言葉の重み
(あーあ、やっちまった)
ソファーの背もたれに体を預け、天井を見上げる。
最低限合わせるつもりだったのに早速目をつけられてしまった。
いや、守ったのを見られたのが敗因か。
「大丈夫?」
彩菜が気をかけてくれる。
俺は姿勢を戻し、頭を下げる。
「ごめん。上手くできなかった」
彩菜は苦笑する。
「私の顔を立ててくれようとしたんでしょ? 良いわよ、その気持ちだけで。そもそも、覚悟の上だし」
嫌なら推薦なんかしないわと。
「俺なりに妥協点のつもりだったんだけどなあ」
「うーん、隆治にとっては妥協点でも私たちにとってはね……」
漠然とリュウに対抗する組織の人と認識していたが、リュウへの思いは深いようだ。
俺の視線に気づいた彩菜は困ったように笑い、
「それなりに恨み辛みを抱えている人もいるのよ。私の場合はまたややこしいんだけど……逆恨み感あるし」
「……そっか」
彩菜の抱えているものに触れることはできない。
まだ、そこまでの距離にいないのはわかる。
「会長は会長で何かあるのよ、きっと」
名家ならではの悩みか、それとも俺にも降りかかる可能性のある悩みなのか。
レオンの表情からは複雑な感情が読み取れた。
(そう単純にはいかないか)
非日常に心躍らせたが、そこで生きるのは生身の人間。
リュウと対峙しようと能力を持っていようと変わらない。
彼らにとってはこれが現実なのだ。
「それより」
彩菜が耳元で囁く。
「あの子、セツって名前なの?」
俺に合わせて向かいに座るセツを見る。
「いや、呼びたいよう呼んでって言われただけ」
「……それでセツ?」
「雪って感じじゃん。能力も氷みたいだし」
「イメージに合うのは否定しないけど……」
「それより、学園長の娘さんなんだろ? なら名前だって」
彩菜は首を横に振る。
「話してる姿は見たことあるけど名前は……」
「先生は? 当てる時とか」
「苗字しか呼ばないわよ」
それもそうか。
……うーん、本人が秘匿すると案外知る機会がないものだ。
「名前がないとか、ないよな?」
肩を叩かれる。
「冗談でもそんなこと言わないの。見る限り仲は良好っぽいわ」
「はい、良好です」
「ひっ!?」
彩菜は悲鳴めいた声を上げる。
目の前にいるのだ。聞こえていても不思議ではない。
「悪い。セツに直接聞くべきだったな」
「いえ、気にしていません」
自分のことを目の前でヒソヒソ話される。普通に考えたら気を悪くするだろうに。
セツは本当に気にしていないようだ。
一方、彩菜はバツの悪そうな顔で、
「ごめんなさい!」
「顔を上げてください。名前の件は私の不徳の致すところ」
「そ、そんなことないわ! え、えーっと」
彩菜は視線をキョロキョロと泳がせ、
「これ! 食べてみて!」
机に置いてあったお菓子を差し出す。
遠巻きに見ていたテオがビクッと反応する。
「この間、買ってきたものなの! すっごく美味しいから!」
「…………」
差し出されたお菓子を前にどうしたものかと俺を見る。
(嫌いでないなら食べてみたら?)
アイコンタクトを試みる。
セツは一瞬疑問符を浮かべるも理解してくれたのか、
「……いただきます」
おそるおそる受け取り、袋をあけ、中に入っていたチョコレートを口に入れる。
「ーーーっ!」
困惑した顔はすぐに明るいものへと変わる。
目を大きく開き、口角を上げ、頬に手を置く。
先ほどまでのクールなセツはどこへやら、目の前にいるのは年齢相応の可愛らしい少女だった。
「良かったな」
彩菜に言う。
が、反応がない。固まっている。
「もしもーし」
「はっ!」
硬直が解けた彩菜は袋をかき集めると、
「全部、食べて良いから!」
そう言って全てセツの前に差し出す。
テオがガックリと肩を落とす。お前も好きだったのか。
「い、いいんですか?」
食べ終わったセツが上目遣いで聞く。
彩菜の心臓が撃ち抜かれる……幻想が見えた。
「もっちろん! また買ってくるね!」
「あ、ありがとうございます」
女の友情が深まる尊い光景を前に俺はテオの肩を叩く。
「今度、美味しいチョコレートパフェ食べに行こうぜ」
「トクンッ! 柳瀬きゅん!」
擬音を口で言うな。きゅんもやめろ。
(あれ?)
ふと違和感を覚える。
何かを忘れているような。
「柳瀬きゅん」
テオが肩に手を置いてくる。
「会長は覚悟を見せろ言うただけや。訓練場に来いなんて言うてへんで」
「……いや、それって」
完全に模擬戦の流れでは。
テオは腹黒い笑みを浮かべる。
「会長への罰や。たまには言葉の大事さを実感してもらおうか」
「く、苦労してるんだな」
飄々としているテオの人知れない苦労が垣間見えた。
その頃、訓練場にいるレオンがくしゃみをしたとかしないとか。




