教官
時間はあっという間に過ぎ、出発の日を迎えた。
期間は二週間程度らしい。
宿舎はあるので、着替えなど最低限の荷物さえあればら良いとのこと。
メンバーは立ち替わり入れ替わりするが、おおよそ20人程度が集まる。
細かい立ち回りはその時々、メンバー次第なのでマニュアルはない。
期待と緊張にわずかな不安、体調は上々。
念の為、レオンに付き合ってもらい、能力の訓練を積んだ。
『リュウが世界を渡る時、まず力ーー魂と言った方が良いだろうかーーとにかく、肉体は遅れて現れる。肉体がない状態では、本能のままに動くため、危険ではあるが、脅威度でいえば組み易い。お前の流儀も含め、やるならその時が一番だ』
リュウを傷つけるのは本望ではない。下手したら追い詰められても出来ないかもしれない。
レオンの言う通り、早めに対処することが大切になる。
『よほど弱い個体でもない限り、近くに現れたら“わかる”はずだ。大事なのは素早く発見し、飛ばせないことだ』
『空中に現れることはないのか?』
『高い場所に現れることはあるが、最初から飛んでいる個体はいない。理由まではわからないがな』
そのため、崖の上とかに現れると厄介になるのだという。
『だから、これか』
『あるかどうかで雲泥の差だからな。彼女も出来るが、使い手は多い方が良い』
風の盾を足場に上っていく。
セツがあの日、氷でやってくれたことだ。
最初は目に見えない、流れがある、間隔を調整できないと苦労したが、最終的にはそれなりの精度にはなった。
後は、緊急事態時にやれるかどうか。
お腹が痛かったりしたら、まず失敗するだろう。
体調管理も大切になる。
「うーん」
机の上に置いてある短刀を眺める。
望めば武器を支給してくれるとのことで選んだのだが……。
(我がことながら不器用すぎて引いた)
素手よりは良いだろうとの浅い考えは粉々にされた。
まず初めにスムーズに鞘から出せなかった。
短刀をしっかりと視界に収めていないと空振るのだ。
もちろん、短刀は腰などにぶら下げるので甘く見ても三回に一回は失敗する。
致命的な隙にも程がある。慣れたら改善されるのだろうか。
次に、武器に振り回された。
短刀に意識が行きすぎて風の制御が狂う狂う。
相手の動きもおろそかになり、レオンを見失う始末。
最後に、武器を使う多くの生徒は能力と合わせて使う。
力の強弱関係なく、多くの生徒は苦も無く出来るらしい。
(俺はできなかったけどな!)
短刀に風を纏わすことができない。
これに関しては落ち着いてやっても失敗した。
『センス0ね』
指導官を買って出てくれた(頼んでない)彩菜の評だ。
笑いを通り越して引いていた。せめて笑ってくれ。
以上の理由から全会一致で獲物は素手に決まったのだが……。
(サバイバルするはめになったら……役に立つよな)
遭難とかしたらナイフとして役に立つのではないか。そんな気がしてならない。
サバイバル経験ももちろんないので、どこでどう役立つかは全くイメージできないが。
ないよりはマシだろ、流石に。
「よし、行こうぜ相棒!」
最大の理由はカッコいいからだ。
刀ってどうして心を掴んで離さないのだろうか。
短いからって馬鹿にするなよ。刀身綺麗なんだからな。
などと誰にするでもない言い訳をしつつ、腰にぶら下げる。
「そろそろ行くか」
時計を見る。少し早いが遅れるよりは良いだろう。
送ってくれるのはもちろんルーシャス……ではない。
昨日、ゲートを使える教官(基本的な指導はせず、実践任務のみ担当する教員)が帰ってきたらしい。
俺とセツを含め、7〜8人が行くため教官が担当してくれるとのことだ。
(どんな人かな)
俺は転校生なためまだ決まっていないが、一部の生徒には指導教官がつけられるらしい。
希望だったり、素質に合わせてだったり、誰になるかは要相談。
どんな人が良いか俺の意見も聞いてくれるので、考えておいてくれと学園長に言われた。
(とはいえ、能力が似ている方が良いよな)
俺は研究員など後方支援希望ではない。
前線希望となると、やはり能力を伸ばす方向で考えるべきだろう。
(でも、風は珍しいんだよな)
風の能力はそもそも発現者が極めて少なく、当然教官も希少。
実際、学園には二人しかおらず、訳あって二人とも本校にはいないらしい。
(他の能力なら何が為になるかな)
とりあえず、ゲート使いは特殊なので頼むことはないだろう。
(複数能力が使えたら良いのに)
そうすればルーシャスの負担を減らせるのに。
無理な話だが。複数の能力が発現した例はないって話だし。
「君が転校生君……?」
集合場所に着くと、白衣を着た色白の女性が話しかけてきた。
おそらく、彼女が教官だろう。
……なんというか。
(今にも倒れそうでハラハラする)
「どうしたの……? 違った……?」
髪はボサボサ、目にはクマ、けだるげな話し方に猫背……健康が心配された。
「あ、はい。柳瀬隆治といいます。今日はよろしくお願いします」
「元気だね……」
「は、はい」
普通に挨拶したつもりなのだが、教官は若い子は良いねえとフラフラと体を揺らす。
「だ、大丈夫ですか?」
「ふふっ……」
力無く微笑む。
大丈夫ではないのか。返事をするのも怠いのか。どちらにも見えるから困る。
「…………疲れた」
教官はしゃがみ込み、丸くなる。ふらつきは止まった。
(これが……楽な姿勢なんだろうな)
下手に反応する方が迷惑な気がするので黙っておく。
静寂が場を包む。
静かなのは嫌いではない。むしろ、朝早いのもあって小鳥のさえずりが聞こえ、心地良いくらいだ。
「グゴゴゴ」
少し経つと下から変な声が聞こえてきた。
(いびき?)
「ぐがががががっ!」
(でかっ!?)
話し声の何倍も大きい。
肺活量はあるようだ。
詳しくは知らないが、きっと大変なのだろう。
ゲート使いはライフラインの要だ。ブラック企業顔負けの酷使具合もありえる。
(ゆっくり休んでください)
「ぎぎぎぎががががっ!」
ロボットか!? とのツッコミは心の中に押さえ込む。
他の生徒が来るまでの間、教官の不思議ないびきを聞き続けるのだった。




