謎の男III
(随分、あっさり喋るんだな)
彩菜の質問に対し、特に反抗することなく答えている。
脅したし、リュウオウに会ったのも本当、やれるかどうかは未知数。
組織を裏切るには多少なりとも躊躇いそうなものだが。
「……なんだよ」
顔に出ていたのか、苦々しげに睨まれる。
「随分、素直に話すなって思ってんだろ」
「そんなところです。言うて平和ボケしたガキですよ、俺」
「けっ、よく言うぜ」
男は吐き捨てるように言った。
「てめえの両手はもう血で染まってるくせによ」
「血でって……」
言われのない中傷に呆けてしまう。
血で染まっている自覚はないのだが。
男も俺の様子に目を細める。
「……お前「挑発に乗らないで」あ?」
彩菜が毅然とした様子で男に言う。
「この男のやり口よ。適当なことを吐いて、その反応から相手を陥れる方法を探る」
「……これまた酷い嫌われようだな、おい」
「軽口は流して、必要なことのみを拾い上げなさい」
「くっくっく、だってよ?」
男の煽るような口ぶり。先ほどまで醜態を晒していた男とは思えない。
こちらの深部を覗き込んでくるかのような嫌らしさ。
(男の態度が変わったのは、リュウオウと会ったことがあると聞いてから)
頭のネジが外れていると思われたのか、価値観が塗り替えられたと思われているのか、本当に人殺しぐらいやる人間と思われているのか。
(……結果殺してないだけか)
人間相手に振るった拳は場合によっては命の危機を招く物だった。
それこそ、当たりどころが悪かった人が死んだとしても不思議ではない。
(別に動揺するほどのことでもないな)
彩菜を見る。
表情は変わりないが、どことなく心配してそうな気配を感じた。
なので、安心させるように微笑みかける。
「わかった。気をつけるよ。ってか、染まってても染まってなくても変わりないしね。心配しないで」
「隆治……」
「……ほう」
男はニヤリと笑う。
「いいね。リュウオウとやり合うにゃそうでなきゃなね
「俺は美しいから見たいだけなんですけど」
「………………はい?」
男は目を点にする。
俺が胸を張って文句あるんですかと言うと、彩菜の方を向き、
「お前の彼氏ヤバすぎだろ」
「……否定はしないわ」
彼氏部分は華麗にスルーする。
それにしても否定して欲しいのだが。
「美しくないですか?」
「そんな尺度で見たことないわ! ただの化け物だろうが!」
「リュウオウ、見たことあるんですか?」
「げっ……」
男は顔を引き攣らせる。
どうやら、口を滑らせたらしい。
「その反応からして遠くから見たとかではないわね」
彩菜が切り込む。
「映像の線もなさそうだな」
「そうね。映像で見ただけでこの反応だったら笑っちゃうわ」
「ぐっ……!」
おーおー煽りよる煽りよる。
「おっさんおっさん! 金色? それとも蒼炎? どっちを見たんだよ!」
ナカツノクニにいるリュウオウはこの二体だけらしい。
全部で何体いるかは知らないが、見たとすれば可能性が高いのはこの二体だ。
「…………蒼炎だ」
「蒼炎か! あれぞリュウって感じでカッコ良いよな! それに無茶苦茶優しい! 名前の由来である蒼炎とか目の前で見てて見惚れそうだったよ!」
「優しい? 目の前で? 見惚れる? ……わ、笑えねえ」
グッタリとした様子の男は、あのなと語りかけてくる。
「リュウなんて碌なもんじゃねえよ。人間と大差ないどころか、力が上の分、厄介極まりない。敵対してるのは、復讐やら侵略を目論む奴らだ。信仰してるのは現実逃避か、都合の良い虚像に向いてたから。んで、我らが組織は有効活用……つまり金のためにリュウと絡んでる」
「はあ、そうなんですか」
「そこの彩菜にしたってな。理由は教えてやらねえ。殺されるし」
「…………」
確かに話せば殺すと言わんばかりに男を睨んでいる。
俺とは違って彩菜は確実にやるだろう。
「悪いことは言わない。手を引け。待ってるのは裏切りか、死だ。……お前だってわかってるだろうに」
後半は彩菜に言っていた。
「それとも、使えそうだから引き込んだのか? 確かに能力は強力だが、お前の目的には沿わ……」
「黙れ」
彩菜が男の首を掴んでいた。
炎を纏い、風の盾を貫通したのだ。
声に込められた怒気は、今まで聞いたことがない程、悲痛な音をしていた。
「ぐっ、ふ、ふふっ痛いところを突かれたか。だがな、目を逸らがあっ!」
「彩菜!」
彩菜の腕を掴む。燃えるように熱い。
しかし、怯んでいる暇はない。空いている手で腰に手を回し、無理やり引き離す。
男は風の盾に寄りかかるようにし、必死に呼吸している。
どうやら、命に別状はないようだ。
「彩菜……」
腕の中にいる彩菜に声を掛ける。
が、反応はない。
どうしたものかと頭を掻く。
(こんなところで揉めてる暇はないってのに)
今は敵組織への潜入中なのだ。
男が顔見知りだったとはいえ、冷静な彩菜にしては感情を乱しすぎだ。
過去にあった出来事、彩菜の目的に関わる何かが……。
「だー! 面倒くさいな!」
彩菜の両頬を右手で掴み、顔を覗き込む。
まさか、頬を掴まれるとは思っていなかったらしく、彩菜は目をパチパチとさせる。
「彩菜の目的とか知らないけど、好きにしたら良いさ! 俺が使えるなら使え! 俺は俺の好きに生きる! 言うこと聞かないなら脅しても良いし、籠絡しても良い! 面倒くさくなったら後ろから刺せ! 俺は恨まないから!」
「あ、貴方、何を言ってる!?」
「だから、いちいち反応するな! 俺は離れたりしない!」
「っ!」
瞳に映る自分が見えるぐらいの距離で、はっきりと告げる。
「あ、俺が逃げるハメになったら無理やり連れて行くから。そこのところよろしく」
離れないというか。離さないというか?
「そ、そんなこと言われたって……私たち、知り合ってまだ間もない……」
「運命だよ!」
「う、うん、めい?」
「あの時、彩菜と出会った。だから、リュウと出会えた」
「そんな、ただの偶然……」
「偶然は必然。必然は運命」
彩菜の瞳は揺れていた。
その理由を俺は知らない。
目の前にいるのは、信じることを恐れる一人の女の子だった。
「俺を信じろ。リュウオウを美しいっていう人間だぜ? 彩菜への言葉、全部本当だから」
「…………」
彩菜は顔を伏せる。
考えているのか、頭の整理をしているのか。
胸の前で両手を組む姿は、まるで何かに祈っているかのようだった。
「……わかった」
少しして彩菜は短く呟いた。
言葉に込められた意味はわからないが、わかってくれたのなら良い。
「あ、お待たせしました」
「……あ、うん」
振り返ると男は悟った目でこちらを見ていた。
「マジで意味わからん。何でいきなりラブコメ見せられてるの、俺」
ラブコメではない。
だって、ラブ要素もコメディ要素もないから。
……ないよ?