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学園長

 にわかに騒がしくなる。

 振り返ると入口で騒ぎが起きている。

 野太い歓声と黄色い歓声、そして聞こえてくる低音ボイス。明らかに大人の声だった。


(誰だ?)


 真っ直ぐ響く声は耳に心地よい。一度聞けば忘れないはずだ。

 だが、知っている教員に当てはまる人物はいない。

 まだ会ったことがない人だろうか。そもそも、生徒も教員も何人いるか知らない。


「おっ、帰ってきたんか」


 隣に座っているテオが反応する。

 口ぶり的に誰かわかっているらしい。

 見ればルーシャスもどことなく嬉しそうだ。

 彩菜とセツは変わらない。


「はっはっは、待たせてしまったかね」


 観衆を引き連れ、件の人物は姿を表す。

 まず目についたのはビシッと決められたスーツ姿、身長は特別高いことはないのだが着こなしているため、スタイリッシュさを感じる。

 整えられた髭、艶やかな黒髪、鋭く、力強さが溢れる瞳はサングラスの奥に隠されている。

 声も含め、カッコいい大人の権化だった。


「ひゅー、おっちゃん決まっとるの〜」


 テオが冷やかすも、観衆の冷たい視線に晒され、すぐに視線を逸らす。


「テオ! 相変わらず口が軽いな! 安心するよ!」


 だが、オジサンは手を挙げ、楽しそうに笑う。

 反応にも余裕がある。

 ここまで来ると彼が誰だか俺にもわかった。

 外見、カリスマ性、性格どれをとってもリーダーに相応しい。


「彩菜、あの人が」


 彩菜は頷く。


「学園の、私たちの長、アドルフ・ノルトハイム」


 つまり、セツのお父さん。

 外見から年齢はわからない。


「おっ」


 こちらに手を振っていた学園長は何かに気づくと、こちらへとやって来る。


(セツか)


 しばらくの間、出かけていたらしい。なら、家族に反応するのは当然だろう。


(……多分)


 そういうものなはず。

 事実、学園長はセツの元へと来た。


「ただいま。元気にしてたかい?」

「……はい」


 優しい声色、表情……にも関わらずセツの反応は釣れないものだった。

 皆、どう触れたら良いか迷ってしまう。


「……なら良いんだ。元気が一番だからね」


 学園長は苦笑し、セツの頭を優しく撫でる。

 手から逃げる様子はないので心から嫌っているわけではなさそうだ。


「そして、君が隆治か」


 いきなり、矛先がこちらに向けられる。

 魅惑の声が鼓膜を許し、思わず拍手を送ってしまう。

 突然の奇行にセツの時以上に場がざわざわする。


「あ、すみません。良いお声だったので自然と拍手が」

「そ、そうか。それは、ありがとう」

「はははっ! 流石は柳瀬きゅんや!」


 笑ってくれるのはテオ、お前だけだよ。

 見てくれ。彩菜は恥ずかしさからか顔を抑え、ルーシャスは苦笑、セツは遠い目をしている。


「魅惑の低音ボイス学園長ことアドルフさん、俺は柳瀬隆治。この学園に入れてくれてありがとうございます」

「真面目にやるか、ふざけるか、はっきりしなさいよ……」


 彩菜が力無くツッコミを入れてくる。


「真面目にやってるんだけど……」

「尚悪い! 私の顔を立てるつもりはないの!?」

「えっ……だって、気にするなって」

「リュウの話だけよ! 行間読みなさいよ!?」

「バカにするなよ! 国語のテストはそこそこ良いんだからな!」

「そこそこで大きな顔しない!」


 彩菜と熱いラリーを繰り広げる。


「あーあ、こうなったら長いんよなあ」

「あの彩菜がこれ程、感情的に……」

「相性良いんですかね? 最初からあんな感じらしいんすわ」

「ほー、それは興味深い」

「お嬢さんもそれはそれはご執心で、保護者を自称する程ですわ」

「っ! それは、ますます興味深いな……」


 テオが学園長に適当なことを吹き込んでいた。

 訂正したいが否定しづらいのもまた事実。

 セツの部分で明らかに雰囲気が変わった。やはり、娘(仮)に変な虫がつくのは嫌か。


「そこ! 適当なこと言わない!」


 彩菜がテオを指差す。


「えー、本当のことしか言ってないやろ。な?」


 周りにいる生徒に同意を求める。

 他クラスの生徒は顔を見合わせるだけだが、同じクラスの生徒や近くの席で食べていた生徒は同意する。


「ほら? 民衆は正直やで?」

「くっ……覚えてなさいよ」


 完全に負け惜しみだった。

 まあ、仲が良いって話なのだから否定する理由もないだろう。

 彩菜は恥ずかしいみたいだけど。

 頬を染め、縮こまる彩菜の姿に笑ってしまう。


「私は保護者、何一つ間違ってない」


 対照的にセツは真っ直ぐな目で肯定する。

 むしろ、少し得意げだ。


「セッちゃん最高や! やー、こんなおもろい子だったなんて知らんかったわ」

「セツ?」


 学園長が呟く。

 ……そりゃ、引っかかるよな。


「セツ、私の名前」


 セツが学園長に告げる。

 これは、反抗期なのだろうか。それとも本当の名前が嫌で嫌で仕方がないとか?

 そうだとしたら学園長への反応も説明がつくけど。

 同時に学園長のネーミングセンスが疑われることになる。


「……君か?」


 俺に聞いてくる。

 三秒沈黙を保つ。


「……はい、好きに呼んでくれと言われたので」


 覚悟完了を済ませ、端的に答える。

 学園長は顎に手をやり、ブツブツと呟き、何かしら思案する。

 十秒程経ったところで、


「うん、良い名前だ」

「…………はい?」

「セツも気に入ってるんだろ?」

「YES」


 セツの肯定。何故にイエスを選択したかはわからない。


「え、えっと、良いんですか?」

「本人が気に入ってるのなら問題はない。そうだろう?」


 名前ってそんな簡単なものだったかな!?


(……でもまあ、二人が満足してるなら良い、のかな?)


 不思議な親子に首を傾げる。

 タイミング良く、一時間目十分前を告げる鐘の音が響いた。


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