リュウオウの神殿I
整えられていたのは宿舎の近くだけで、登るにつれて道は険しくなっていく。
登山経験など小学校時代の遠足ぐらいだ。
慣れない俺をセツがリードしてくれる。
途中から風の足場を適時使うようにした。能力の使用限界はわからない。
が、長いことだけは確かだ。多少の消耗程度大丈夫だろう。
それより体力の消耗の方が問題だと言い訳する。
「姿勢を低くしてください。着きます」
「オーケー」
セツの指示に素早く反応する。
「こちらに……」
セツに促され、横につく。
そして、草むらの隙間から外を覗くと、
「あれが、蒼炎のリュウオウの神殿」
リュウのサイズと比較すると小ぶりだった。加えて苔で覆われており、外観すら全貌がわからない。
入口は正面にある。大きいがあくまで人の場合であり、リュウはましてやリュウオウなど通れるはずがない。
「……リュウオウの住処ではないので」
俺の疑問を察したセツが説明してくれる。
住処でないのなら何の役目があるのか。
「リュウオウ自身が何らかの目的のために作った、もしくはリュウを信奉する団体が作った。どちらかの可能性が高い」
「他の場合も?」
「罠の可能性はあります。リュウオウに纏わる物と誤認させれば人は訪れますので」
ーー私たちなどが。
今まさにそのケースだった。
この神殿は調査が終わっているらしいので、今も尚機能している罠ではないだろう。
問題は……。
「じゃあ、入口の近くにいる人間……彼らは何者かな。学園関係者ではないんだろう?」
入口を見張っている人間がいた。二人だ。
口元を布で覆い、手には銃らしきが。
明らかに不審者だ。だから、隠れたまま話している。
「友好的な関係を築けないのは間違いないです」
「なるほど……そりゃ、悲しいことだ」
未だ関係者は見つかっていない。
姿がないのは、入口、そして奥にいるであろう彼らのせいなのか。
「一旦戻るしかないか」
情報共有が先決だ。
相手の数もわからない。頭数が必要だ。
教官なら学園からも人を呼んで来れる。
(そういえば、教官は学園に知らせてくれたんだろうか)
当然そうだろう。伝えない理由がない。
仮にゲートが使えなくても、宿舎には緊急用の連絡手段があるはず。
それも壊されている可能性は……。
「セツ」
「はい」
「つかぬことを聞くが、教官のこと知ってるか?」
「……教官とは」
「ゲートで送ってくれた人だよ。皆に指示も出してた」
「彼女ですか」
セツの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
とりあえず、知ってはいるようだ。それならば、教官が実は敵だったってケースは避けられる。
「彼女は研究員です。教官もやっていたんですね」
名前は知りませんとのこと。
研究員だったのか。確かに白衣着てたけど。
言われてみればしっくりくる。ゲートの能力者だから教官も兼任しているのだろうか。
「じゃあ、敵ってことはないんだな」
「…………」
「待ってくれ。何故、目を逸らす」
「……おそらく、大丈夫かと」
無茶苦茶不安になるのですが。
(セツが遠い目をするとか、あの人は何者なんだ!)
「優秀な研究員ではありますが、それ故に道徳心を捨て去るのが問題……学園長の評価です」
「無視するんじゃなくて、捨て去るタイプですがそうですか」
ダメじゃんと叫びたい気持ちを抑える。
落ち着け、冷静に冷静に。
「ま、まあ、最悪のケースだからな。この際、気にしない方向でいこう」
「そうですね」
「何にせよ、報連相が大事だ。戻ろう」
「…………必要、ですか?」
セツは真っ直ぐな目で問いかけてくる。
俺、おかしなことは言ってないと思うのだけど。
「そりゃ、何人いるかわからないし。もしかしたら、行方が知れないメンバーも見つかってるかも」
「足手纏いにしかなりません」
「え……」
「彼女のゲートは再使用まで時間が必要です。学園から助っ人を呼べないのであれば、私と隆治さんの二人で乗り込むのがベストかと」
「……そ、そんなことないと思うけど」
セツは目を伏せ、首を横に振る。
「メンバーリストは見ましたが、戦いになると足を引っ張られる恐れのある方々しかいません」
そういった振り分けです。セツは言い切る。
「結構要地なんだろ? なのに何で」
「十分だということです。私たち二人で」
クラクラしてきた。
何故、セツはこれほどまでに自信を持てるのだろうか。
リュウはもちろん、人とやり合う経験など俺にはない。
能力や力は強いかも知れないが、経験値のなさが足を引っ張る可能性は十分にある。
(そんなこともわからないのか?)
セツは浮世離れした雰囲気もあるが、流石に学園長までそうとは思えない。
過大評価にも程がある。
「彩菜さんたちも同意しました」
彩菜、レオン、テオの姿が浮かぶ。
(あいつらまで……)
信頼されていると受け取るのは無理がある。
「……セツは心配じゃないのか? 俺、ついこの間までリュウの存在すら知らなかったのに」
「私が心配しているのは、隆治さんの意欲のみです」
「意欲……」
要はやる気あるならなってことだ。
(やる気とかないっての)
リュウを相手取るのとは訳が違う。
言い方は悪いが、リュウ相手は最悪死んでも良いからであって……。
人と、銃を持った人とやり合うのはまた違う。
「……セツはーー」
ーー人を殺したこと、あるのか?
「…………」
セツは変わらない表情のまま、
「あります」
あっさりと肯定した。
(…………そうか)
こちらの世界に足を踏み入れたのは俺の意思。
ラインを越えるのも……俺が決めること。
今までの人生、思い出をザッと振り返り、奥へと追いやる。
違和感は宙へと溶け、急速に熱が引いていく。
「わかった。セツの方が経験あるもんな。指示には従う」
「ありがとうございます」
「礼はいいって、ごちゃごちゃとうるさかったしな。それより、どう攻める」
「入口の二人は、明らかに弛緩しています」
よく見ると確かに空気が緩い。
どれくらい見張っているかはわからないが、決まったルートをただ回っているだけに見える。
「ここが死角になる瞬間が数秒あります」
音に反応したとしても許容時間に変化はあまりないだろう。
問題は、数秒だと短すぎることだが。
「数秒で制圧「できます」……できるんだ」
「惑わされないでください」
唐突な物言いにきょとんとしてしまう。
何に惑わされているんだ、俺は。
「能力が開花した瞬間から始まっています」
「話が見えてこないんだけど……」
「今までの常識は捨ててください。わかるはずです」
では合図を出したら行きます、と話を勝手に終わらせる。
(待ったなしか)
セツの目は敵だけを捉えている。
最早ヤケクソだ。出たとこ勝負で行けば良い。
(頼むぜ、相棒)
山登りにひーこら言っていた足を激励する。
(相手は銃。なら、俺が使うのはもちろんーー)
「GO」
合図に合わせて地面を強く蹴り、飛び出した。




