一段落
水を含ませ、錠剤を飲み込ませる。
創作物では見たことがあったが、いざやってみると中々に難しかった。
「ふう」
額の汗を拭う。
これで収まるかはわからないが、とりあえず信じるしかない。
「……わかりました」
少し離れたところで通話していたセツが戻ってくる。
「すぐには迎えに来れないみたいです」
セツは申し訳なさそうに報告する。
「そうか……。まあ、色々と忙しいんだろうな」
「学園に控えているゲート使いはいないみたいです」
ゲート使いは希少だ。
その癖、必要度合いは高いときた。
ルーシャスの話を聞く限り、回数や規模などには細かい条件がありそうだ。
もっと手軽に移動できれば良いのだが……。
「彩菜さん、大丈夫でしょうか」
気を失っている彩菜を心配そうに覗き込む。
その姿がどことなく犬を彷彿とさせ、つい笑ってしまう。
「……何故、笑うんですか?」
気づかれてしまった。
非難してくるセツに謝る。
「セツが犬っぽいなって思ってさ」
「犬ではありません」
「わかってるよ」
犬扱いは嫌だったのか、更に機嫌を損ねてしまった。
それとも俺が半笑いだからだろうか。
「ホッとしたのもあって……」
「ホッと、ですか?」
ピンとこない様子のセツ。
「セツは“あの”彩菜を見てないんだよな」
「どの彩菜さんかわかりませんが、私が見たのは彩菜さんを振り回す隆治さんだけです」
いらないところだけ見られていたらしい。
一応、止むに止まれぬ事情があったのだろうとは思ってくれている。
「事実だけど、言いふらさないように」
釘を刺しておく。
別にそんなことをする子ではないが。
「……わかりました」
違和感。
微かに言い淀んだ気配を感じた。
「……言いふらしてはいないけど?」
「……報告はしました」
適当に当たりをつけてみたのだが、大正解だったようだ。
つまり、学園長には知られたか。
どうしよう。とち狂ったとか思われたら。
ちゃんと説明したら理解してもらえるだろうか。
「……えっと、何か言ってた?」
「注視するようにと」
(どっちを!?)
俺なのか彩菜なのか。
どちらでも意味が通りそうなのは勘弁してくれ。
(……後のことは後の俺が何とかしてくれるさ)
考えても仕方がないので、早々に未来の自分に託す。
多分、ふざけんなと怒る。
「彩菜、どうしちゃったんだろうな」
素朴な疑問がこぼれ出る。
今は穏やかな寝顔だが、あの時は別人にしか見えなかった。
「彩菜さんに直接聞くしか……」
答えを持ち合わせないセツは当然のことを言う。
「だな。起きたら問い詰めるか。……これが結構危なくてな。下手したら刺されてた」
そうしたら血がドッバドッバよとふざける。
案の定、セツは冷たい視線を向けてくる。
「隆治さんなら、ちょっとぐらい刺されても大丈夫では」
「ダメだよ!?」
とんでもないことを言いやがる。
俺を何だと思ってるんだか。
「隆治さんの能力なら受け止めることぐらい、造作もないことかと」
「あ、そういう意味ね」
ある意味、信頼だったか。
弄ってきたのかと思った。
「受け止めることはできたけど、ごりっごりに削られて……。最後の方は風そのものを燃やされる感覚だった」
「能力を燃やされたんですね」
驚きの事実を告げたつもりだったのだが、セツは当たり前のように受け止めた。
「……よくあることなの?」
「どういう意図の質問ですか?」
「いや、風が燃やされるってちょっと不思議じゃない?」
それとも物理学的にありえるのだろうか。
くそ、理系科目は苦手だ。……文系科目も得意ではないが。
「風や炎といったところで能力です。根ざす物が同じなので、侵食は往々にして起きます」
「…………なるほど?」
つまり、見た目は万別なれど一緒の物だから不思議ではないと。
「じゃあ、ただのアバターってことか」
「そこまで単純ではありません。違いはありますから」
特にゲートなど空間に影響を与える物やテレパシーなどの精神感応系は特殊な能力だと言う。
感覚としては理解できるが、その明確な差を言葉にすることができない。
「難しいな……」
「リュウ……リュウの世では、そもそも物理法則が微妙に違ったりします」
「え、そうなの!?」
「詳しくは知りませんが、研究者の方々曰く概念が所々違うと」
「……頭痛くなってきた」
考えるのは止そう。俺には荷が重すぎる。
理論がわからなくても使うことはできるんだ。
携帯とかゲームだってそうだし。
(思えば、理屈を知ってる方が少ないか)
お手上げだと白旗をあげたが、そもそも今までと変わらない。
「まあ良いか。そこら辺は頭の良い人に任せよう」
「そうですね」
セツと苦笑し合う。
俺よりは頭が良いであろうセツでも似た感覚らしい。
安心する。安心するところが小物だなと自分に呆れる。
「うっ……」
「彩菜?」
小さなうめき声が彩菜の口から漏れる。
穏やかだった寝顔は、悪夢でも見ているのか険しい物へと変わっていく。
手が何かを探しているかのように小刻みに揺れる。
「大丈夫、ちゃんといるから」
その手を握り、言葉を送る。
これが正解かわからない。けれど、不安げに漂う手を取ってあげたかった。
俺の思いが届いたのか、彩菜は再び穏やかな寝息をたてる。
「大丈夫そうだな……」
「そうですね……」
何かが引っ込んだことを確信し、ホッと肩の力を抜くのだった。




