空を駆ける獣
リュウオウの襲来、それがどれだけ異常事態なことかを肌で実感する。
彩菜は一瞬呆気に取られたものの、他の人と連絡をとりながらあれこれ指示を出している。
一方で他の生徒たちは皆動揺を隠せていない。
多くの人間が忙しなく走り回っている。が、どれだけの人が理解して動いているだろうか。
「円野!」
「円野さん!」
「彩菜!」
彩菜の姿を見つけるや否や指示を求めてくる。
「流水系の能力者は門脇先生がいる中庭へ」
「念動系はB-2へ」
「戦闘班は待機、いつでも出動できるようにしてて」
彩菜は一人一人の能力を覚えているらしく、的確に割り振っていく。
その落ち着いた様にパニック状態だった生徒たちも少し平静を取り戻す。
(カリスマ性ってやつか。凄いな)
同じ年頃ながらとても大人びて見える。
リーダーとして気質に感心していると目が合う。
「隆治は教室に避難」
背後の教師を指さされる。
まあ、妥当な判断だな。
「その顔……まさか、バカなことは考えていないわよね?」
「ぜーんぜん」
「言っとくけど本当に死ぬからね!? 洒落じゃ済まないのよ!」
「わかってるよ。彩菜は彩菜がやるべきことを続けてくれ」
彩菜の横にいたのはリュウオウについて知りたかったから。
わかったことは、誰もわからないってことだけだったが。
リュウオウが学園に襲撃をかけるなどここ数十年はなかったらしい。通りかかった教員が呟いていた。
しかも、今回来るのは過去最大級のリュウオウ……。
『まさか、金色の!? 嘘、どうして……!!?』
彩菜の反応からして比較的温和なリュウオウなのではないかと思われる。
何故、このタイミングで……なんてことはどうでも良い。
「じゃあ、行くわ」
「隆治!」
「大丈夫大丈夫。死んでも化けて出ないから」
「っ! もう、好きにしなさい!」
口ではそう言いながら尚も心配そうな彩菜にごめんとだけ告げる。
良いやつだ。本当に。
申し訳なさを感じつつも、俺の心はまだ見ぬリュウオウへと向けられていた。
「えーっと、あそこが良いな」
人混みをかき分けながら中庭へと出る。
太陽はすっかり落ち、月明かりが照らしている。
リュウオウはまだ来ていない。思ったより遅いな。
「大丈夫だ! クベール先生たちが足止めしてくれている! 落ち着いて行動しよう!」
一人の男子生徒が語りかける。
クベール先生ならと活気づく生徒たち。
(なるほど。足止めされてるのか)
彼らの様子からして戦闘能力に秀でた先生なのだろう。
能力は歳をとると衰えると言うが、あくまで基本的にはとの話だった。
(とはいえ、それで終わるようならリュウオウだなんて呼ばれてないよな)
むしろ歓迎すべき事態だ。
ベストポジションを確保する時間が出来たのだから。
目標は中庭な中央にある時計台、その頂点にある鐘。
見るに鐘の空間には足場がある。あそこならじっくりリュウが見られるだろう。
真っ先に壊されそうだけど、その時はその時だな。
「さて、どうやって登るか」
階段はと続くであろう道は扉で塞がれている。念の為、ノブを回すがビクともしない。
ハシゴでもないかと周囲を見回すが使えそうな物はない。
「どうしたものかね」
時計台の左右には大きな木が立っている。ギリギリ鐘までありそうな。
(しゃーない。登るか)
木登りの隆治として恐れられた頃を思い出す。
鬼ごっこや隠れん坊での木登りを俺だけ禁じられたのは良い思い出だ。
「ごめんな。優しくするから許してください」
気に挨拶をし、スルスルと登っていく。
この様がまあ気持ち悪い様で女子に悲鳴を上げられたのも良い思い出……ではないな。
無茶苦茶ショックだった。G扱いはあんまりだ。
「良い木だな」
手触り、肌触り、匂い、どれをとっても素晴らしい木だ。
「美しい」
美しいのは良いことだ。
「枝葉もしっかりしてて良き」
先端付近に近づいてもビクともしない。
「ありがとう。助かったよ」
感謝の言葉を残し、鐘へと飛び移る。
間近で見ると意外にも迫力満点だった。掃除が行き届いているのか曇りのない金色だ。
「金色のリュウオウ、か」
まだ見ぬ思いリュウに心を馳せる。
「おっと?」
空を見上げ、気づく。
水の壁ならぬ水の蓋が出来つつあったからだ。
「ルーシャスが言ってたのはこれか」
緊急事態時の取っておき。
水の壁だけでなく、水そのものの中に姿を隠すのか。
確かに壮大な光景だ。
(起動が遅い気もするけど)
警報から二十分は経っている。
人相手なら良いかもしれないが、空を飛べるリュウ相手だと致命傷ではなかろうか。
「まあ、色々あるか」
想定通りに行かないのが人生だ。
今回は間に合いそうなのが事実だし、それを糧にしていくのが人間の強みだろう。
「金色のリュウオウさんは泳げるのかな」
水流が激しいのかもしれないが、リュウオウなら突破出来そうにも感じる。
一般的な龍のイメージとは異なる可能性があるからなあ。
「何故、リュウと呼ばれたんだろうな」
独り言を呟く。
返答などあるはずなかった。
「空を駆ける獣」
「え?」
突然、後ろから声が聞こえ、振り返る。
先程まで誰もいなかったその場所に、銀色の髪を靡かせる少女がいた。
「人は彼らを区別する言葉を持ち得なかった」
少女は淡々と続ける。
「故に、総じてリュウと呼ぶ」
少女はゆっくりと振り返る。
銀色の髪、それ以上に印象的なのは静かに、冷たく輝く赤い眼だった。




