リュウオウの神殿III
B1は壁画の間だった。
蒼炎のリュウオウと思わしき巨大なリュウ、付き従うリュウたち。
文字らしき形もあるが、何の言語かはわからない。
(蒼炎のリュウオウを讃える神殿なのか?)
所々欠けているため全容はわからないが、蒼炎のリュウオウはリュウたちを守り、都市を守護していたように見える。
この都市が人のものか、リュウのものかはわからない。
人らしき姿もわずかにあるが、蒼炎のリュウオウを見上げる生き物の一つでしかなかった。
(蒼炎のリュウオウは今どうしてるんだろうか)
学園が存在を把握しているリュウオウは金色を含め三体だという。その中に蒼炎はいない。
過去の記録にあるだけで行方がわからないリュウは多いと聞く。
大半は記録が失われたからだと説明があった。
……秘匿されたものもあるだろう。
(監視場所にある神殿、調査は終わってるとテオは言ってたけど)
壁画の指し示す意味は解読できたのだろうか。
もしかしたら書物など回収された資料があるかもしれない。
無事帰ることができたら聞いてみるか。
(フラグっぽいか)
内心で苦笑する。
その刹那、反射的に振り向き、風の盾を展開。
「ぐっ!」
遅れて全身に衝撃が走る。
重い何かがぶつかったのだ。
「セツ!」
名前を呼ぶ。
セツは既に走り出していた。捕捉していたらしい。
防御を考えていない直進的な走り。
(危ないだろうが!)
声を出す余裕はなかった。
セツへと襲いかかる見えない攻撃を勘で防ぐ。
先ほどより軽いが連続で放たれるため、小まめな展開が求められる。
加えてセツの移動の邪魔にならないように……。
(無茶させやがって)
十秒……もっと短かったかもしれない。
「…………っ!」
セツは壁画を殴りつける。
音は鳴り響かなかった。拳は空中で静止している。
まるで、見えない壁を殴っているかのように。
「かはっ!」
肺の息が漏れる声、女性のものだ。
セツが拳を引くと人の姿が顕になった。
膝をつき、苦悶の表情で説を睨んでいる。
(消える能力?)
光学迷彩……ではないだろう。なら、能力に違いない。
だが、能力は学園にある大剣に触れないと発現しないはず。
(学園の関係者か、もしくは……裏切り者)
セツが手早く昏睡させないのは知り合いだからだろうか。
彼女のセツを見る目には憎悪が見てとれた。
「こ、の……り、者が」
「……ここで何を」
言葉にならない主張を無視し、セツは問うが彼女は口角をあげ、
「言う、か、ばか、が……」
「わかりました」
セツはそう言うと彼女の首を掴む。
「がっ……!」
閉められているのか、唾を吐き、目を見開く。
必死にもがくも力のない拳や足ではセツは止まらない。
見張りの時とは明らかに殺意が違った。
彼女の存在が脅威だからなのか、二人の間にあった何かが理由なのか。
…………。
「殺すな」
セツの体がピクリと揺れる。
「何故ですか?」
振り返らずに問うてくる。
冷徹な言葉、だが断固拒絶する意思はない。
「必要がないからだ」
「彼女は脅威になります。実際、済んでの所で防げただけ、死んでいてもおかしくなかったんですよ?」
セツの言葉は正しい。
「承知の上で言ってる」
「人が死ぬ瞬間は見たくないと」
「ないとは言わない」
そんなセツを見たくないのもある。
「が、そんなことより嫌な予感がするんだ」
彼女の生命の火が小さくなるにつれ、言いようのない不安が込み上げてくるのだ。
「嫌な予感、ですか」
「セツは感じないのか?」
「…………感じません」
疑念を孕んだ声色。
真っ当な反応だが、不安は圧力へと変わりつつあった。
「セツ」
あれこれ言っている時間はない。
本気を目に込め、名を呼ぶ。
「……わかりました」
セツが手を離す。
敵の女性は座り込み、首を手で覆う。必死に呼吸を繰り返しながら低く笑い声を上げる。
「ふ、ふふふっ、お前が……そう、か。ふふっ、ふふふふふっ!」
不気味な笑みまで浮かべ、狂ってしまったかのように掠れた笑い声をあげる。
「お前、お前……」
ギョロッと見開かれた目玉を俺へと向ける。
狂気に満ちた形相だが、不思議と恐怖は感じなかった。
「良い勘してるよ」
女性は懐から素早くナイフを取り出し、自身の胸へと突き刺す。
「っ!?」
女性は状況が理解できないのか、ナイフを眼前にやり、刃先を見つめる。綺麗な銀色のまま。
もう一度、刺す。
「て、てめえ……っ!」
憤怒に満ちた声。
ナイフを持ち変え、俺へと突き刺してくる。
だが、彼女の時と同様に風の盾を貫く力はない。
(やっぱり、死が何かのトリガーになるんだな)
自殺を警戒していて良かった。
何故、能力ではなく、ナイフを使ったのかはわからないが。
(酸欠気味だからか?)
疲れているとコントロールが怪しくなる傾向にある。
確実に自死したい場合は刃物の方が確実なのだろう。
(どんな能力か気になるが……)
もたもたしている時間はなさそうだ。
セツに目配せする。
「や、やめろ……っ!」
女性の抗議を無視し、睡眠剤を首に打ち込む。
見張りの時と同様に糸の切れた人形かのように倒れる。
「どれくらいで目覚めるんだ?」
「個体差はありますが、半日は大丈夫かと」
「なら、問題はないな」
懸念材料としては、後から誰かがやって来ないかだ。
彼女の仲間だろうと、敵だろうと目的を達成してしまう可能性があった。
「どこかに隠した方が良いよな」
「任せてください」
セツは女性を隅へと引きずり、囲うように氷を生み出した。
(セツの形って)
階段、囲い、二つに共通する形が見えなかった。
形の概念がややこしい。感覚的なものでしかないのなら考えるだけ無駄だ。
(まあ、いいか)
形があろうとなかろうと大差ない。
セツのことは信じる。信じたいから。
大事なのは結局そこなのだ。