セツ
金色のリュウオウ襲来から早三日、初登校日を迎えた。
被害者も損害もほぼなかったため、復旧に時間はかからなかった。
ただし、警備は見直されることに。
人員バランスや蓋の見直しは真っ先に行われるらしい。
今回は運良く何事もなかったが、一歩間違えれば学園は跡形もなくなっていただろうと。
「金色のリュウオウの警戒度も引き上げられます」
隣に座る少女が淡々と教えてくれる。
「何もしなかったのに?」
言ってて無理があると思った。
目的こそわからないが、一戦交える可能性があったことくらいわかっている。
サファイア色の瞳を思い出す。
リュウの精神構造など知らないが、強い意志と覚悟が感じ取れた。
「それは結果論です。ことと次第によっては人は終わっていました」
「……それは言い過ぎじゃないの?」
少女は小さく首を横に振る。
「金色のリュウオウの力は底が見えません。恐らく、本気で戦ったことは数えるほどしかないはずです。あの時の戦力では勝ち目はなく……」
前線部隊で活躍する彩菜たちが死んでいればリュウの顕現は止められなくなる。
「教員もいるんだろ? 分校の生徒たちだって」
「そもそも人手不足なので。彼らを補って余りある戦力などありません」
少女曰く、ここ数年リュウの顕現数は増えているらしい。
かといって人手不足は簡単には解消できない。
人手不足なのは彩菜から聞いて知っていたが、思った以上にギリギリなようだ。
「豊かになるにつれて、潜在能力があったとしても人間の世界を選ぶ人が増えています」
「……まあ、危ないもんな」
説明を見た限り給料が良いわけでもない。
低くはないが、十分あっちでも稼げる額だ。
「そのためか、積極的な方は向こう見ずな傾向にあり、負傷または死亡によりいなくなってしまいます」
少女がホワイトボードから視線を俺へと移す。
赤い瞳は日中でも静かに輝いている。
「そういった意味では柳瀬様は貴重な人材です」
「や、柳瀬様?」
身の丈に合わない敬称にむず痒さを感じる。
「様はやめてくれ……」
「では何とお呼びすれば?」
「柳瀬でも隆治でも、様付けでなければ何でも」
少女は変わらない表情のまま数秒考え、
「では隆治さんで」
「すっごく落ち着く」
少女の年は知らないが、年下に見えるので後輩ができた気分だ。
実際は俺が後輩なのだが。
「そういえば、名前を聞いてなかったね。何て呼べば良い?」
今更すぎるか。
色々と気を取られることが多く、すっかり忘れていた。
「隆治さんの呼びたいように」
「ん? 名前は?」
「ありません」
(んんん?)
疑問符が頭上に浮かぶ。
吾輩は少女、名前はまだない。
「そん……」
そんな訳ない。との言葉を飲み込む。
彼女のことなど何も知らない。
リュウがいるのだから名前のない少女ぐらいいても不思議ではないだろう。
「じゃあ、他の人からは何て呼ばれてるんだ?」
「……リュウ女、と」
少女は少し躊躇いがちに答えた。
そこで思い出す。
彩菜がリュウに好意的な子の話をしていた。
(名前がない。リュウが好き)
リュウ女、あまり良い意味ではなさそうだ。
本人も気にしているのか、表情は浮かない。
となると、
(呼ぶわけにはいかないよな)
どうしたものかと首を捻る。
少女も釣られて首を傾ける。小動物みたいだな。
銀髪、赤目、ルーツは北欧の方だろうか。
(雪……)
不意に穏やかに揺れ落ちる雪が浮かぶ。
「じゃあ、セツって呼ぶわ」
「…………?」
セツは何故と目で訴えかけて来る。
好きにと言った手前、聞きにくいのだろう。
「雪って感じだったからな」
ならユキではとの質問はNG。
俺がセツって呼びたかったからだ。
「セツ……」
少女は視線落とし、ポツリと呟く。
表情が見えないので感情は読み取れない。
「わかりました。セツとお呼びください」
再び顔を上げた時にはすっかり無表情だった。
何はともあれ、気に入らないってことはなさそうだ。なら良いのだ。
「よろしくな、セツ」
「よろしくお願いします、隆治さん」
改めて挨拶し直したところで、
「ところでセツ」
「はい」
「なーんで、皆さん遠巻きに俺たちを見てるんですか?」
俺たちを中心に生徒達が円状になっていた。
居心地が悪いったらありゃしない。
「隆治さん」
セツは一息置き、
「わかりません」
真っ直ぐな目で言い切るのだった。




