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潜入

 どれぐらい揺られていただろうか。多分、一時間程度。

 車が停車し、ドアが開かれる。

 運転手を務めている長身の男性は、流石にその仕事柄かローブは羽織っていない。

 だが、帽子を深く被り、視線を下に向けているため顔は見えなかった。

 加えて一言も発さないため、不気味な雰囲気を醸し出している。


「ありがとうっす」


 坂本さんは、大して気にならないのか、それとも慣れているのか、軽いノリで降りる。

 俺と彩菜も続く。

 ありがとうございますに返ってくる言葉はなかった。


(ナカツノクニではない、のか?)


 建物内で降ろされたため、周囲の様子は伺えなかった。

 しかし、今いるフロアの広さからしてナカツノクニで建てるのは骨が折れそうだ。


(……それを言ったら学園もか)


 未開の地もあるらしいナカツノクニは、人の世と比べて文明的には遅れている。

 能力もそれをカバーできる類の物はなく、必要な技術などはゲートを使って、小まめに移動させるしかないという。

 たまに、どでかいゲームを開ける人材が現れるらしいので、そのような逸材がいるのなら不可能ではないか。


「ここは、何県なのかしら。随分、移動したみたいだけど」


 彩菜が坂本さんと運転手に探りを入れる。

 しかし、坂本さんは首を捻り、運転手は沈黙を保つ。


(ま、そうなるよな)


 ナカツノクニであるならば答えはないに決まっている。

 知らないのか、黙っているのかはわからないが。


「…………」

「あ、お疲れ様っす」


 彩菜に問われたからか、仕事を終えたからか、運転手は運転席に乗り込み、奥へと消えていく。


「すみません。あの人は、いつもあんな感じで……。でも、悪い人ではないっす。たまにアイス奢ってくれたりしますし」

(……あれ、もしかして良い人?)


 怪しく見えたが、ただ単にコミュニケーションが苦手な人なのかもしれない。

 ナカツノクニでなければ、事情を知らなくても出来る仕事だし。

 むしろ、寡黙なのは組織からしたら都合が良いだろう。


「さっきも塩飴くれたっす!」


 熱中症の心配もしていた。

 ローブだけでなく、空調設備のない部屋にいたので妥当な心配だろう。


「麦茶も箱で」


 隅にあったあれか。

 何が入っているかと思ったら……。


「……優しい人なのね」

「そうっす!」


 彩菜が微笑ましげに言う。

 疑うべき人が減ったのは素直に朗報だ。


「おーっとと、あんまり遅くなると怒られちゃうっす。こっちっす」


 そう言って扉へと近寄っていく。


「……むん!」


 何故か気合を入れて横にある電子制御版へと手のひらを当てる。

 電子音が数秒続き、上にある赤色のゲージが青へと変わる。次いで、扉のロックが解除される音が響く。


「ふー、開いたっす」


 坂本さんは、額を拭いながら一仕事終えた晴れやかな表情をする。

 ただの指紋認証かと思ったが違うのだろうか。


「やー、たまに開かないんすよ」


 俺の疑念に気づいたのか、坂本さんは苦笑しつつ説明する。


「だから、先生……医者っぽい白衣の人に相談したら超能力を出す時みたいに、力を入れたら開くはずだって」


 職業不明なため医者っぽいと称される実験の責任者……っぽい人。


「超能力に反応して開くのかしら」

「さあ? よくわからないっす」


 やはり、坂本さんは気にする様子はない。

 物事を深く考えないタイプなのだろうが、結果として危険な目に遭っている。

 とはいえ、彼女の性格に根付く問題な気もするので難しい。

 いつ失ったか、この純真な気持ちは。


(……物心ついた時にはなかったかも)


 何だか虚しくなる。

 捻くれた子供だったのだろう。可愛くない。


「どうぞどうぞ」


 坂本さんの指示に従い、扉を潜る。

 すると、彩菜が通る際、甲高い電子音が鳴った。


「……私、何かしたかしら」


 通り抜けた彩菜は、険しい表情で坂本さんに尋ねる。

 正体がバレたのではと警戒しているのだが、坂本さんは自分が怒られたと勘違いしたらしい。

 慌てて、カバンの中から資料を出し、必死にページを捲る。

 が、載っていないのか泣きそうな顔をする。


「……彩菜」

「あ、ごめんなさい! 雅ちゃんに怒ったわけじゃないの。えっと、驚いちゃって」

「ごめんな。このお姉さん、動揺したら無表情になるんだよ。怖いよなあ。俺は怖かった」


 フォローしたつもりだったのだが、彩菜はお気に召さなかったらしく、目が笑っていない笑顔を向けられる。


「……ほ、本当っすか?」

「…………ごめんなさい。怖がらせちゃったわね」


 一瞬、葛藤するも不安げな坂本さんを安心させるため、俺の嘘に乗る。

 坂本さんはホッと胸を撫で下ろす。

 その安心具合に違和感を覚える。


(怒られるのが怖いのかな)


 いや、変な話ではない。俺だって怖いし。

 ただ、反応が過剰に感じたのだ。


(……人それぞれか)


 匙加減でしかないと結論づけ、頭の隅へと追いやる。

 今は他に気にするべきことがあるからだ。


「それより、何で鳴ったんだろうな。俺は鳴らなかったけど」

「……わかんないっす。聞いたことのない音だったっす」

(警報……ではないのか?)


 彩菜の正体がバレたにしては、周囲は静かなままだ。

 敵が集まってくる気配も、監視されている気配もない。


(……とはいえ、カメラはあるからなあ)


 上を見上げる。俺たちを映しているだろうカメラは鈍い機械音を発していた。

 泳がそうってことだろうか。それとも、気にしすぎ?


(ヤバいなあ。帰りたくなってきた)


 元々、どうしても後手に回らざるを得ない任務だったが、初っ端からバレた可能性を突きつけられるとは。

 これなら、ひっそりと泳がして欲しかった。


(彩菜、どうする?)


 彩菜にアイコンタクトで尋ねる。

 この状況下なら言いたいことはわかるはずだ。

 彩菜は何かを考え込むように通路の奥を見つめ、一言。


「行くわよ」


 進むも地獄退くも地獄……ならば進むべきだ。

 彩菜の背はそう語っていた。


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