出撃I
(戦い……!)
『対象はリュウ化した人間、リュウ人だ』
学園長の言葉に俺たちは息を飲む。
それは実質人間が相手ということだ。しかも、騙されただけの一般人……。
「私が行きます」
彩菜が真っ直ぐな目で学園長へ言う。
だが、言い回しが引っかかった。
「“が”って、どういうことだよ」
「そのままの意味よ。隆治は病み上がりでしょ。リュウ人はそれほど強くはないから私だけでも十分」
「強さの問題だけじゃないだろ!」
心にも負担のかかる戦いだ。
彩菜にだけ背負わせるつまりは毛頭ない。
しかし、俺の言葉を聞いた彩菜はため息を吐く。
「だからよ」
「は!?」
「確かに最初は面食らったけど、私はもう大丈夫。たとえ、相手が坂本雅だとしても……いえ、誰であれ斬れるわ。もちろんーー」
ーー貴方が相手でも。
その目は嘘を言っていなかった。
既に覚悟は決まったのだろう。
(だから、迷いがある俺は来るなってか……!?)
ふざけるなよと言いたかった。
だが、指摘は事実。感情任せの言葉は意味をなさない。
(落ち着け。俺も覚悟を決めたら良いだけだ)
桐崎に言ったじゃないか。
この道を選んだ時点で、手が血で汚れることを覚悟した。
少しだけ予想外の角度から来たが、理由があれば許されるものでもない。
波打つ心は意志一つで静寂を取り戻す。
「……覚悟はできた。俺も行く」
「だからーー」
尚も彩菜は食い下がろうとするが、続きが出てくることはなかった。
覚悟は本当で、静止に意味がないことを理解しているのだろう。
「押しつければ良いのに……」
彩菜が力なく呟く。
「嫌だよ。……俺が選んだ道だ。押し付けるようなら、大人しく日常に戻るさ」
「相手は罪のない人かもしれないのよ」
「罪すら人が決めた尺度でしかないだろ」
俺たちが相手にするのはリュウだ。
理性など吹けば消し飛ぶものでしかない。
「俺は俺の中にある本能に従う。この件、無視するつもりはない」
「…………」
膝の上で揃えられた両の拳に力が込められる。
理解できるが、納得できないと言ったところか。
『隆治……君の覚悟は伝わった』
話が終わるのを待っていてくれた学園長は微笑んだ。
『ありがとう。力を貸してくれて』
「いえ、俺がやりたいと思ったからなので」
頼まれてやるものではない。
貸しでも借りでもないのだ。
『彩菜も納得はできないだろうが、彼の覚悟を尊重してやってくれ』
「…………はい」
彩菜は尊重しようとしてくれていた。
だからこそ、あえて学園長は頼んだのだろう。
『その上で責任は私が持つ。哀れなリュウに救済を与えてやってくれ』
「「はい」」
揃って頷く。
哀れなのか、救われたいのかすらわからないが……。
(放っておくことはできない)
正直、何故これほどまでに使命感を覚えているかわからない。
リュウ絡みではあるものの、言ってしまえば偽物だ。
胸糞悪い話ではあれども、いつもの自分ならやる気など出さないだろう。
(彩菜……)
チラッと横目で様子を伺う。
先ほどまでとは一変し、冷静に任務の詳細を聞いている。
(当てられたわけではないか)
それなりに大切には思っているが、パーソナルが影響を受けるほどではない。
それでも、彼女だけ負担を背負わせはしまいと参加しただろうが。
(坂本さん?)
良い子とは思うものの、仮に殺してしまったとしても寝起きが悪い程度だ。
(桐崎透……はないな)
考えるまでもない。
時間が終われば記憶の片隅に送られる程度の存在だ。
(……結局、答えは出ないか)
自問自答は空振りに終わる。
(まあ、空振りに終わることはわかった)
今はそれで良い。
必要が来れば自ずと答えは得られるだろう。
経験則でわかる。
奇妙な感覚の理由は不意に転がってくるものだ。
『二人には北区に行ってもらう。他の区はセツたちが抑える予定だ』
「了解」
『現在、確認できる個体数、質、共に問題なく対処できる範囲だが、戦場は常に変化するもの。近場にいるのはセツ、テオだ。合流することも頭に入れておきなさい』
「はい」
『三十分後にルーシャスを送る。それまでに準備を』
「ラジャー!」
敬礼ポーズを取る。
密かにやってみたかったのでぶち込んでみた。
二人とも特にリアクションはなかった。
『無事を祈る』
最後にそう残し、通話は切れた。
「準備を」
「こちらに」
彩菜が立ち上がると同時にお姉さんが現れる。
いつもながら全く気配を感じなかった。
忍者ではないかと疑っているが、メイドの嗜みであってほしい気もする。
「柳瀬様は何か必要なものはありますか」
お姉さんが尋ねてくれる。
一瞬、武器をもらうか悩むが、すぐに振り払う。
「大丈夫です。身一つの方が合ってるみたいなんで」
「それで良いわ。慣れていない獲物とか邪魔でしかないもの」
いつもの刀を手に、彩菜が言う。
気づけば服も変わっていた。
早着替えにも程がある。というか、俺がいるのに着替えたのか?
……深追いしてはならない。本能が囁くので思考を閉じる。
「来るからには足を引っ張らないように」
「この間の見事なサポートを忘れたのか?」
むしろ、彩菜の方が感情的になり、危うかっただろう。
「覚えてるわ。今日も期待してるわよ」
「あ、ああ」
柔らかく微笑む彩菜に毒気を抜かれる。
うるさいわね、の一つでも返ってくると思っていたのだが……。
(……なるほどな)
直ぐに彩菜の意図に気づく。
(直接殺すのは私、ってか)
どこまでも頑固で優しい相棒に苦笑するしかなかった。




