えません」
手で小さなバッテンを作り、告げた。
彩菜の形をした者は口をあんぐりと開ける。
「は、話を始めたのは君ではないか」
「独り言だから。お前が勝手に聞いてただけ」
「な、なんだと!?」
「それより、誰か思い出せた?」
「思い出せるか!」
渾身のツッコミだった。
「よし、肩の力は抜けたようだな。話をしようか」
「き、君ってやつは……」
「まあまあ、親睦を深めたってことで一つ。あと、やっぱり彩菜じゃないじゃん。彩菜なら、これぐらいで呆れないぞ?」
「……いや、呆れると思うが」
「彩菜の器を甘くみちゃいけない。やっぱり、隆治は面白いわねって笑ってくれるはず」
本人がいないことをいいことに、適当なことを言う。
聞かれていたら、それこそ呆れられてしまう。
「……彩菜が選ぶわけだ。非常識な人間は時として救いになる」
「……褒めてる? それとも馬鹿にしてる?」
「褒めてるよ、一応ね」
「なら良し」
「皮肉だよ」
「聞こえません」
耳を抑えて追加情報をシャットダウンする。
聞こえなければ褒め言葉だ。
「私は彩菜に取り憑いた亡霊だ」
「亡霊ってことは死んだ人?」
「……聞こえてるではないか」
「当たり前じゃん」
「…………ちょっと一発殴らせてくれないか」
素早く距離をとる。
「それで仏さんなの?」
「…………」
無言で横をポンポンと叩く。
数秒抵抗するが、諦めて横に座りなおす。
脇腹に一撃喰らう。軽くだが。
「多分、そのはずだ」
(多分、か)
この流れで嘘はつかないだろう。
なら、彼女にもわからないということだ。
「幽霊っているんだな。まあ、リュウがいるなら不思議じゃないか」
「私も知らなかったよ。まさか、自分が友人の娘さんに取り憑く悪霊と化すなんてね」
自称悪霊は自虐気味に笑いながら語り始めた。