好感度
結局、数日どころか一週間滞在することとなった。
おかげさまで、すっかり傷は良くなり、ついでに勉学面の不安もそれなりに解消されたのだが……。
「辛かった……」
現状の学力を測るために小テストをしたのだが、解答を受け取った彩菜はあからさまに顔を顰めた。
それほどまでに悪いのだろうか。いや、悪かったのだ。
基礎からねとポツリと呟き、一度部屋から出たかと思うと大量のドリルを持って戻ってきた。
「こんなに勉強したことないよ、マジで……」
日課になった小テストの採点を待ちながら咽び泣く。
熱心に面倒を見てくれたのだから本来感謝しなければならない。
家庭教師だってお金を払わなければ、雇えないのだから。
その道理をわかった上で尚辛さが勝ったのだ。
(俺、勉強嫌いかも)
今までは好きでも嫌いでもない程度だったが、本気でやる大変さを知り、少しだけ忌避勘を抱いていた。
「何事も真剣にやるって大変なんだな……」
「なに当たり前のことを言ってるのよ」
メガネをかけた彩菜が解答用紙をひらひらさせながら指摘してくる。
その口ぶりから彼女が努力を当たり前のように行なってきたことがわかった。
事実、ナカツノクニで兵士としての仕事をこなしながらも、彩菜の学力は名門高校の生徒たちに勝るとも劣らないらしい。
普通に名門大学に進学する道もあるだろうに、ナカツノクニを離れるつもりはなさそうだ。
その理由を俺は知らない。
「大抵の物事は努力ありきの結果よ」
「ほんと、耳が痛いです……」
耳を抑え、小さくなる俺を見て彩菜は苦笑する。
そして、テスト用紙を差し出し、
「とりあえず、合格ってことにしといてあげる」
「ありがとうごさいます……」
「これに懲りたらコツコツやることね」
「…………」
「返事は?」
「……はい」
不承不承返事をする俺に、彩菜はため息を吐く。
「リュウに関わる仕事をするなら、確かにそこまではいらないけど」
彩菜は研究職は別よと補足する。
研究職が向かないのは宝玉の時にも感じた。
仮にそれ以外学園には残れないと言われたら、フリーのリュウウォッチャーにでもなるだろう。
(むしろ、そっちの方が合ってるか)
リュウの観察、記録する者。
問題があるすればお金にならなさそうなことか。
ナカツノクニの自然に食べられる物が自生しているなら……。
「バカなこと考えてるでしょ」
「失礼だよ、君」
将来について真面目に考えていただけだ。
「なら、考えてたこと言ってみなさいよ」
「……黙秘権を行使する」
人に言えないことではないが、だからといって素直に話す義務はない。
「なんで言えないのよ」
「義務も義理もないからな」
「義理はあるでしょ。勉強を見てあげたじゃない」
「ぐっ、それは大変感謝しているが、恩を着せるには甘いぜ。だって、俺は勉強が嫌いだからな」
先ほどまで“嫌いかも”だったが、既に“嫌いだ”になっていた。
情勢は目まぐるしく変わるとはよく言ったものだ。
「だから、気分的には義理など全く感じてない! でも、重ね重ね言うけど感謝はしてる! ありがとう!」
俺の気持ちをわかってほしくて、無茶苦茶な言い分をぶつける。
言ってて何だが教え甲斐のない生徒だ。
俺が教える立場だったらチョーク投げてるね。そして、体罰をしたとして反省することになる。
「感謝して欲しくてやったわけじゃないから気にしないで」
「そう言われると俺がクズ人間っぽくなるじゃん!」
「えー」
彩菜は心底面倒くさそうに顔をしかめる。
自覚はある。ごめんね。
内心で謝っておく。
「感謝しなさいよねって言ってよ」
「嫌よ。私が好きでやっただけなんだから」
「あー、俺の好感度だけが下がる展開!」
「誰の好感度を気にしてるのよ……」
この場にいるのは俺と彩菜だけだ。
彩菜が話さない限り、他の人の好感度に影響はない。
だからといって、ここまで来たら引くわけにはいかなかった。
「彩菜の好感度だよ!」
「諦めなさい」
「冷たい!」
「でも安心して良いわ。大して下がってないから」
「元々、低かったのか……!」
あと、やっぱり下がってるんだ。
「この間は庇ってもらったからね。ギリギリプラス評価にはしてるから」
「盛った上での話だった、だと!?」
いい加減、傷つくだけなので止めた方が良いのではなかろうか。
「嘘だけど」
「どれが!?」
爆弾発言にいいように反応してしまう。
「色々と」
「複数、なのか……!」
ダメだ。もう答えがわかる日は来ない。
複数とかパターンありすぎて逆に諦めきれた。
「とにかく、毎日復習ぐらいはしなさい。そうすれば、きっと私の評価も良くなるわよ」
「うっ……ど、努力する」
綺麗にまとめられてしまった。
振り回そうとしたら上手いことあしらわれた。
当初は気持ちが入りすぎて空回り気味にあった彩菜だったが、この一週間は彼女にとっても良かったらしい。
表情も柔らかく、雰囲気も穏やかだ。
ーーprprprprpr。
しかし、心の平穏を崩す着信が部屋の中に響くのだった。




