色の意味
白銀のカードと睨めっこすること約五分、電話がけたたましく鳴り出した。
生憎、携帯など持っていないので連絡を取ることのできる唯一の手段だ。
彩菜の連絡先を聞き忘れた原因でもある。
「冬馬か?」
かけてくるのは彼か勧誘ぐらいのものだ。
後者は近年めっきりと数を減らしている。携帯にかけるからだろうか。
どこもかしこも携帯携帯、勘弁してほしいね。
などと八つ当たりじみたことを思いながら出る。
「おかけになった電話は現在使われていません。御用の方は諦めてください」
「…………」
無言の中に呆れが混じっている気がする。
この反応、冬馬ではない。
かといって勧誘なら無言はないような。
「はあ」
ため息は女性のものだった。
「困ってるんじゃないかと思ってかけてあげたんだけど、その様子だと心配いらないみたいね」
この凛として力強い声色はーー、
「彩菜?」
「さーてね、どうかしら」
仕返しなのか、面倒くさい返答をしてきた。
先に仕掛けたのは俺なので文句は言えないが。
「じゃあ、彩菜(仮)ってことで」
「ねじきるわよ」
「そんな雑巾みたいに!」
冗談を重ねるのは良くなかったか。
本当にイラつき始めているので真面目にする。
「いやー、丁度困ってたところだったんだよ」
「でしょうね……」
「パンフレットと黒いカードしか入ってなくてさ。通ったのかさえわからない」
「ごめんなさい。間違って他の人のを送っちゃったみたいなの。学園関係者だから簡易的なものらしくて」
合点がいった。
形式上送る人へのものだったか。
「明日にでもちゃんとしたのを送るから」
「サンキュー。いやはや、どうしたものかって小一時間は悩んでたぜ」
「連絡先を交換しておけば良かったわね」
「これを機に携帯買うかなあ。ナカツノクニでも使えるのか?」
「場所によるわ。だから、現場に出る際は専用の端末になるわね」
「ふーむ、ま、追々考えれば良いか」
行き来は割と自由にできるみたいだし。
そもそも、連絡を取る相手など限られているのだが。
「あ、そうだ。こっちに来る時、黒いカードも持ってきてくれないかしら。パンフレットは大丈夫だから」
「……はい?」
「黒いカード、入ってたって言ってたでしょ?」
机の上にあるカードを見る。光沢を放つ白銀ボディがとてもクールだ。
「そ、そんなこと言ったっけ?」
「言ってたわよ。とにかく、持ってきてね。隆治が持ってても意味ないし」
「……つかぬことをお聞きしますが、そのカードとやらは何なのですか? あと、色に意味とかあります?」
「えっとね、簡単に言えば身分証明書みたいなものよ。部屋のキーとかになってるし、分校に行き来するための乗車券の役割もある」
「な、なるほど……そりゃ大事だな」
その証明証がっつり色変わっちゃってるんですけどね!
大丈夫!? 色変わっても中身変わってないとかありませんかね!!?
「それと色はクラスの証。黒は二番目に高いクラスで、相応の権限とかも付与されてるわ」
「そんな大事なものを郵送するのかよ!」
「郵送? ……ああ、郵便ポストに直接入れてるから大丈夫でしょ。日本の治安なら」
本当なら家の中に送るのだが、いかんせん俺は急なケースだったため雑に送られてきたらしい。
「これも力なのか?」
「ええ、長距離での物体移動なんて一人ぐらいしかできないけど」
流石に当たり前の領域ではないようだ。
物流界に革命が起きるかと思ったのだが。
「当人曰く距離が離れれば離れるほど、精度も疲労も酷くなるらしいから滅多にやってくれないけど」
何だか言い訳くさいが理解はできる。
「じゃあ、感謝しないとな。改めて送ってもくれるんだろ?」
「感謝は私にで良いわよ。ちゃんと報酬は支払ってるし、二回目に関してはそもそも間違えたのはあの子だし」
間違えたのは送ってくれた子だったのか。
今頃、舌打ちの一つでもしてるかもしれない。
「そうだったのか。何から何までありがとう」
相当面倒をかけているようだ。
機を見て恩返ししなければ。
現状はどうすれば喜んでもらえるか検討がつかないからな。
「どういたしまして。ーーそれでカードは何色になっちゃったの?」
「それが白銀になっちゃ……はっ!?」
油断をつかれ、つい口が滑ってしまった。
慌てて口を塞ぐも手遅れなのは明らか。
恐る恐る、彩菜のリアクションを待つ。
無言の時間が5秒、10秒を続く。
緊張で口の中は乾き、生唾を必死に飲む。
「…………そう」
30秒ほど経っただろうか。
沈黙を破った一言は素っ気ないものだった。
「……あ、あの、怒ってないんですか?」
「怒る? ミスをしたのはこっちなんだから怒るわけないでしょ。むしろ、誤魔化そうとした理由の方が知りたいわ」
「は、はははっ、もう本当に申し開きのしようもございません」
「下手に誤魔化そうとする方が怒られるわよ。特に学園ではね。気をつけなさい」
「肝に銘じます……」
心から反省する。
昔からやらかしを隠そうとする傾向にある。
死の危険がある世界だ。信用できない味方ほど厄介なものはないだろう。
「それより、どうやったの?」
「う、うーん、戦ってる時の彩菜をイメージして、カードに力を注ぎ込む……みたいな?」
「ふーん」
何故だが、彩菜の声は震えているように聞こえた。
「そうしたら色が変わったと、白銀に」
「おう」
「そっか。わかった、カードの件は私が何とかしておく」
「重ね重ね苦労をおかけします……」
「これぐらい良いわよ。何度も言うけど、こっちのミスが原因だしね」
彩菜の心の広さに涙がちょちょぎれる。
俺の人生で一番人間ができているかもしれない。
「カードだけど、後日来る方を使ってね。白銀のは私に渡して」
「了解」
「あっ、白銀の方は誰にも見られないようにしてね。二枚持ってるのがバレたら面倒なことになるから」
「身分証明証だもんな」
二枚持っているとなったら、真っ先に窃盗を疑われそうだ。
「気をつけるよ」
その後、少し雑談をし、電話を切った。
翌日、分厚い契約書と白いカードが同封された封筒が届くのだった。