謎の男I
ここっすと坂本さんに案内されたのは、白い壁に囲まれた殺風景な部屋だった。
入ってきた扉とは別に奥へと続く扉がある。
横を向くと正面にある壁の中央にはうっすらと線が入っている。
(壁……壊せるか?)
今まで能力はガードにしか使ってこなかった。
似た力に対しては有効なのはわかっているが、どれほどの強度に対応できるかはわからない。
足場にした時、俺の体重は軽々受け止めていたが果たして……。
(最悪、適当に放てば良いか)
盾と申告しているが、俺の能力に形は見当たらない。
やろうと思えば、それこそ暴風を起こすことができるだろう。
事態が好転するかは知らない。やぶれかぶれの行いであり、そんな展開にならないことを祈る。
「ちょっと待っててくださいっす。直ぐに先生が来るんで」
腹を括る俺とは対照的に、坂本さんは落ち着いた様子で机の上の端末をイジる。
「何をやってるの?」
彩菜が聞く。
坂本さんは画面から目を離さずに、
「お二人から聞いた情報を打ち込んでるっす」
「そう……」
彩菜の目が鋭くなる。
偽名を入力するのだ。相手が半信半疑の場合、状況が一変する可能性がある。
「大門寺……渉っと」
そういえば、そんな名前だったな。
坂本さんは、呟きながら打ち込むタイプらしく、進み具合がわかりやすかった。
「桜子……よし、終わりっす」
坂本さんが顔を上げた瞬間だった。
奥の扉が開き、白衣の中年男性が現れる。
「おつかれさーん」
気だるげな声、くたびれた表情に、無精髭。
ズレた眼鏡も相待って悲壮感溢れる姿をしていた。
「あ、先生!」
「よっ、外は暑かっただろう」
「暑かったっす……!」
「だよなあ。律儀にローブなんて着なくて良いのに」
坂本さんと仲睦まじげに話す姿からは、危険な実験を行っているとは思えなかった。
特に坂本さんは被験体でもあるが、そのような様子は伺えない。
「おっ、今日は二人か」
男は俺たちを見ると胡散臭い笑みを浮かべる。
「金に釣られてきたんだろうが、気をつけろよ? 一歩間違えたら今頃船の上だぜ」
「は、はあ」
緊張をほぐすためか、純粋に皮肉なのか判断に困る。
「船の上っすか?」
「もしくは塀の中だな」
「意味わかんないっす」
「かー! お前は本当に可愛いな!」
右手で顔を覆いながら高笑いする。
どうにも感性がズレているようだ。リアクションが噛み合わない。
彩菜はと見ると澄ました顔をしていた。
(……ご機嫌斜めだけど)
後ろに回された手にこれでもかと力が込められていた。
表と裏でこの落差、感心してしまう。
「いっつもそれっす。バカにするのはやめてほしいっす」
「やめないっす」
「むきー! マネしないでくださいっす」
「ごめんっす」
憎まれ口を叩く男を坂本さんは無言で殴りつける。
そこそこ良い音がするが、男は楽しげな表情のまま、
「ま、皮肉はわかるみたいだな。なのに、よくもまあこんなバイト受けたもんだ。親御さんが泣いてるぞ」
「ふふっ、貴方には言われたくありませんわ」
彩菜がにこやかに、けれどキッパリと言い返す。
男は口角を上げる。
「お嬢様言葉ってやつ? 初めて聞いたわ。おいおい、そんな良いとこの嬢ちゃんが? マジで? はっはー、こりゃ裏があるだろ」
「下衆の勘繰りはやめてください。貴方方がバイトの募集をし、私たちは受けた。それだけです」
たちの部分で男は俺を見る。
空虚な瞳は何も映しておらず、不気味な印象を受ける。
「確かにそうだ。お互い、痛くもない腹を探られるのは不愉快だよな。……雅」
「はいっす」
男は机の椅子に腰を下ろすと、坂本さんに万札を差し出す。
「ご飯でも食ってろ。仕事の邪魔だ」
「一、万、円!? ……ハッ!? ダ、ダメっす! ちゃんと見てろって言われたっす!」
「だー! 要領悪いやつだな! お前が見てようが見てなかろうが何も変わらないっての! だったら、飯でも食ってた方が効率が良いだろうが!」
「効、率?」
「頭が良いってことだ。な、お前らもそう思うよな」
誘惑に耐える坂本さんを説得するためか、俺たちにまで話を振ってきた。
彩菜と顔を見合わせ、頷く。
いない方が都合が良いのは、俺たちも同じだ。
「雅ちゃんがご飯を食べててくれたら私も助かるわ」
「た、助かる?」
「坂本さんがご飯を食べる。俺たちはバイトをする。完璧な配置だ。一片の疑問もないよ」
「か、完璧?」
「二人もこう言ってる。良い子ならわかるよな?」
「……わかったっす! ご飯食べてくるっす!」
頭の上に浮かんでいた疑問符を彼方へとぶん投げ、坂本さんは鼻歌まじりに部屋を後にした。
残されたのは怪しげな白衣の男と、怪しげなバイト希望者。
「はあ」
坂本さんの立ち去る音が聞こえなくなるのを確認し、男はため息を吐く。
「随分と可愛がっているんですね」
彩菜が皮肉まじりに言う。
男は舌打ちをし、端末の情報を見る。
「宮原桜子……はいはい、偽名ね。お前の方もどうせ偽名なんだろ?」
「っ!」
反応から彩菜のことを知っているようだ。
「円野家のご令嬢を送り込むとは、学園も人材不足が酷そうだな」
当然、学園のことも知っている。まあ、これは知らない方が違和感があるが。
それより、円野家のご令嬢との言葉が引っかかる。良いとこの生まれなのは察していたが、それにしては含みがあるようだった。
「お父さんは元気か? 彩菜ちゃん」
(彩菜ちゃん!?)
「……その呼び方はやめていただけませんか。不愉快です」
「はっ、あのクソ野郎と違って感情むき出しなのは好感が持てるぜ」
話を聞く限り、二人は顔見知りらしい。
それも彩菜のお父さんと関係がある。見た目の年からするに世代は近そうだが。
……うん、推測にしかできない。
「過去の因縁とか持ち出すなら説明してくれませんか?」
「あ?」
「部外者が、ここに、一人、いるんです。話について行けなくて寂しいので。ほら、説明。どっちでも良いですよ」
「……お、お前」
一瞬、凄んでくるも怯まず、説明を要求すると男は呆れた様に引き攣った笑みを浮かべる。
彩菜は頭が痛いと言わんばかりに額に手を当ててあたる。
「……あれ、説明は? 彩菜の親父さんと因縁があるんでしょ? 同級生? 学園にいたとか、学園がうんたらかんたらで今はここにいるとか。言うことあるでしょ」
「お前、本当に聞く気あるのか?」
「あるから聞いてるんですよ!」
「わ、わかったから叫ぶな! 他の奴らに聞かれたらどうするんだ!」
「気をつけます……」
即座に小声にする。
アンタの方がうるさいだろとは言わない。
「聞き分け良すぎだろ……」
「えー、わがままだなあ。今の感じ、俺たちのこと報告はしてないんでしょ? なら、指示ぐらい聞きますよ」
「…………お前の彼氏凄いな」
「彼氏じゃないです! ……はあ、隆司のせいで」
「貴方じゃないとダメなのって言ったのは彩菜の方なのグハっ!?」
彩菜の肘が脇腹に突き刺さる。
思わず声が漏れる。
照れ隠しにしても酷い暴力だ。
「……暴力はやめとけ。可哀想だ」
「ほ、本当にそれ」
「余計なことを口走る方が悪い」
反省するどころか睨まれてしまう。
どうやら、俺が悪いのは確定らしい。悪くないとは言わないけどさ。
「それより、ここで何をしてるんですか?」
「仕事に決まってるだろ。生きるためには必要なんだ」
「……超能力」
「っ! どこでそれを……!」
「坂本さんが見せてくれました」
男はあのバカと唇を噛む。
「学園には……報告してるよな、クソが」
「もしかして、薬をどうにかしようと?」
男の反応から目的は俺たちと同じかと思い、尋ねる。
しかし、男は俺を睨み、勘違いするなよとドスの聞いた声で、
「完成してないからだ。あんな粗悪品を俺の研究結果とされたら敵わないからな」
「っ!」
彩菜は男を見据え、右手を虚空へと伸ばす。
能力を使うつもりだ。
男も気付き、懐から何かを出そうと……。
「ストップ!」
「隆治……!」
「なんだこりゃ!?」
手を叩き、二人の動きを風の盾で止める。
イザベルにやったのと同じく、体の周りを盾で覆ったのだ。
「この人の話は、良くも悪くも話半分で聞いておくべきだよ。素直ではないみたいだし」
「はあ!? ……ま、待て!」
文句がありそうな男は無視し、胸元にある写真を取り出す。
写真に写っているのは坂本さん、お姉さん、そしてお母さんだろうか。
被験者であるはずの坂本さんだけではない写真が意味するのは。
「貴方が坂本さんのお父さんなんですね」
「え?」
「だから、彼女を救いたい。教えてください。超能力が使える薬のことを」
男は俺の問いかけをゆっくりと咀嚼し、息を震えるように吐きながら呟く。
「……父親では、ないです」
「…………はい?」




