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交流

 夜、寮の屋上で一人物思いにふける。

 水の流れる音と緩やかに吹く風が心地良い。

 横になる。自然と空が視界に映り、月の淡い輝きが染み渡る。


(そもそも、あれって月なのかね?)


 素朴な疑問。

 天体や宇宙なども地球と同じなのか。それとも違うのか。

 気になる……程でもない。

 あの美しい輝きを“月”と呼称したいだけだから。


(今日は疲れたなあ)


 朝早く模擬戦をさせられ、フルタイムで授業を受けるなど最早拷問だ。

 疲労のせいか眠くて眠くて仕方がなかった。というか寝た。

 だから、こうして夜に目が覚めてしまったのだ。明日は休日だから良いけど。

 屋上に上る最中、所々明かりがついている部屋があり、声も聞こえてきた。皆、思い思いに楽しんでいるようだ。


「…………」


 ボーッとしていると、どうしても朝の光景が脳をよぎる。

 激情に駆られるレオンの姿に、俺は言いようのない感情を抱いていた。

 それは恐れや不安などマイナスなものではなく、むしろ好意的なものだ。

 だが、何故、どこに、どうしてなのかはわからない。


「ん?」


 袋小路に囚われかけていた思考が止まる。

 扉が開く音がしたからだ。

 体を起こす。


「あっ」


 暗闇に浮かんだシルエットだけで誰だがわかる。

 何せ今しがた思いを馳せていた人物だったのだから。


「レオン」

「っ!」


 名前を呼ぶとレオンは体を震わせた。

 驚かせてしまったか。まあ、誰もいないと思ってただろうし当然か。

 しかも、体勢上斜め下から声が聞こえてくる。るうん、怖い。


「……柳瀬隆治か」


 俺の姿を確認し、呆れたと言わんばかりにため息を吐く。


「何故座っている」

「座るというか横になってた」

「横……汚いだろう」


 レオンは床を一瞥し、嫌そうに呟く。

 綺麗好きなのか。そんな雰囲気はある。


「まあまあ、部屋に戻ったらまた風呂に入りゃ良い話じゃん」


 レオンは尚もわからないといった表情だったが、すぐに切り替え、端ーー柵の手前まで歩みを進める。

 角度的に学園全体を見ているのだろうか。少なくとも空ではないな。

 レオンが何をしに屋上に来たのか知らないが、誰かと会話をしたい訳ではなかろう。

 再び横になる。


(……言葉はなくても、感じるものはあるもんだな)


 音や風に耳を傾けていると、それらに乗ってレオンの存在が流れ込んでくる。

 力強さに溢れた存在感。立っているだけで伝わってくる鋼の意志。

 きっと、俺みたいにボーッとしている時はないのだろう。

 尊敬すると同時にしんどくないかなと心配になる。


(言う気はさらさらないけどな)


 俺の尺度で気を使う意味はない。

 レオンにはレオンの歩む道があるのだ。

 その先に破滅が待ち構えているとかでない限り。


「俺は」


 不意にレオンが呟く。

 独り言なのか、語りかけているのか。

 とりあえず耳だけ向ける。


「リュウが憎い」


 吐き捨てるように言う。

 相槌を打つか悩むがやめておく。


「……それがお門違いな恨みなのもわかってるんだ。結局は」


 ーー人の業でしかない。


「俺には二つ下の妹がいた」

(いた、か)

「イーストン家の歴史は古く、学園創設メンバーの一人でもある。そして数少ない血に力が宿る一族だ」

「へえ」


 思わず声が出てしまう。

 興味深い話だったので仕方がない。


「こちらの世界に干渉する能力は基本的には遺伝しない。強力な能力者が現れても、それ以降その一族から能力者が出ないということも良くある」


 彩菜から似た話を聞いていた。

 リュウが見えるかどうかはその人次第だと。


「だが、たまたまか理由があるのか、学園創設メンバーの一族は違う。おおよそ、能力者としての資質を備えて生まれてくる。その中でも妹ーーリーリアは別格だった。能力も、力も、そして気質も……俺とは違って」


 驚いた。

 浅い付き合いながらも、レオンのリーダーとしての資質に尊敬の念を抱いていたからだ。

 他の生徒たちから寄せられる信頼は確かだった。


「俺は凡人だからな。だからこそ、得られる物もある」


 俺の疑問に気づいたのか、レオンは苦笑する。


「そう単純な話ではないことが救いだ」


 それは良いとしてと話を戻す。


「それでもリーリアは俺を慕ってくれた。だから、俺もできうる限りの努力をし、期待に応えようとしていた」


 理想の兄妹関係に思える。


「学園に入り、生徒会メンバーになったのも将来的にリーリアを支えるためだった」


 傍でと小さく付け足す。


「ナカツノクニ学園は本来なら年齢制限はなく、リーリアであれば十の時でも入れた。ただ、他の生徒への影響も考え、十五で入学することにした。……父上は穏やかに暮らす時間も与えたかったんだろうな」

「……良い親父さんだな」

「……ああ、尊敬してるよ」


 レオンは空を見上げる。


「リーリアがトップに立つ時、歴史は動く。そう考え、イーストン家や学園は優秀な人材を積極的に探し求めた」


 リュウとの歴史はここ百年変化がない。だからこそ、リーリアは狼煙なのだと語っていたらしい。


「……柳瀬隆治、俺の槍はどうだった?」


 レオンの唐突な問いに、


「重かった。逸らすだけで精一杯だったよ」

「ありがとう」


 感謝の言葉はどこか空虚だった。


「リーリアの槍は凄いぞ。風を切るどころか、音を切るからな」


 自重気味に笑うレオン。


「何せ、顕現が終わりかけていたリュウオウを吹っ飛ばしたからな」

「マジかよ!?」


 吹き飛ぶ金色のリュウオウを想像する。

 ……ダメだ、イメージが湧かない。


「もちろん、金色のリュウオウほどの大物ではない。あいつはリュウオウの中でも特別だ。それでも俺からしたら恐怖でしかなかった。あの存在を前にした時、死という言葉だけが駆け巡ったよ」


 それを小学生だったリーリアはぶっ飛ばしたんだと笑う。


「才能の差はわかっているつもりだった。つもりでしかなかったことをあの日知った」

「……凄すぎて理解できない」


 小学生の時とか何をしてたっけと考える。

 多分、冬馬とセミを取ったり、ザリガニを取ったりしてたはず。

 後、度胸試しで怖い犬がいる家の前を通ったり。

 ……人としてのレベルが違う。


「漠然してたイメージが一気に補強されたわ」

「そうか。ただ、勘違いしないで欲しい。リーリアはそれ以上に優しい子だった。命を慈しむ心を持っていたんだ」


 聞けば聞くほど過去形なのが悲しくなる。

 レオンの声色も懐かしむものだった。


「そんなリーリアは十五になる日、姿を消した」


 言い回しに疑念の声が漏れる。


「俺たちが対峙する相手は、実はリュウだけではないんだ」

「まあ、それは……」


 リュウの存在、能力の存在、鉱石などの資源。

 歴史を鑑みるに人は一枚岩ではいられないだろう。


「大きく分けて二つある。一つ、利益を得たい連中。二つ、リュウを信奉する連中」

「……まあ、いるよな」


 予想はできた。


「前者は前者で厄介だが、リーリアの件は後者が関わっていた」

「リュウを信奉する奴らか」

「神龍教だったか、龍神教だったか。コロコロと名前を変える団体だ。あいつらはリーリアに目をつけた」

「もしかして、リュウオウを吹っ飛ばしたから」


 レオンは頷く。


「多分な。あの時はリュウオウを追い払っただけで倒した訳ではない。だから、報告は一部の人間にしか行わなかった。けれど、奴らはそのことを知った、知ってしまった」


 幼子の身でリュウオウを退ける。

 リュウを信奉する者として許せるはずがない。


「どうにか始末したいが、正面からでは勝ち目はない」

「……狙撃とかも無理なのか?」

「無理だな。リーリアは常に能力が発動した状態なんだ。撃たれたところで頭をぶつけた程度だろう」


 人間の平均をとてつもなく引き上げそうなお方だ。


「故に学友を人質にし、呼び出した」

「……なるほどな」


 人が良いからこそ効く。


「とはいえ、そう簡単に始末はできない。下手に身を晒せば形成が逆転しかねない。だから、奴らは人質を配置した」


 リュウオウが眠るとされる神殿へと繋がる道に。

 人質を救出するもリーリアは落ちていった。


「後に捕えた信者に吐かせた。学園はその存在を知らなかったが、とあるリュウオウがそこで眠っていると」

「妄言って可能性は?」

「今も尚いるかはわからない。けれど、あながち嘘ではなさそうだった」


 リーリアが落ちていった道を下るも、途中で見えない壁に阻まれてしまうのだという。


「リュウオウは眠っている最中、身を守るために不可侵の壁を張ると言われている」

「なら、どうしてリーリアは」


 レオンは力無く首を横に振る。


「わからない。入れたのか、それとも予想だにしないことが起きたのか。はっきりと言えるのはリーリアが姿を消したことだけだ。だからこそ……」


 一抹の希望を捨てられない。

 言葉にしなくても伝わった。


「リーリアが帰ってくるまで、俺は負けるわけにはいかない」


 そう言ってレオンは俺へと向き直る。

 俺も立ち上がり、向き合う。


「それ故に感情をコントロールできなくなってしまった」


 鎮痛な面持ちのレオンは、頭を下げる。


「申し訳ない。危うく君に……」

「気にするなって!」


 レオンの言葉を遮る。肩を掴み、頭も上げてもらう。


「ただの訓練じゃないか。それにレオンのこと少し知れたしな」

「柳瀬隆治……」


 尚も申し訳なさそうなレオンに、


「そんなことより毎回毎回フルネーム呼ばれる方が気になるんだけど」


 あえて、嫌がる素振りを見せる。

 レオンは察してくれたのか。表情を緩め、


「じゃあ、隆治と呼ばせてもらおう」

「おう! よろしくな、レオン!」


 希望を胸に、強く歩み続けるレオン。その姿が“美しい”と感じるのは当然だった。


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