不完全燃焼
(どこだ! どこにいる!?)
炎を纏ったリュウの攻撃を捌きながら必死に目を凝らす。
確かに老人の声が聞こえたのだ。
リュウは咆哮とも悲鳴ともつかない雄叫びを上げながら暴れ狂う。
腕を振るたびに、足爪で襲いかかるたびに、炎は周囲へと飛び散る。
「くそっ!」
坂本さんかわからない以上……いや、巻き込まれただけの一般人かもしれない以上、命を奪いかねない攻撃はできない。
リュウの動きは鋭さを増していき、表情は凶暴な、醜悪なものへと変化していく。
「ぐあっ!」
「隆治!?」
突進をからくも避けるも飛び散った炎が肌を焼く。
脇腹も再び痛み始め、動きが鈍りはじめる。
「正気に戻って……お願い!」
彩菜が炎の柱を手に取り、リュウへと語りかける。
「リュウに人の言の葉など届くはずもない」
木霊する老人の声。
「リュウへと昇華するためには人間性が邪魔だ。故に、薬を使い、時間をかけて理性を消して行く必要があった。必要なのは共鳴なのだよ」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」
老人は黙らない。語りたがるのは俺たちを苦しめるためか、それとも成したことを知ってほしいからなのか。
「ダメ! 言うことを聞きなさい!」
飛び上がり、振り下ろされた足爪を炎の柱で受け止めつつ、もう一度呼びかける。
リュウは攻撃を幾度となくいなされたためか、不機嫌そうに低く唸る。
蹴るようにして後ろに飛び去り、距離をあけ……口から火球を吐く。
「っ!」
不意打ちかつ速度もあったが、コースが甘かったため彩菜は炎の柱で弾き返す。
壁に着弾。コンクリートには穴が空いていた。
威力は十二分にありそうだ。
「素晴らしい! 能力を自在に操り始めている!」
老人の賞賛、興奮した声と共に拍手の音が聞こえる。
(音が……?)
声とは違い、拍手の響き具合に違和感を覚える。
天井に穴を開けたことで反響の仕方は場所によって変わるはず。
(カメラは……)
視認できる監視カメラは三つ。同時に風の刃で壊す。
「何をするかと思えば、私がモニター越しに見ているとでも思ったのかね?」
老人の馬鹿にした言い様に、肉眼で見ることができる距離にいるのだと確信する。
「彩菜! 火球を撃たせないように立ち回ろう!」
「わかったわ!」
彩菜とリュウを挟む形で対応しつつ、音の反響に耳を傾ける。
「GAAAAA!」
リュウの咆哮は遂に獣のそれと化す。
助けるにしてもタイムリミットは残っているのだろうか。
(……ここだ!)
火球を転がりながら避けた先、立ち上がった時の反響音が老人のそれと同じだった。
他にも同じ条件になる場所はあるかもしれないが、慎重に検討する時間はない。
上空に風の盾を檻状に展開する。
「ぐっ!?」
「手応えありっ!」
苦悶の声と共に何もない空間に老人が姿を現す。
「隆治、しっかり捕まえておきなさい!」
俺の意図を察していたのか、リュウの脇を抜けて彩菜が急接近してくる。
「待て彩菜! こいつは捕まえて……」
彩菜の目には強い意志が宿っていた。ここで確実に始末するという。
危険な研究を、狂人と呼ぶべきメンタルで行える人物。
「ま、待てっ! 私を殺したらあの娘は永遠に……!」
彩菜は既に決断していた。
老人の言葉によって揺らぐ決意は持ち合わせていない。
「わ、私はまだ死ぬわけには……!」
「逃がすかよ!」
懐から取り出した何かで足掻こうとするが、風の盾による拘束は解けることはない。
「はあああああっ!」
彩菜の攻撃に合わせ、風の盾を解除する。
無防備な老人へと必殺は振り下ろされーー、
「「っ!?」」
突如として老人の姿が消え、彩菜の攻撃は空を切る。
慌てて辺りを見回すも姿は確認できない。
「くそ! さっきのは演技だったのかよ!」
「そんなはずない……。あの怯えようは確かに」
「じゃあ、どこにーー」
ふと気づく。
「リュウが、いない?」
「そんな……!」
振り返るとリュウも跡形もなく消えていた。
部屋の中には戦闘を物語る痕跡こそあるものの、人の倍以上ある巨体は音もなく失せたのだ。
「……空間を移動できる能力とかか?」
「ゲートの挙動ではなかった……。他に似た能力があるかは知らないわ」
彩菜は悔しげなに表情を歪ませる。
きっと俺も同じ顔をしているだろう。
結局、黒幕には逃げられ、被害者の救出も叶わなかった。
「上の確認、を……」
おかしい。
声が震えている……いや、全身が震えていた。
どうしたことかと視界を落として気づく。
(脇腹、撃たれたんだった)
他人事のような感想が脳裏を過ぎる。
(ダメ、だ……。目を、開けて、られない……)
最後に見た光景は、涙目でこちらへと駆け寄ってくる彩菜の姿だった。




