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回転

 炭化したリュウの死体が崩れ落ちる。

 だが、彩菜の禍々しいとすら感じる殺気は未だ収まらない。

 警戒しているからか、まだ見ぬ敵を感じ取っているのか。

 彩菜の背中に声をかけることができない。

 誰かと連絡を取るにしても端末は彩菜が持っている。

 結局、彩菜が動くまで待つしかなかった。


(どうしたんだよ……)


 遠ざかる背中。

 揺らめく姿。

 不安が押し寄せる。


「…………」


 彩菜がゆっくりと振り返る。

 距離があるため、表情はわからない。

 鈍く光る銀色の剣が目の前にあった。


「っ!?」


 わけもわからず回避行動をとる。

 自分でも何故反応できたのかわからなかった。

 

(そんなことはどうでもいい!)


 今、俺は攻撃されたんだ。彩菜に……!

 剣を振り下ろしたまま固まっていた彩菜は、ゆらりと視線をこちらへと向ける。

 その眼は、深い黒色に染まっていた。


「笑えない冗談だな……」


 狼狽している暇はなかった。

 思考を邪魔する様々な疑問、葛藤は全て追いやる。


(暴走、闇堕ち……理由は何でも良い。とりあえず、俺を標的に据えたようだ。なら、まず考えることは……)


 彩菜の姿がブレる。


(来る……!)


 初見だったらこれで終わっていたかもしれない。

 だが、知っていれば対処はできる。

 左側、死角から襲いかかってきた彩菜の攻撃をかわす。

 彩菜は僅かだが驚いた表情を見せる。


(音が聞こえたからな)


 心の中で呟く。声には出さない。

 あれは瞬間移動ではなく、高速移動だ。

 そのため、空気を裂く音を消すことはできない。


「どうしたよ? もう終わりか?」


 ニヤリと笑ってみせる。

 余裕は全くないが、それでも引いてはいけない……そんな気がした。

 彩菜はニタリと笑った。

 まるで、彩菜でない誰かが彩菜の体を使っているような、そんな嫌悪感が湧き上がってくる。


「ちっ……!」


 次の攻撃は本体と炎による挟み撃ちだった。

 左右から襲いかかる攻撃を、風の盾を纏うように展開することで防ぐ。


「ぐっ」


 すぐに消滅した炎とは違い、本体は風の盾を壊そうと剣に力を込めてくる。


(なんてパワーだ……!)


 剣だけに風の盾を回すも、少しずつ押され始める。

 おまけに剣から炎が生えてきた。

 炎と剣により削られる風の盾。

 幾重にも張り巡らせるが物理的に距離を詰められたら防ぎようがない。

 至近距離で彩菜の顔が見える。


「ふ、ふふふふっ」


 歪んだ笑みを浮かべていた。

 何が楽しいのか、酷く嬉しそうに、気味の悪い笑い声を歯の隙間から漏らしている。

 確信した。


「お前は誰だよ」


 自分でも驚くほど低く、怒りのこもった声。


「彩菜の体を使って、んな気色悪い笑みを浮かべるんじゃねえ!」


 怒りに全身を巡る血が熱くなる。

 能力は気持ちが大事なのだろう。押されていた風の盾は拮抗し、そして押し返し始めた。

 何かは意外そうに、目をパチクリとさせる。


「良かったな……! 彩菜の体だから殴るのは勘弁してやるよ!」


 そう言って剣を弾き飛ばす。

 重心が浮く。すかさず、彩菜の体の胴体を掴み、持ち上げる。


「おらー!」


 そして、目一杯の力で回り始める。

 彩菜の中にいる何かを吹き飛ばさんとばかりに。


「三半規管の勝負だ!」


 最初は抵抗していた何かはすぐに力を緩める。

 中央で回り続ける俺より、こいつの方がキツいのは間違いない。

 彩菜は体重もそれほどないので、長丁場になっても構わなかった。


(あ、ダメだ)


 などと調子よく始めたは良いものの、数分と経たずに気持ち悪くなってきた。

 やめたい。弱い心が顔をのぞかせる。

 そんな心を叱咤する。


(馬鹿野郎! 彩菜を取り戻すんだろ!? 気持ち悪さがなんだ! ゲロを撒き散らしても回り続けろ!)


 強い心の自分を呪った。

 尊厳を捨て去れというのか。

 クソが。ゲロだって彩菜にかからないように配慮しないといけないのに。


(それもこれも、全部彩菜が悪いんだからな!)


 終いには責任転嫁する。……いや、間違ってはいないか。


「不安要素が、ある、なら、先に、言って、おけ、よな!」


 吐き気を耐えているので言葉が途切れ途切れになる。

 ふと、言ってて思い出す。

 そういえば、お姉さんから何か受け取っていたなと。


(もしかして、これを抑えるための薬とか?)


 なら、飲ませないと終わらないのではと嫌な予感が過ぎる。

 地獄のコーヒーカップと化した我が身が向かうは破滅なのか。


(……あれ?)


 いつの間にか、彩菜が重くなっている。

 見上げると彩菜の体は遠心力のなすがまま……つまり気絶していた。

 ゆっくりと回転を遅くする。


(うえ、気持ち悪い)


 若干漏れたけど、ゲロ撒き散らし装置にはならなかった。

 よく耐えたぞ俺と褒めたいところだが、今は先にやるべきことがある。

 彩菜の体をそっと地面に横たえる。反応はない。

 念の為、ホッペをつついてみるがピクリともしなかった。


「死んだか……」


 ツッコミもない。


(大丈夫そうだな)


 ちょいと失礼しますとポケットを弄る。

 他にしまう場所もないので左右どちらかにはあるだろう。

 回転で飛んでたら泣こう。


「おっ」


 幸いにもすぐに目的も物が見つかる。


(やっはり、薬か)


 出てきたのは薬を入れた小箱だった。

 開けてみると中には白い錠剤が入っていた。


「……一回何錠だ?」


 複数個入っているためわからなかった。

 とりあえず、一個なら問題なかろう。

 効き目が悪くなりにしろ、飲まないよりはマシに違いない。


「あっ、水ないじゃん」


 彩菜は意識がない。

 水なしで飲ませることなどできるのか?

 試しに錠剤を口の中に入れてみるが、うんともすんとも言わない。


(マジかよ……)


 こうなったら端末を使ってルーシャスを呼ぶしかない。

 そう思った時だった。


「どうぞ」


 横からペットボトルが生えてきた。

 慌ててペットボトルの先を見ると、そこにはちょっと懐かしい顔があった。


「セツ!」

「はい、セツです」


 頼れる保護者ことセツは少しだけドヤッとするのだった。

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