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異変

 男は暗闇からぬるりと現れた。

 白い髪、やせ細った体、曲がった腰、しわがれた声から相応な歳であることがわかる。

 掛けているゴーグルには摘まみのような物があり、薄汚れた白衣を着ていることからも研究者だと推察できた。


「鉛玉などリュウの爪に比べれば軽いものだろうに」


 そう言いながら老人は、横に佇むリュウの羽を撫でる。

 その恍惚な表情には嫌悪感を覚える。


「曲がりなりにも蒼炎のリュウオウに対峙した者が……」


 リュウから手を離し、ブツブツと文句を言う。

 見れば銃を握っている腕が震えている。


「申し訳ないと思わないのかね!?」

「っ!」


 突然、銃口を俺へと向け、発砲してきた。

 が、油断なく構えていた彩菜の炎によって弾丸は消え去る。


「そう、それで良いのだ。こんな鉄屑リュウの前では無に等しい」


 攻撃を防がれたというのに、老人は嬉しそうに頷いている。

 まともに会話が通じる相手ではない。


「君は……円野彩菜か。炎の柱を操る能力者、形状は珍しいものの威力も精度も既存の枠組みに収まるレベル。それ程、興味は惹かれないな」


 不躾な視線に、人を実験動物にしか思っていない言い草……マッドサイエンティストとはこういうものかと実感する。


「はあはあはあ……」


 脇腹を抑えながら立ち上がる。

 彩菜は振り返らないが、その背は大丈夫なのかと問うていた。


「問題、なし……! かすり傷だ……」


 強がる。

 強がるしかなかった。

 老人はあまりにも危険だ。痛い辛いなど言っている暇はない。

 捕まったら最後、どんな目に合わされるか……。想像したくもない。


「女はいいが、君には興味があってね。ぜひ、調べさせて欲しいのだが」

「はっ、誰が“はいそうですか”って言うかよ」

「ふふふっ、威勢が良いね。往々にしてその方が持つものだ」


 口元を歪め、不気味に笑う。

 生理的嫌悪感に彩菜の炎が輝きを増す。


「待ちなさい。君の相手はこの子だ」


 老人が指を鳴らすと、もう一体リュウが現れた。

 見た目からして食堂にいた奴だろう。

 彩菜がギリッと歯を鳴らす。


「もちろん、この子も元は人間だ。君が殺した子のようにね」

「責任転嫁をするな! 元はといえばお前らがしでかしたことだろうが!」


 脇腹を痛みを忘れ、腹の底から怒声を上げる。

 よりにもよって彩菜のせいにするのか。


「私たちがしたのはリュウにするまでだ。むしろ、感謝されて然るべきことではないか。……まあ、本物に比べれば取るに足らない生命だがね。人よりはよほど良いだろう」

「感謝……? 感謝だと!? 尊厳を奪われ、お前の命令に従わされているじゃないか!」


 今わかった。

 彼女らを見ても美しいと思えなかった理由が。

 元が人間だからでも、人工的なリュウだからでもない。

 生命としての尊厳を奪われているからだ。


「何を言うかと思えば、若人の理想論(戯言)か。生まれた時から奪われるだけの人生、そんな人間は腐るほどいる。私たちが使っているのもまたそうだ。金に釣られ、自分で考えることを放棄した獣以下の存在。命の危険すら察することができない劣等種だ」

「……てめえ!」


 俺は自己中心的な人間だ。

 自分のためなら他者の事情など気にも留めない。

 お世辞にも良い人とは言えないと自覚していた。

 そんな俺ですら目の前にいる老人は許しておけなかった。


 ……当然、彼女はもっと怒っていた。


「あああああっ!」


 彩菜の姿が揺らめいた瞬間、咆哮は老人の目の前から発せられていた。

 一瞬で距離を縮めた彩菜が炎の柱を一閃、断末魔を上げる暇もなく、老人の体が崩れ落ちる。


「があああああっ!」


 強い殺気に反応したリュウが彩菜へと襲い掛かろうとするが、風の盾がそれを阻む。

 アドレナリンが出ているのだろうか。痛みはそれほど感じていないため、能力の行使に問題はない。


「…………」


 腰を落とし、老人の遺体を確認した彩菜は振り返り、リュウへと近づく。


「雅ちゃん、なの?」

「ガアッ!」


 大きく口を開け、噛みつこうとするも届かない。

 彩菜の声が届く気配もない。


「連れて行くしかないか」

「……ええ」

「坂本さんかはわからないけど、人であるのは間違いなさそうだしな。……大丈夫だって、学園の研究員たちも凄い賢いんだろ? きっと何か方法を見つけてくれるって。それに、おっさんだって……」


 彩菜への慰めの言葉の最中に気づく。

 おっさんはどうしたのか。

 食堂での振る舞いを見るに、おっさんはこのリュウの秘密を知っており、かつ守ろうとしていた。

 にも関わらず、姿なく、リュウもここにいる。


「まだ生きてるかもしれない。助けに行こう」

「……ダメよ」

「何で!?」

「あの男の真意がわからない。情報を引き出すにしてもリスクを冒すだけの価値があるかは……」

「そりゃ、胡散臭いし、色々やらかしてるみたいだけど……坂本さんへの思いは本当だろ。きっと力になってくれるって」


 必死に訴えるが彩菜は首を縦には振らない。

 その眼はずっと俺の脇腹へと向けられていた。


「俺なら大丈夫! よくわからないけど、血は止まってるし、痛みもない!」

「……早く脱出しましょう。後のことは他の人に任せてーー」


 俺のアピールを無視し、脱出のための穴を開けようとした彩菜は言葉を失う。

 妙な反応に彼女の視線の先を見る……。


「おやおや、見つかってしまったようだね」


 老人がいた。


(バカな!?)


 振り返る。確かに遺体はそこにあった。


(双子? それとも能力なのか!?)

「ふっふっふ、いつ見ても理解不能な事態に混乱する様は面白い。優越感は最高の栄養素だねえ」

「くっ!」


 疑問を追いやり、彩菜が再び老人へと襲いかかる。

 だが、老人は闇に溶けるように消え、彩菜の攻撃は空を切る。


「どこに……!」

「さーて、どこだろうね」

「彩菜っ!」


 息がかかる距離、真横に現れた老人の接近を風の盾で防ぐ。


「やはり、興味深い! 形が盾とは……本当に盾なのかね? ふふふっ、それに直接攻撃してくる気配もない。君の性格なのか。それとも、攻撃に使えない理由があるのか」


 楽しげに呟きながら、またも闇へと消える。

 形を疑っているようだ。実際、形の制限はないのだが。

 直接攻撃に関しては……自分でもわかっていない。

 対象にぶつけるように使うことが出来ないのだ。

 無意識にブレーキを掛けてしまっているのか、操作が稚拙だからか、それ以外の要因があるのか。

 把握する程、まだ馴染みがないのだ。


「蒼炎を真正面から受け止めた力……。君はきっと最高の実験材料になる」

「させない!」


 空間に木霊する老人の声。

 それをかき消すかのように彩菜は声を上げ、部屋全体に炎を放つ。

 俺とリュウに向けられたものは風の盾が防ぐ。


「そこっ!」

「ぐあああっ!?」


 不自然に炎が消えた箇所へ、彩菜が攻撃を叩き込む。

 悲鳴と共に老人の姿が露わになる。

 能力で隠れていたようだ。


「燃え尽きろ……!」

「ぎゃあああああっ!」


 腹部へと突き刺した炎の柱が燃え上がり、老人の体を包み込む。

 程なくして老人の体は炭へと化す。


「彩菜、気をつけろ! 本体とは限らない!」

「わかってる!」


 とはいえ、二度目だ。先程のように倒せたと判断することはない。


(……やったのか?)


 風の盾に捉われ、すっかり大人しくなってしまったリュウの唸り声以外、何の音もしない。


「……警戒は怠らず、帰還しましょう」


 彩菜の指示に顔もおっさんの救助を訴えようとしたが、


「大丈夫か?」

「問題ないわ」

「……そうか」


 彩菜の横顔に疲労が見て取れた。

 力を使いすぎたのだろうか。

 無理をさせるのは忍びなかった。


「わかった。帰還しよう」


 おっさんには自力で頑張ってもらうことにした。

 意地汚そうだったし、きっと大丈夫だろう。


「じゃあ「道は俺が作るよ」


 天井を破壊しようとした彩菜を止め、風の盾……風を斬撃のように細くし、天井を切り落とす。


「待ち伏せはいなさそうだな」

「…………みたいね」


 天井の壊れ方に疑問を持ったのだろう。彩菜は物言いたげな表情をするも、口に出すことはなかった。


「あとはリュウをどうやって連れて行くかだけど」

「そのまま、浮かすこととか出来ないの?」

「感覚的には檻だからなあ。運ぶのはどうだろう」


 試しにリュウの周りに展開している風の盾を、同方向へと同時に移動させる。

 が、押される形になったリュウは動こうとしない。


「……無理っぽい」

「みたいね。……仕方ないわ。リュウは置いていきましょう」


 老人が死んだのなら別働隊が間に合うかもしれないと彩菜は言う。

 だが、もしあのリュウが坂本さんならと考えると後ろ髪を引かれる思いであった。


(ごめん)


 心の中で謝る。

 今の俺たちに余裕はなかった。

 俺は彩菜を、彩菜は俺を守るだけで手一杯なのだ。

 二人して無力感に苛まれながら風の階段を登って行く。

 その様子をリュウはジッと見ており……。


(置いていかないで……)

「え?」

「隆治?」


 声が聞こえ、振り返る。

 彩菜も釣られて後ろを見る。

 そこにはもちろんリュウしかいない。

 俺たちを静かに見ているリュウしか……。


「制限解除」


 しがれた声は静かに告げた。

 リュウの瞳が真っ赤に染まる。

 部屋の温度が急激に高まり、風の盾は易々引き裂かれ、リュウはその身を紅蓮の炎で覆うのだった。


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