爆けるパトス
「あのー」
動きやすい服に着替え、木刀を自由自在に扱っている彩菜に尋ねる。
ウォームアップなのだろうが、威圧感が凄まじい。
「なに?」
「俺はどうなるのでしょうか」
「ふふっ、なーにその言い方」
彩菜は冗談と受け取ったらしい。
「いや、至極真面目な質問なのです」
「? 見たらわかるでしょ」
「……俺、一応怪我人だよ?」
おそるおそる事実を告げると、彩菜は納得いったとばかりに数度首を縦に振る。
「これはただの準備運動よ。いつもやってるから、やらないと気持ち悪いのよね」
言いながらも手は止めない。
木刀を手に取る前は柔軟を行なっていたし、体を動かす癖がついているのがわかる。
俺は脇腹が痛むので、軽くほぐした程度だが。
「危ないことはしないから……安心して!」
途中、木刀を振り下ろす動作で間が開く。
風を切る音に冷や汗が流れる。
どうしよう。体が緊張状態を解かないのだが。
この体は想像以上に、彩菜に対して畏怖の念を抱いているらしい。
「ま、こんなところかしら」
「上手いもんだな。素人だがらよくわからないけど、何というか怖……カッコ良かったよ」
「今、怖いって言いかけなかった?」
「なかった」
「……本当に?」
「はい」
「私に誓える?」
「はい」
「嘘だったら?」
「はい」
「……貴方は嘘つきですか」
「は……いいえ」
「…………」
誘導尋問とは卑怯だぞ、などと言うわけにはいかない。
曇りなき眼、真摯な態度、何も考えていなさそうな顔を保つ。
「ムカつくからその顔やめて」
「はい……」
酷いことを言いなさる。
「そんなに怖い?」
「…………いいえ」
「嘘つくからもっと頑張りなさいよ! もう、怖いなら怖いって言いなさい」
「むーっちゃ、怖いです」
「強調するな」
木刀の刃先を向け、警告してくる。
両手を挙げ、早々に降伏するしかなかった。
「お嬢様、そのように脅すから怖がられるのでは?」
気づいたら彩菜の後ろにお姉さんが立っていた。
今更だがまだ名前を知らない。
いや、聞こうとはしたのだが上手いことはぐらかされてしまった。
思わせぶりなことを言っていた割には、そこら辺、警戒する素振りを見せてきたのだ。
(……彩菜の友人だから様子をうかがってるとか?)
あれで、彩菜は育ちが良いからか抜けているところがある。
ファーストフード店に行く時も、怪しげなアンケートに真面目に答えていた。
任務がなければ、そのまま付いていきそうだったので、遠回しに忠告すると、
『新作アクセサリーの感想が聞きたいって話だったけど……押し売りでもしてくるの?』
それで済むのならまだ良いとは言えなかった。
『アンケートはカモフラージュで他の狙いがあるケースがよくあるんだよ』
『……わかったわ。気をつける』
周りくどいことする人もいるねと呟いていた。
(純粋無垢ってわけではないんだけどな)
一方で過去に何かあったのか、人の善意や悪意に対しては敏感……というか、善意に懐疑的な節が見受けられる。
(……これのせいかもな)
お姉さんに言い返している間、無意識なのだろうが、木刀をくるくると回す。
能力抜きでもきっと強いのだろう。
何があっても対応できる自信があるのかもしれない。
(悪意ってのは、そんな単純なものじゃないと思うけどな)
幸い、俺も底知れぬ悪意などに出会したことはない。
なので、想像でしかないのだが……。
「彩菜、勝負しよう」
「え?」
上着を脱ぎ、飾られている木刀を手に取り、数度振る。
(……うん、やめておこう)
彩菜との熟練度の差は明白だった。
持っていても意味はないどころか、マイナスにしかならないだろう。
「ちょ、ちょっと、なにいきなりやる気になってるのよ。怪我人なんだから大人しく……」
「でも、やるために連れてきたんだろ?」
彩菜家の地下室、置いてある物や部屋の作りからして訓練所なのだろう。
「能力を見せてもらうって思っただけで、手合わせなんてする気なかったわよ!」
「……え、そうなの?」
「当たり前でしょ! 怪我人に戦えなんて言いそうに見えるの?」
(ここで、見えるって言ったらどうなるんだろう)
一瞬悩むが、わざわざ怒らせる意味もないので胸の内にしまっておく。
「見えるって言いたそうね……」
だが、態度からわかってしまったらしい。
察しが良いことで。
「お嬢様、ピンチです」
「何が!?」
「お嬢様のヒロイン力が低下しています」
「黙ってなさい」
額を抑え、手であっちに行けとやる。
お姉さんは不満そうにしながらも言うことを聞く。
本当に掴めない人だ。
「とにかく、隆治の誤解だから」
「誤解したことは理解した。だけど、もう止まらないんだ。やる気が満ち満ち溢れている」
あえて、満ちを二度言うことで俺のやる気をアピールする。
「そうは見えないけど」
「表に出ないタイプなんだ」
「……それは、そうだけど」
「いいからやろう! でないと爆発する!」
「爆発!?」
面倒くさくなり、訳のわからない脅迫を始めてしまった。
すっとんきょうな声をあげた彩菜だったが、すぐに冷静さを取り戻し、
「意味わからないんだけど」
「俺の、青春の、パトスが、爆発、する」
「……わかる?」
彩菜は理解を諦め、お姉さんに聞く。
だが、お姉さんは口チャックの仕草をし、ジェスチャーで何かを伝えようとする。
全く持って理解できなかったが、そこは長年の付き合いから慣れたものだと彩菜は頷く。
そして、俺と一歩距離を取り、青ざめた表情で、
「……セクハラ?」
「違います!」
即座に否定し、お姉さんを睨む。
どんな通訳をしたのか、この人は。
しかし、お姉さんとしては自信があったらしく、納得いかない様子を見せる。
「結論に至った理由はあるけど、説明するのが面倒くさかったから勢いで誤魔化そうとしただけだよ」
「隆治って結構面倒くさがるタイプよね」
「昔からな」
「でも、割り切りができるタイプでもない」
「……そうかも?」
唐突に始まった性格診断に首を捻る。
彩菜の表情はふざけたものではない。彼女なりの意図があるのだろう。
「そっか」
彩菜は苦笑し、
「損するタイプね」
簡素な結論を出す。
なので、俺が返す言葉は一つだけだった。
「彩菜には負けるよ」
言うが早いか、彩菜へと攻撃を仕掛けるのだった。




