緊急事態
(まさかおっさんが……!)
俺と彩菜は男を振り返る。
しかし、男も予想外の事態に顔を天井方向へと向けていた。
そして、直ぐに起きている状況を理解したのか、顔色を変え、
「早くこれを解け!」
「っ!」
聞き迫る表情に咄嗟に風の盾を解除する。
男は立ち上がると奥の扉へと走り出した。
「雅……!」
坂本さんの名前を振り絞るように出しながら。
(坂本さんに何かあったのか!?)
彼女は食事をしに行っただけのはず。危険な目に遭うのか?
「誰か侵入者が」
「かもしれない。マズイわ。下手に動くと巻き込まれるかも」
そう言いながら彩菜は手早くスマホを弄る。
初期化されたはずのスマホで何をしようというのか。
(電話か?)
メモリが消えても番号を覚えていたら使える。
しかし、スマホを耳に当てる様子はない。
「……ナカツノクニみたいね」
「え?」
「ここはナカツノクニよ。どうやってかゲートを通ってたみたいね」
気づけないなんてと唇を噛む彩菜。
ゲートを通るなら気づける自信があったようだ。言われてみればゲートを通る時は奇妙な感覚を覚える。
そんな違和感など一切なかった。
「じゃあ、侵入者は学園の人かも」
「……むしろ逆よ。私たちが潜入することは学園長が知ってる。余程のことがない限り、裏どりの取れていない施設に襲撃はかけないわ」
「だとすれば第三勢力か」
「……もしかしたら、リュウかもしれないけどね」
「リュウが?」
「個体によっては酷く獰猛で知能が低かったりするの。そういった手合いなら目立つ建物に突っ込んでくることはあるわ」
「……うーん」
「あら? 美しくないの?」
「いや、見てみないことには何とも……。でも、美しいとはならないかもなあ」
芸術点が低くなりそうだ。
彩菜は不思議な人と苦笑する。
「美しさってのは全身から溢れてくるものなんだよ。だから、リュウってだけで色眼鏡で見るつもりはない」
「はいはい。……それより、どうする?」
彩菜が問うてくる。
てっきり彩菜が決めるかと思ったのだが。
「別に出口は近いし、逃げても良いと思うけど」
「けど?」
彩菜が先を促してくる。
その表情はとある答えを求めているようだった。
「坂本さんが気になるよね」
「……ふーん」
「彩菜も気になるだろ。おっさんの慌てよう見たらさ」
「どうかしら」
全く素直じゃないのだから。
「何にせよ、想定外の事態に陥りそうだし、納得できる方法を選ぼうぜ」
「…………」
「最悪、施設を丸ごと燃やせば良いんだよ。彩菜なら出来るだろ?」
最終プランを添えただけのつもりだったのだが、彩菜は呆気に取られたのかポカーンとしてしまう。
そして、数秒ほどして再起動し、吹き出す。
「ふ、ふふふっ、それ、本気で言ってるの?」
「え? 本気だけど?」
困ったから燃やしてしまえなんてたまに見るじゃないか。……主に事件で。
「あははははっ、完全に犯罪者の思考じゃない! 真面目な顔して何てこと言うのよ!」
爆笑である。
俺の素晴らしい提案は犯罪者の物だったようだ。
「別に全部潰しても良いけど」
「手段の話じゃなくて……まあ良いか。隆治の話聞いてたら色々考えてる自分が馬鹿みたいに」
「俺も考えてるんだけどね」
一応だが。
「貶してるわけじゃないの。……褒めてるわけでもないけど」
「中途半端!?」
「困ったら燃やしてリセットしちゃえ。私に足りないのはこれだったのかも」
「そこまでは言ってないよ!?」
「よし、じゃあ雅ちゃんを助けてあの男ごと燃やすわ!」
「待って!? 俺のせいで彩菜が変な方向に覚悟を決めちゃったんですけど!」
着いてこいと言わんばかりに走り出す彩菜の背中を追いかける。
しまった。吹っ切らせたらいけないタイプだった。
ストッパーをレンチで壊してしまったらしい。
「坂本さんのいる場所はわかるのか?」
「ええ、発信機仕込んでるから」
「いつの間に!?」
タイミング的に面接を受けている時だろうか。
油断も隙もあった物ではない。
……俺、仕掛けられてないよな?
「念の為ってやつね」
「物はいいようだな」
廊下には幸い人はいなかった。
警報が鳴ったのにいないのか、鳴ったからいないのか。
全体的に薄暗く、如何にも悪どい実験を行なっていそうな雰囲気だが、道すがら目に入る部屋はリラクゼーションルームやら仮眠室やら格納庫やらと普通の物ばかりだ。
中には娯楽室があり、扉の隙間からビリヤード台が見えた。
(学園と敵対してるだけで特別変な組織ではないのかもな)
男も言っていたが、学園が正義であり、敵対組織は悪であるわけではない。
あくまで利益を追求する組織……。
(よくて反社会勢力か)
民間人を何の覚悟もなく、死の危険に晒す組織を受け入れる気にはならない。
男のせいで緩んだ警戒心を今一度高める。
男の坂本さんへの態度だって、親しい者へは優しいってだけかもしれない。
「この先よ!」
(さあーて、邪が出るか蛇が出るか)
食道と書かれた大きめの扉を潜った先、人の倍近くの大きさの“リュウ”がいた。




