卑怯者
狙いは木刀。
弾き飛ばすか、折れば俺の勝ちといって良いだろうとの判断からだ。
左手を突き出し、小さな風の盾を飛ばす。
空間に展開するものとは違い、弾くには盾そのものを飛ばす必要があった。
そのため、どうしても強者には反応されるだろうと想定していたが……。
「っ!」
(はやっ)
細かい仕様は彩菜に話したことはない。
経験則から導き出された予測により、不意打ちかつ不可視の攻撃をかわされる。
脚はそれほど曲げられていなかったのに、飛び去った距離は全力ジャンプかというレベルだ。
まるでバネ。能力者の身体能力は常人のそれと比べて遥かに勝るが、その中でも彩菜は別格に感じる。
「ちょっと、危ないじゃない!」
「勝負しようってちゃんと言っただろ?」
「だ、だからって不意打ちはおかしいでしょ!」
混乱しているのか、正対し、木刀は構えているものの戸惑った様子だ。
俺が怪我人なのが一番の理由だろう。
服で隠れているとはいえ、巻かれている包帯は服の隙間から見える。
「そろそろ爆発しそうだったからな。そりゃ、攻撃の一つや二つするだろ。彩菜が集中してなかったからって、不意打ちとかまるで俺が卑怯者みたいな言い草やめてくれませんかね」
どこからどう見ても不意打ちだけどな。
だが、それがどうしたものかと開き直る。
彩菜は尚も納得がいかなそうな様子を見せるが、それに付き合う通りもない。
風の刃を出すべく、左手を胸元まで上げーー、
「えっ!?」
それに合わせ、距離を詰めてきた彩菜の木刀を左手で掴む。
驚き、目を見開く彩菜の足を払う……のは避けられる。
では木刀だと風を発生させようとするも、
「はあっ!」
「おわっ!?」
何の躊躇いもなく放たれた前蹴りによって阻止される。
怪我人どうたらはどこに行った。
明らかに患部狙いだったぞ。
「あっ、ごめん! 大丈夫!?」
無意識の行動だったらしく、彩菜が慌てて近寄ってくる。
「ギリギリかわしたから大丈、夫!」
傷口を抑えるフリをしていた左手の形に、彩菜は咄嗟に回避行動を取るが時すでに遅し。
ゴツっと硬い物にぶつかった音が室内に響く。
「くっ……」
「はーい、俺の勝ち」
風の盾によって動きを止められた彩菜が苦々しげに歯を食いしばる。
(やっぱり、この使い方が一番だな)
風そのものを動かそうとすると、どうしても手元から飛ばす必要がある。
一方、風の盾など場に生成する物は多少の距離なら関係なく展開できた。
そのため、このまま狭めて……みたいな拷問まがいなことはできない。
したくもないので、拘束できるだけで十分なのだが。
「……卑怯者」
負けたことが悔しいのか、はたまた己の善意を利用されたのが許せないのか。
彩菜の呟きは背筋がゾッとする恐ろしさを孕んでいた。
(こえー!)
内心、涙目だった。
下を向いているため、表情は確認できないが、長い髪の隙間から見える口元は思いの外、力は込められていない。
歯軋りするとまではいかなくとも、悔しそうにしていると思ったのだが。
(思ったより冷静?)
その考えはすぐに否定される。
彩菜の全身から炎が吹き出たからだ。
……いや、違う。
(炎の柱だ……!)
己が体を炎の柱の中に入れるように展開しているのだ。
もちろん、それは風の盾が許さない。
だからこそ、空間の支配権を巡るせめぎ合いが発生していた。
ギシギシと何かが歪むような音が耳に届く。
(しまった……!)
風の盾は展開した物だ。
だからこそ、それ以上の干渉はできない。
動かすことも、広げることも、もちろん押し合いに力を注ぐことも。
(なら、その外を囲むようにーー)
同時展開できる風の面積は決まっている。
綺麗に彩菜の身動きを封じようとしたのが裏目に出た。
より大きな檻は現存の物が壊れるか、消すかしないと作れない。
(せめて、上半身だけでも……!)
完全に閉じ込めることを諦め、木刀含め、攻撃の中心となる胸から首にかけてを封じにかかる。
が、展開しようとする空間に木刀が捩じ込まれた。
(読まれた……!?)
ここにきて、未だ彩菜の表情は見えない。
しかし、木刀を持っていない左手は俺へと向けられていた。
変更の変更、彩菜との間に風の盾を展開する。
一瞬遅れて炎の柱が盾に激突した。
蒼炎とは違い、燃やす性質より叩きつける性質が強いのか。
衝撃はある意味では蒼炎を超えていた。
(重い……!)
俺も彩菜も風の盾、炎の柱に力を注ぎ続けているため、押し相撲が発生していた。
力の差か、熟練度の差か、涼しげな様子の彩菜と比べ、こちらは均衡を保つので精一杯だ。
幸い、木刀は同時には扱えないらしく、無防備な体を殴打されることはない。
けれど、高い位置で固定された木刀が視界の端に映っているのは精神的負荷がある。
(完全に消すわけにはいかないしな!)
動かせないと決めつけるのは早計。
側頭部に振り下ろされたら意識どころか、命が危うい。
彩菜がそこまでするはずはないが、実践のつもりで仕掛けた身としては注意を割かない選択肢はなかった。
「ぐっ」
せめぎ合いに負けそうになったため、傷口が痛むフリをする。
ピクリと彩菜の指先が動く。炎が弱まった。
ここしかないと攻めに転じる。
盾に力を注ぐのをやめ、回り込むようにして彩菜へと接近する。もちろん、木刀の方向に向かってだ。
勝利条件を勝手に木刀を弾き飛ばすか、壊すかにしていることは彩菜も気づいているだろう。
ならば当然、木刀を守るための行動に出る。
「っ!」
半身の体勢と取り、木刀を引いた彩菜は遅れて失策に気づく。
木刀を守るがために、本体が無防備になっていることを。
突き出されている左肩に向かって左手を伸ばしーー、
「きゃっ!?」
その足元を風で救う。
意識が上へと向かっていた彩菜は可愛らしい悲鳴と共にすっ転ぶ。
「勝利!」
呆然と見上げる彩菜に対し、勝利宣言をするのだった。




