濃すぎるお姉さん
彩菜の家とは正にその意味だったようで、ここは円野家でなく、彩菜の名義、お金で契約しているらしい。
話し相手であった彩菜が出かけ、暇をしていた時、使用人のお姉さんが教えてくれた。
元々、円野家で雇われていたというお姉さんは、彩菜に引き抜かれる形でこちらに就職したとのこと。
「お嬢様が人を呼ぶなんて滅多にないのですよ」
「怪我人だからですよ」
ニコニコと眩しい笑顔に何となく牽制をいれる。
素直に会話を進めてはいけない気がするのだ。
「だとしても、お嬢様のお部屋で寝かせる必要はありません。余っている部屋なら沢山ありますから」
「えーっと、不幸な事故とはいえ、結果として彩菜……さんを庇っての怪我だったので、責任を感じているのだと思います」
「私もあちら側ですので濁さなくて良いですよ」
「あ、やっぱり」
使用人の大半は知っているらしい。
とはいえ、知らない人はいるみたいだから濁す癖はつけておこう。
「お嬢様の我儘が原因ですので、当然責任は感じています」
「ワガママって……そんなことないですよ」
「いえ」
柔らかい口調は消え去り、厳しい物言いでお姉さんは言う。
「我儘でないのなら思い上がりです。自分なら万事上手く行くだろうと。貴方を守り、かつ危険分子を取り除く……。簡単な話でないのは赤子でもわかります」
(赤子は流石にどうかと)
内心でツッコミを入れる。口には出さないが。
「柳瀬様には申し訳ありませんが、今回を機にあの向こう見ずな性格が少しでも改善されたらと思っています」
「まあ、こうして命に別状はないので俺は別に」
「ふふっ、柳瀬様は器の大きな殿方ですね」
「は、はあ」
流し目で囁くように褒められるのは心臓に悪い。
この人、近所の綺麗なお姉さん感あるから妙にドギマギしてしまう。
……本人も自覚してそうなのがあれだが。
「残念です。お嬢様が相手でなければ、もっと親密になりたかったのですが」
「だ、だから、彩菜とはそんな関係ではないですって」
「そんな関係とは? 詳しくお願いします」
「うぜー! 急に学生ノリにならないでください!」
「私と柳瀬っちはズッ友じゃん? 恥ずかしがるとかなくなくない? ほら、はなしちゃえよ!」
学生ノリどころか、もっと濃いノリを押し付けてくる。
そのキャラに返せるほど、俺の人生経験は豊富ではない。
というか、妙に上手いのが腹立つ。
「……お姉さん、彩菜にもこんな感じで絡んでるんですか?」
「お嬢様には誠心誠意真心を込めて「あ、もう大丈夫です」
嘘くさいーーというか嘘なのだろうーーので話を切る。
お姉さんは少し不満げだが、反応に困るのだ。
「では話を戻しましょう。……柳瀬様はお嬢様の特別に違いありません」
「そう、ですかね? 知り合って間もないし、実感はありませんけどね
「時間は大切ですが、全てではありません。どれだけ時間をかけても一瞬で崩れ去ることもありますしね」
そう言って悲しい笑みを浮かべる。
お姉さんはそのような経験があるのだろうか。
「……ですね」
積み上げられた信頼があっさり崩れ去る。
積み重ねが小さい時に、この砂上の楼閣がどれほど高くなるかは誰にもわからない。
「時間は関係ない……」
少なくとも時間を拠り所にしたくはない。
脆く崩れやすい物は綺麗ではあるが、美しくはないのだ。
「柳瀬様……」
俺の言葉に何かを察したお姉さんは、穏やかな微笑みで、
「お嬢様とはどこまで進んでいますか?」
「最低だよアンタ!」
雰囲気ぶち壊しだった。
自分から始めておいて自由すぎだろう。
「申し訳ありません……。柳瀬様があまりに切ない表情をなさっていましたので、恥ずかしながら私、母性を刺激なされまして」
視線を逸らし、頬を赤くする様はドン引き中の俺でも目を惹かれる。
が、だとしたら反応が酷すぎるだろうと。
「言ってることとやってることが噛み合ってませんよ……」
「お嬢様が相手でなければ……! 私の忠誠心がふざけ……ダメだと囁いたのです!」
「待てコラ、完全にふざけろって言っただろ」
「あ、そんな乱暴にしないでください……。貴方にはお嬢様が……」
「言葉遣いがちょっと荒くなっただけでしょ!?」
濃すぎるぞ彩菜家の使用人!
初対面の客人によくもまあ、これほど自由に振るまえるものだ。
いっそ清々しい気さえしてきた。
これ程かってぐらい生命の輝きを感じ、美しいと言いたくなる。
(絶対口には出さないけどな)
自ら薪をくべる趣味はない。
とりあえず、非難を込めてジト目を送っておく。尚、効果はない。
「ふう、少し興奮してしまいました」
「……少し?」
「少しです。本気の私はこんなものではありませんよ?」
「何故に胸を張る。自慢することじゃないでしょ」
「マジめんご」
また唐突にキャラ変してきた。
情緒不安定過ぎだろ。
今まで周りにいなかったタイプに疲労を感じる。
……楽しくもあるから厄介だが。
(彩菜のためにこんな振る舞いをしてるのかな)
彩菜はセツと距離が縮まった時以外、常に気を張っているというか、余裕がないように見える。
生真面目な性格もあるかもしれないが、お姉さんを見ていると何か理由が……。
「柳瀬様」
お姉さんが名を呼ぶ。
何ですかと聞き返すと深々と頭を下げ、
「どうか、お嬢様をよろしくお願いします」
その言葉は真摯であり、悲痛な叫びでもあった。




