蒼炎のリュウオウIII
部屋に戻る。教官は拘束されていなかった。
セツは警戒していたため、また氷漬けにされていると思ったのだが。
結果として逃げなかったので問題はない。
教官は、ソファーに腰をかけ、気だるげに肩を落としている。
気だるげなのは常だが、どことなく気落ちしているようにも見えた。
「お帰り……」
お迎えの言葉。
(一応、敵対関係なんだよな?)
理念に共感したからではないが、敵対組織の計画に加担したのだ。
(まあ、終わりよければ全てよし)
なあなあにするかは他の人に任せる。
少なくとも俺は彼女を断罪する気はない。
「どうにか、しちゃったんだね……」
「しちゃったというか、見逃してくれたというか」
「言葉を操るリュウは少ない……。彼らとの関係は結果が全て……」
「言葉そのものは理解してくれたっぽいんですけどね」
「ええ、わかってる……。言葉を使わない、といった方が正しい……」
俺もそう思う。
彼らなりの考えがあるのだろう。
……その分、一方的なコミュニケーションに不安を覚えてしまうのだが。
「蒼炎のリュウオウの姿を見た時、裁かれるんだと思った……。逆鱗に触れた人間を許すわけない……」
神々しくも、禍々しくもある生命に恐怖はさほど覚えなかったという。
「蒼炎に焼かれてみたいって気持ちはあった……」
罪の意識とかでなく、好奇心としてらしい。
好奇心は猫を殺すとはよく言ったものだ。
(俺も似たようなものか)
なんてことはない。俺も好奇心で乗り込んだ口だ。人のことは言えない。
「標的のみを燃やす炎……。リュウオウだからなのか、人にもできるのか……。実物を目の当たりにしてから考えない日はなかった……」
俺のような人間は、リュウオウって凄いなで終わらせてしまう。
好奇心と探究心の深さに尊敬の念を抱く。
「でも、君が飲み込まれた瞬間……正確には生きていた瞬間、神様でもなんでもないんだと思った……。死の概念をも超えた生命にはとても見えなかったよ……」
「限りなく不死に近くとも、生きている以上は神にはなれません」
セツの言葉だ。
澄ました顔で紅茶を飲んでいたセツは、教官を一瞥し、
「しがらみがなければ、生きられない。枷がなければ、どこかへ飛んでいってしまう。貴方が望む生命がいたとしても、私たちの目の前に現れることはないでしょう」
「……ふふっ、そうだね」
教官は力無く微笑む。
「私は、私たちはリュウオウという存在に囚われ過ぎているかもしれない……」
たちとは学園の関係者……いや、リュウに関わるあらゆる存在のことか。
「超越者っぽく振る舞うリュウオウがいるのも、傍迷惑なリュウがいるのも事実ですから」
「今日は饒舌だね……。心境の変化でもあったの……?」
「ありません」
ありそうだ。
いつもより言葉に感情が乗っている。
一歩引いた感じも、気を張っている感じもない。
良い傾向だ。理由はわからないが。
「君はどう思う……?」
と俺に問うてくる。
「そうですね……。ま、可愛いから良いんじゃないですか?」
「かっ!?」
セツが間の抜けた声を上げる。
教官はそんなセツを見て笑う。
そして、セツに睨まれる俺。
(本心なんだけどなあ)
「隆治さんは、適当にしゃべりすぎです」
「結構考えてると思うけど……」
「考えてたら今の返しにはなりません!」
言い切られてしまった。
教官はいよいよ面白くてたまらないと言わんばかりに顔を伏せる。
それを見てセツが……無限ループだ。
「ところで、逃げる気とかはないんですか?」
強引に話を変える。実際、聞いておきたいところだし。
「逃がしてくれるの……?」
「俺は追いませんよ。その後は知りませんが」
セツは不満があるのか眉を顰めるが口は挟んでこない。
俺に従うといった手前、そう何度も口は出せないとでも考えているのだろうか。
「…………やめとく。逃げ切れる気しないし、そもそも逃げる気にもならない……」
さっきまでと違ってと呟く。
「君と蒼炎のリュウオウを見てたら、もっと不満は口にしておけば良かったなって……」
大分、矮小化しているような……。
これでも命をかけたやりとりだったんだけど。
(傍から見れば、三回蒼炎に耐えただけか)
その後の説得を入れても十分にも満たない邂逅だった。
深い話にするには流石に短すぎるか。
「バカにするわけじゃなくて……もっと心のままに生きても良いなって」
「……ですね」
「それが誰かの不利益に繋がっても良いじゃんって……」
「どんな結論ですか。ダメですよ」
セツが呆れ顔で否定する。
「わかる」
「隆治さんまでわからないでください!」
「わかってくれるか……」
「わかりますとも」
「わかりあわないでください……」
「最もなことを言ってるけど、セツだって情報隠しまくってるじゃん」
ドキッと体を震わすセツ。
視線を戻し、優雅に紅茶を口に含む。
「学園長も、意味深なことを呟いたりする癖に、今は話せないとか言ってくる……。なんだったら、無視する……」
覚えがあるのか教官はこめかみに青筋を浮かべ、ブツブツと文句を呟く。
「血は争えないってことですか」
「一緒にしないでください……」
セツがボソッと文句を言う。
「なら、色々と教えてくれよな」
「…………」
「これ……。そっくり……」
「なるほどね、これが噂の」
「う、うるさいですね。……そんなことより、逃げる気がないならゲートを開いてください」
劣勢に立たされたセツは話を変える。戻すに近いかもしれない。
「俺も聞きたかったんだ。ゲートって今、使えます?」
「隆治さん、何を……」
「いや、いるはずの人がいないじゃん。しかも、結構な人数が」
「そういえば、そうでしたね」
セツの薄情な発言に俺と教官は軽く引く。
「強制的に運ぶとなると結構使ったんじゃないかなって」
「…………まさか」
遅れて気づいたセツは教官を睨む。
「……生きてるから」
「多分とか言わないでくださいよ」
「……おそらく」
「命が軽いなあ」
変な角度からこちらの世界のシビアさを感じるのだった。