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ケツァル・コアトル~太陽になる男~  作者: AU
第一章 北方攻略編
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第五話 再決心。そして隠し事

 



  帝国での初めての朝は、雲一つない空の高い朝だった。

  疲れと葛藤の中昨日は寝込むように夜に落ちたが、燦々とした朝の日差しが窓から差し込んでいたお陰で幸い目覚めは快調だ。




  何故かサイドテーブルにきっちりと置かれている衣服に着替え俺は部屋の窓から外を眺める。

  やっぱり帝国は凄いな。景色もそうだけど、こうやって陰ながらサポートしてくれるメイドさん?みたいな人もいるのか。すっかり重要な客人扱いだが、それに関しては当然悪い気はしない。




  ちなみに今日は当初の予定通り、昼前には帝国軍の上層部の人達と談義の場が設けられることになっている。アンデルセンが朝方に迎えに来てくれるとのことなのでしばし俺はこれからの展開を空想した。

  『偉い人達』という情報しか無いため、中々不安と緊張は拭えないのだが、さて、どんな濃ゆいキャラクターが登場してくるのだろうか?




  俺が今まで出会った帝国軍のネームド兵士はアンデルセンとレンジの二人のみだが、しかしその二人が一癖も二癖もあるような人物だったからこそ、少し先行きは不安である。まぁ流石に全員が全員人間的に合わないわ!みたいなことは無い。…と願いたい。俺みたいな田舎民はそういう相手に慣れてないから気が張っていらんことを言ってしまいそうだ。出来ればアンデルセンぐらいフランクな人間であればな〜と思う。




  だけど急に『天帝様』とか俺でも知っている様なトップオブトップ&世界レベルの人が出てくるってことは想像しにくいので、そこまで気負う必要は無いだろう。慣れはしないが俺は客人だ。その上説明も無く無理やり連れてこられた立場。寧ろこちらはどっしりと構えていても何ら不自然では無い。




  そんなことを考えながらベッドメイキングを終わらせ、部屋に付属の洗面台で顔を洗っていると扉をガンガンと勢いよくガツンガツンとノックする音が聞こえた。

  扉を壊しかねない程の音に俺はさっきの言葉を脳内で撤回しながら「起きてるよ〜」と軽く返事をする。




  「そうか起きてたか!あぁ今日は気持ちのいい朝だからな〜こういう日は早起きしてなんぼだよな!!」


 


  我が物顔でズカズカと部屋に入って来たのは予想通りアンデルセンだ。これまた随分と陽気なテンションで昨日まで募りに募っていた不信感をコイツにはそこまで感じないのが不思議である。

 



  つい先日出会ったばかりなのになんだかそんな気がしない。そういう不思議な魅力と快活さを持った好青年がアンデルセンという男なのだ。雑多なイメージとは違い、綺麗に後ろへ流すように整えられたミディアムめのオレンジ髪が更に明るいイメージを連想させる。親近感が湧いてしまうのも自然だろう。

  あんまり知性的じゃなく声もデカいもんだからいつでもどこでも一緒にって感じじゃあ無いんだが、これでいて案外空気も読めるし、レンジと一緒にいるぐらいならアンデルセンとの方が数百倍マシだ。




  「さてと。準備はばんたんか?おう!なんだかもう準備できてるみたいだな!あれだ、じゃあ城内の案内も兼ねてとりあえずこの部屋出ようか!いつまでも部屋の中にいるってのはダメだからなぁ」




  「…おう。まぁいつまでいるかわかんねぇけど、それまではよろしく頼むわ」




  そんなこんなで軽めの会話を交わした俺たちは帝国場内を逍遥することになった。「ここが食堂!ここがトイレでこれは浴場!んでここが中庭!ここは会議室!」とアンデルセンは逐一説明をしてくれるのだが、もちろん覚えられるわけもなく無く俺は生返事を繰り返す。




  城内は外から見るよりもかなり大きく感じるし、朝だと言うのに兵士の数も多かった。皆一様にあの白い隊服に身を包み、背筋を伸ばして威厳ある風格で歩いている。時々バッジを付けていたり、肩に装飾が付いている兵士もいるあたり、位の高い人間もここには多く存在しているのだろう。

  アンデルセンの話だと世界のあらゆる場所に支部があり、各地の動乱を収めるために今は実力者が出払っているとも言っていたので本城であるここにはそれ程人は多くないのかと思っていたのだが。流石に帝国軍の本拠地。そんなことはなかったようだ。




  ここでふと一つの疑問が浮かぶ。




  「そう言えば気になってたんだけどさ、アンデルセンってどのぐらい偉いの?

  一人…いや二人で北方に来るぐらいだし、それに神格者なんだし、まぁそれなりの役職はあるんだろうけどさ。でもあんまし想像つかないんだよな。そもそも帝国軍がどんな形態かも知らないし」




  「あれっ?俺自己紹介はしたよな。あぁでも俺がどんな立場かは言ってなかったか。え、言ってなかったっけか?」




  「あぁ…なんも聞いてないよ俺は…」




  適当な返答をするアンデルセンに俺はガクッと肩を落とす。

  アンデルセンはいつもこうだ。何を言ったか、何を命じられているのか、そこら辺のことをあんまり覚えていない。端的に言えば壊滅的な記憶力。レンジが敢えて何も言おうとしない意地の悪いタイプだとすれば、アンデルセンは「覚えてないから言うに言えない」そんな天然タイプだ。当然、一回毎にちゃんと質問していかないと何も答えてくれない。まぁこんな人間だ。部隊の隊長クラスってことは無いと思うんだが…

 

 


  「え〜っとな。これは言ってもいいよなぁたぶん。

  あれだ、俺は総隊長のちょくぞくの部下だぜ!かっこいいだろ?」

 



  「って、えぇ?」




  想像の数倍高い役職を持っていたアンデルセンに俺は驚愕する。何だって?総隊長って言ったら事実上の軍トップ。素性は知らないが、しかし総隊長と名称なだけあって地位は最高位でまず間違いない。

  おいおいそんなにアンデルセンって偉かったの?いや強いとは思ってたけど、こんなあんぽんたんが総隊長直属の兵士だって?ちょっと信じられないぞ。




  「はぁ?まじかぁ…思ってたより結構凄いんだなアンデルセンって」




  「おうよおうよ!案外すごいんだぜ俺は!もう成り行きみたいなもんだったけど、今はちゃんと総隊長の部下としてやっていけてるからな!結構頑張ってんだぜ!!」




  アンデルセンはいつもの如く誇らしげだが、今回ばかりはその表情が言動と合っていた。

  そりゃそうだ。数多いる帝国軍の兵士の中で総隊長のお眼鏡にかなう奴なんてどれだけいるのだろう。多分、隊長クラスを除けば五指に収まるはずだ。そしてその五本の指の中にアンデルセンという存在がいるのだから得意げになるのも妥当である。




 てことは、レンジも総隊長直属の兵士なんだろうな。あんなのがってのは納得いかないけど、強さに関してはまず確かなものだ。それは痛い程わかっている。恐らく、実力主義の社会においては性格がそこそこ悪い、協調性が無い程度では特別デメリットにならないのだろう。




  「あぁそういえば!そういえばだ、ハルト!」




  「んだよ総隊長直属の兵士様。何か思い出したか?お前いっつも色んなこと忘れてるもんな。何か大事なことがあるんだったらさっさと言ってくれよ」




  「だぁ〜痛いところをつくなぁハルト!確かにすっかり忘れてたことだ今から話すことは。でも、でもだ、たぶんすっごい嬉しいことだと思うぜ!」




  「嬉しいこと?」




  藪から棒にペラペラと喋りだしたアンデルセンは正直ウザったい。それなりの役職であることが判明してしまった今、その煩わしさは前にも増している。

  けど、“嬉しいこと”と言うのも気になるのだ。一体どんな心躍る情報が飛び出してくるのだろうか?アンデルセンが(意図的では無いけど)温め続けた情報だ。きっと瞠目してしまうようなとびきりのものが出てくると信じたい。




  と、俺はほのかにそんな期待をしていたのだったが、

 



「そーだ!嬉しいぞぉ。なんてったって今からハルトが会う人こそ、その総隊長なんだぜ!」




  「!?…おまっ、えっ、」




  アンデルセンの言葉にその期待は見事なまでに裏切られてしまった。文字通り絶句だ。




  誰だって急に「これから国王級と会ってもらいます」って言われたら身震いしてしまうだろう。それはどんなに憤りを感じていようとも同じことだし、事前に言われるのと直前に言われるのでは緊張感に天と地の差がある。コイツはそれ程に大事な情報を今の今まで言わなかったのだ。まさか知らなかったとは言わせない。そのレベルの情報を、まして総隊長直属の部下であるアンデルセンが知らないはずが無いのだ。




  まぁクソっ。でも責められはしないか。コイツはただ忘れていただけだもんな…いやそれも大いに問題ではあるんだけれど、やっぱりレンジとは違った意味でコイツは厄介だ。そう思うと同時に、俺はコイツらの上司である総隊長さんに対しても不安でいっぱいになっていた。

  まさかだけど初っ端からぶん殴ってきたりしないよね?やっぱりもう俺逃げようかな……




  「あぁそうそう。それとだ、」


 


  アンデルセンはそんな面持ちの俺を気にかける様子も無く、無頓着な調子で話を続ける。またも何かを思い出した様だが、もうちょっとやそっとのことでは驚かないだろう。世界のトップ集団『帝国軍』そしてその中のトップ『総隊長』。そんな人物といきなり対話とか、辺鄙な村に生まれた俺にとってはどえらい話でこれに勝る話なんてのは最早想像もつかないのだ。

  俺は半ば諦念と安心が混じった感情をアンデルセンに向ける。




  「え〜っとあれだ、その会議?には天帝様も同席するらしいぜ!マジで運がいいなハルト!良かったな!!」




  「ッ!!…お前ほんとにこのクソ阿呆野郎っ!!

  マジで!!そういうことは三日ぐらい前に、言いやがれぇー!!」




  瞬時に安心は怒声に変わるのであった。




  ~~~~~~~~~~~~~~~~




  帝国本城の最上階。そこに天帝の部屋があった。




  一際荘厳な造りの扉が重々しく俺たちを出迎える。余計に緊張感が走り、思わず俺は顔を強ばらせるが、隣のアンデルセンは素知らぬ顔で「着いたぜ!」と快活な声を上げた。




  「着いたぜとは言ってもよ、ほんとに俺ここに入るの?もう場違い感が半端ないんだけど…てか、マジでこれからはそういうの先に言っといてくれよ。急に言われて困惑しまくり。もう次は許さねぇ」




  「ハハ!わりぃわりぃ。俺だってちゃんと言おうかと思ってたんだけどさ、お前があぁっと。そうないーぶな感じだったから言う機会をな、失っちゃったって訳よ。許してくれって」




  「じゃあ俺をナイーブにさせた張本人呼んでこいよ。アイツにも言いてぇこと山ほどあんだから。

  でも、今日はアイツが言わなかったことを聞けるって話でいいんだよな?」




  俺はアンデルセンに釘を刺す。紆余曲折はあったが、結局そこが一番重要なのだ。何であれ、俺が知らない情報をここには聞きに来ている。相手は総隊長と天帝。ビックネームに物怖じしてしまいそうになるものの、まずはそこから解決していかなければという気持ちが揺らぐことは無い。




  「そこんところは問題ないと思うぜ!何ならそう。俺らがわけを話せなかったのもそれが理由だからな」




  「ん。あぁそうだったな。じゃあムカつく」




  アンデルセンの奇妙な言葉に俺は青筋を浮かべた。




  「あのさ、総隊長って人はレンジみたく意地の悪い人間じゃねぇよな?俺は話をしに来たんだ。質問をしに来たんだ。門前払いだなんて、流石にあんなことはもうごめんだからな?」




  「心配性だなぁ。アニキも口下手なだけで意地悪い訳じゃないんだぜ?でも、大丈夫だ。今から会う人達も、豪快だけど意地悪い人じゃあない。あれだ、絶対にお前の期待を裏切るようなことはしないって、それは俺が誓うぜ!」




  そう言うとアンデルセンは目の前の扉をノックする。一呼吸あけて扉は開き、中から重々しい空気が押し寄せてきた。




  「ジャックさん。ハルトを連れてきたっすよ!おし、ハルト。ほんじゃ俺はここらで…」




  「おい待てお前いなくなるのか?マジで俺一人なのか!?おいほんとにちょっと待てってば、」




  突然いなくなろうとするアンデルセンに俺は困惑する。アンデルセン同席だとばかり思っていたから少し気が楽だったのだが、本当に俺一人でトップ達と対面するのかと思うと身に降りかかるプレッシャーは果てしないものだ。

  しかしアンデルセンは俺の言葉を最後まで聞くことなくそそくさとその場を後にした。




  「マジかよ…じゃあ覚悟決めて入るしか無いのか…ほんとに何だってこんな雑なんだよあいつは!」




  必然扉の開いた部屋の前に一人取り残された俺は手持ち無沙汰で所在が無い。アンデルセンへの憤りを口にするも、当の本人はもう既にここにいないのだ。何とも言えない気分が俺の身体を満たしていく。




  「そう緊張しなくてもいいよ。入ってくれたまえ」




  しかし、そんな俺を慮ったような声が部屋の中から聞こえた。柔らかい声に敵意は無い。それどころかどこか落ち着くような揺らぎを感じる。

  俺はそれを確認すると少し逡巡した後に、「はい」とかしこまった風の挨拶だけをして部屋の中へしずしずと入っていった。




  そうして入った部屋は円柱型の豪華なもので、昨晩俺に宛てがわれた客室ですら比にならない程の華美な装飾が至る所に施してあるものだった。差し込んでいる陽光が俺の気も知らずに部屋中を染めている為、装飾品もそれに応じてキラキラと輝いている。

  内装はと言うと、天井近くまで伸びた背の高い本棚が緩やかにカーブを描く左右の壁を埋めつくし、中央にはいかにも高級そうな白金色の円卓が置かれている。奥手の壁には綺麗な深紅のカーテンがかけられており、開かれた窓の先には大きなバルコニーが見えた。




  そして、そんなバルコニーのすぐ手前にはこれまた豪華な作業机が用意されており、そこには明らかに格式高い身なりの灰色髪の男が座っていた。あの温和な微笑を浮かべているその男こそが天帝と呼ばれる人物なのだろう。

  対して、天帝の手前に位置する円卓に座っている偉丈夫はアンデルセンが言っていた総隊長のジャックだと思う。何せ他と同じように白い制服を着ているのだ。それに色は違えどアンデルセンと似たような髪型をしている為これは間違いないと思う。明確に違うのはその佇まいだろうか。威厳に満ち溢れ、顔の右側には目元に届く程の大きな傷があるその顔つきは俺を萎縮させるのに十分であった。




  「よく来てくれたハルト…俺は帝国軍総隊長のジャックだ。こちらは天帝 オメテオトル様。……まぁ、うん…とりあえずそこに座ってくれ」




  案の定ジャックだった大男はその成りに似合わない静かな声で俺に席を案内する。

  どこか感無量と言った雰囲気を感じるがそれが逆に喋りにくさに繋がってしまい、俺はどうにも言葉を発しずらい。だが、そんな空気を察したのか天帝は笑顔を崩さずに口火を切った。




  「やぁ初めまして。今紹介にあった通り僕がこの国の長である天帝だ。名前だけは聞いたことあるんじゃないかな?」




  「は、はい天帝様の名前だけは聞いたことがあります」




  「良かったよ。まぁ緊張しているだろうし、ハルト君もこんな状態じゃ聞きたいことも聞けないよね。 まずは僕が仕切らせて貰おうと思うのだけれど、二人ともそれで問題ないかい?」




  依然として天帝は柔らかい声色でこちらに語りかける。




  「え、あぁ。問題ない…です。勿論聞きたいことも山ほどあります。でも、なんでお二人みたく高位の方々が俺と対面しているんでしょうか…?」




  「ふふ。そんなに緊張しているのかい?でもかしこまらなくて大丈夫だよ。ここに呼んだのは他でもない。ただ僕達から話をしたくてね。それこそ君が疑問に思っていることについてなんだが」




  天帝は穏やかに言葉を綴る。さっきから感じていたが、やはりこの人は際限なく温和な人間だ。一国の長と聞いたので、もっと劇的で高圧的な人柄を想像していたのだが、いざ対面してみるとこれである。寧ろこれほどの立場の人間が、場の雰囲気も含めて全てこちらに合わせてくれるこの事実は言語を絶する体験だった。

  俺はやっと建設的な会話が出来る人物に出会えた喜びで心を踊らせながら次の言葉を待つ。




  「僕らがハルト君を知っていること。凄く不思議に感じていたと思う。それに対して訳をすぐに話せなかったことは凄く申し訳なく思っているよ。

  でもそれに関してはどうしても僕らの口から伝えたくてね。だよね?ジャック」




  「あぁ。こればかりは俺の口から伝えたかったんだ…だが、その前に…」




  天帝から話を振られたジャックは、自分の話も早々に切り上げて席を立った。そして、次の瞬間。




  「俺の部下。レンジがお前にしたことを昨晩聞いた!話を伏せていたのは俺たちであったとはいえ、あそこまで頭の固いやつだとは思わなかった…!これは完全に、言い逃れできない俺のミスだ!ここに謝罪させてくれ!

  本当に…本当にすまなかった…!!」




  ドカッと床に手をつけ更に額を地面に擦り付ける形で頭を下げる。世に聞く『土下座』の体制。それも自分とは格も立場も圧倒的上の人間からの誠心誠意の謝罪。当然、謝罪された側の俺は、まさかの展開に吃驚仰天だ。




  「うぇ、あっ…俺は気にしてない…訳じゃあ無いけど、でもあなたに謝罪して欲しいんじゃなくて。俺もあの時は頭がパンパンだったし、我を張ってしまったと思うし…」




  俺はなんと言っていいのかわからなかった。確かに俺は謝罪されるべき立場であったと思う。レンジの行動にも問題はあったし、口止めをしていたこの二人にも問題はある。

  それでも、さっきの話を聞く限り、各々が自分勝手に動いていた訳では無い。二人は自分の口から話したい理由があったのだし、レンジは話してはいけない理由があったから話さなかっただけなのだ。言葉の足りなさと融通のきかなさに憤りは残っているものの、その背景があるからこそ急に心からの謝罪を受けたことに俺は困惑していた。




  思うに、ジャックはアンデルセンと似たようなタイプのようだ。思い立ったら体が動いてしまう激情型の人間。そうでなければ仮にも総隊長という立場の人間が俺なんかに頭を下げるだろうか?




  「それに関しては僕からも謝罪するよ。本当に申し訳なかった。

  ただレンジのことは責めないでやって欲しい。全部僕らの説明不足が招いたものだからね。彼の性格も当然理由の一つなんだけれど、悪い子じゃあ無いんだ。弁明の余地も無いが許してやってくれないだろうか」




  ジャックに続いて天帝も頭を下げる。座ったままではあるが、まさか一国の長に謝罪されるなんて。




  「…いや、頭を上げてください…俺が聞きたいのは謝罪の言葉じゃあ無いんだ。俺はなんで帝国の人たちが俺を知っているのかを知りたいだけ…じゃないけど、母さんのこととか俺の力のこととか他にも聞きたいことは沢山あるけど、まずはそれを話して欲しいんです」




  「あぁ、そうだよね。うん。そう言って貰えると僕らも助かるよ。じゃあ、そのことから話していこうかな」




  俺は纏まらない頭で、しかし気を取り直して天帝に向き直る。




  「じゃあ僕たちがハルト君を知っている理由だ。あまり驚かないで聞いて欲しいのだけれど、結論から言うと、君のご両親は僕がまだ幼い頃、帝国に所属していたんだよ。特に君の父君はそこにいるジャックの前代。帝国軍の先代総隊長だったんだ」




  「!!……なるほど……俺の父さんが…帝国軍の兵士だった、のか…。あぁそうか、そう、なるよな…」




  唐突に告げられた真実に驚きよりも、やはりなという感情が勝った。何故ならそれが一番辻褄に合うからだ。




  天帝やジャックの少し恭しい態度も、帝国側が俺を知っていることも、父さんや母さんが帝国の人間であったのならば当然だろう。母さんが父さんのことを『英雄』と呼んでいたことにも合点が行く。さしずめ何かしら帝国の危機を救った張本人であるのだろう。そうであるのなら、そんな人間の実子を血眼になってまで保護しようとする帝国の姿勢にも納得出来る。




  しかし、新たな疑問も浮かんでくる。

  何故、母さんはあんな片田舎で俺を隠していたのか?何故母さんが死んだ後、オヤジもそれに続いて俺を隠し続けたのか?帝国の人間であったのならば、初めから帝国にい続けることが俺を保護するという点では最も効果的では無いだろうか?口ぶりから諍いがあったようにも見えないし、仮にそうだとしても父さんが総隊長だった以上ある程度の援助を受けられるはずだ。だが、俺の記憶が正しければそんな様子は一度も無かった。では、一体理由は何なのだろう?




  「うん。君が何を考えているかは想像できるよ。どうして帝国から離れて暮らしていたのかが疑問なのだろう?」




  そんな俺を見透かすように天帝は言葉を発し、ジャックは少し顔を強ばらせる。




  「そこなんだよ。レンジやアンデルセンからでは無く、僕たちからこの話をしたかった理由は。

  ハルト君は光の御子って言葉は聞いたことがあるかな?」




  「光の御子…って単語はよくわからないですけど、でも俺の力が光を操れる貴重な力だってのはオヤジから聞きました。それが今の話と何か関係あるんですか…?」




  「いや、知っているのなら話は早い。これも聞いているかもしれないけど、光の御子の力と言うのはとにかく貴重で強力な力なんだ。多分君が思っている何倍もその力は凄くてね。正義の意志を持つ人間であれば必ずその力を欲するし、逆に悪しき人間はその力を必ず排除しようとするだろう。そうして何百年もの間、戦争は絶え間無く続いて来たんだよ。気を悪くしないで欲しいのだけれど、光の力が原因でいつの世も戦乱は止まなかったんだ」




  天帝は一転厳かに俺の力について語る。希少なものとは何度も聞いていたが、それで言うと神格者だって類稀なる存在だ。「神格者の中でも希少な能力」それぐらいの認識でいたのだが、実態はどうにも俺の想定を越えてくる。まさか戦乱の火種になる程のものだったなんて。




  「え、でもその話なら前にボヤっと聞きました。俺の力が貴重で戦いに巻き込まれて欲しくないから存在を隠していたって…」




  「その言葉は君の義父の方が仰ったのだね。だけどそれはその方の本心では無いんだよ。無論ハルト君の安全を願っていたことは事実だと思う。でもそれを初めに願ったのは。初めにハルト君の身を隠す決意をしたのは他でも無い、君の父君 ライトニングさんなんだ」




  「ライトニング…」




  「そう。そして僕らはライトニングさんから直接遺言を預かった二人なんだよ」




  ライトニング。何度か母さんの口から聞いた事のある父さんの名前だが、顔を見たことすら無いので妙に実感が湧かない。それに遺言か…俺が生まれる前に死んでいたということは知っていても、いざその話を聞くと少し気分は重くなるものだ。

  天帝はそんな俺を気遣い、一呼吸置いてから話を続ける。




  「少し長くなるからゆっくり聞いてね。

  ここ帝国ではね、十八年前に鮮烈な戦争が起こったんだ。僕たちにとっての敵対組織 反帝国同盟の前身である反帝国主義の団体との間で起こった俗に言う帝国決戦と呼ばれる戦い。今の反帝国同盟を生み出したきっかけとなる戦いでライトニングさんは殉職された。そしてその時ミシュさんのお腹にはハルト君がいてね。ライトニングさんは最期の時までハルト君に会えないことを口惜しんでいたけれども、それ以上にハルト君の行く末を案じていたよ。だから僕らに遺言を残したんだ。


  『俺の子には平穏に生きて欲しい。俺のように力が原因で戦乱には巻き込まれて欲しくない。だけど助けは必要だからお前らが助けてやってくれ』とね」




  「ちょっ、待ってくれ今の口ぶり……まさか、まさか俺の父さんも…光の御子だったのか!?」




  「うん。聡明だねハルト君。その通りだよ。ライトニングさんも光の御子だったんだ。その身に降りかかる混乱を身をもって知っていたからこそ、君を帝国から遠ざけようと思ったのだろうね。ミシュさんが君に帝国のことを語らなかったのもそれが理由だ。

  でも、物事はそう上手く行かなかった。ライトニングさんの意志の通りミシュさんは帝国を離れたのだけれども、どこからかハルト君の情報を知り、それを狙った反帝国同盟に殺されてしまったんだ。帝国軍も陰ながらミシュさんに援助をしていたのだけれど、運悪く、丁度帝国の兵士が付近にいない時にやられてしまった」




  …突然の告白に俺は体内で何かメラメラと燃えたぎるモノを感じた。母さんを殺した人物が今、ハッキリとしたのだ。あの日、俺が戦うと決意した理由の一端。母さんの仇をいつか討ってやるという意思が、現実味を帯びてきたとも言えよう。

  「反帝国同盟に母さんを殺した犯人が存在する」その事実は俺が昨日まで帝国で戦うことに対して抱いていた不信感を取っ払うのに十分以上の力を持っていた。




  「俺は本当に不安で仕方が無かったんだ…」




  天帝が話し終わると同時に、今まで静かに傾聴していたジャックが目頭を指で抑えながら突然口を開く。




  「ミシュさんが殺されたと聞いて俺は真っ先に現場に急行したんだが、お前がいないもんだから…恐らくお前の義父(オヤジ)さんが能力で隠していたのだろう。そりゃそうだ。元々世界全体から隠すつもりは無かったらしいが、守るべきハルトの命が脅かされたとあっちゃあ全てから身を隠すのもやむを得ない。俺が同じ立場であってもそうするさ。

  だが、俺たちが総力を上げて探し回ってもお前が見つからないって事実はあまりにも残酷過ぎたんだよ。死体も血痕も無いんで生きているだろうとは思っていたが、それでも気が気じゃねぇ…ライトニングさんに直々に命を頼まれて、死なせてしまいましたで済むわけがねぇからな…」


 


  「だから…本当に嬉しいんだ」とジャックは声を震わせながらか細く自身の心情を吐露した。




  俺は、これだけ思われていたことに少し戸惑いながらも、何はともあれ俺の疑問は遂に解消されたことに感動を受けた。光の御子のことも、帝国が俺を知っていた理由も、探していた理由も、母さんを殺した犯人がどこにいるのかも、全てが今明らかになったのだ。




  同時に、三日前の決意が再燃する。最早帝国に不信感が無い以上、俺に残された選択肢はただ一つだ。




  「えーと。まずはありがとうございます…過程は納得いくものじゃあ無かったけど、とりあえず俺の疑問は解消されました…それで、今の話を聞いた凄く手前言いにくいんすけど……やっぱり、俺を帝国で戦わせてくれないですか?

  そりゃここに来る前は何も説明してくれないことへの怒りもあったし、そんな組織への不信感もありました。でも、俺は今の話を聞いて黙っていられないです…大人しく「じゃあ帝国に守ってもらおう」って考えにはなれなかったんです。そんなのは俺の納得出来る生き方じゃあない」




  俺は天帝とジャックの前で今の心持ちを述懐した。結局、どこまで行ってもこの意志のところに戻ってくるのだろう。そりゃ平穏に生きたい。庇護下に置いて貰って生活していけるならそれでいい。でも、大事な人を蔑ろにした人間がのうのうと生きているという事実には全くもって納得出来ない。そして、俺の心の平穏の為にはまずは母さんとオヤジを殺した奴らを見つけ出し仇を討つことが必要なのだ。

 



  「あぁやはり…」




  「?」




  奇妙な相槌を打った天帝に俺が首を傾げると「いやね」と天帝は口を開いた。




  「ライトニングさんもそういう人だった。本来は戦いを好まないのに、大切な誰かの為ならその身を投じることが出来る。そんな人だったんだよ。

  きっとライトニングさんは自分の息子ならこう言うだろうってことをわかっていたんだろうけどね。実は、さっきの遺言の話には実は続きがあるんだ…」




  「続き、ですか?」




  「うん。ライトニングさんは、確かにハルト君に平穏に生きて欲しいと言っていた。でも、もしハルト君が自らの意思で戦うことを望んだのならばそれを受け入れろ。とも僕らに言ったんだ。だからその通りになったなぁって少し感慨深くてね」




  天帝は嬉しそうに顔を綻ばせてそう言った。




  …なんだ、父さんにはお見通しだったんだな。俺の、このよくわからない正義感は母さん譲りだと思っていたけれど、父さんからも譲り受けたものだったみたいだ。俺も少しばかり嬉しい気持ちになって天帝と顔を見合わせる。




  「では、今度は改めてこちらから質問をしようか。真剣に答えてくれたまえハルト君。

  ハルト君の人生はこの選択で大きくうねりを上げて変わることだろう。戦乱に身を投じれば苦難と絶望に襲われることも少なく無いと思う。しかしそれを承知の上で、君は帝国(ここ)で戦うと誓うかい?」




  部屋に再び重厚な空気が流れる。真剣な表情の天帝とジャックは俺の答えを待っていた。しかし愚問である。物怖じすることも無い。もう俺の意志は腹に決めている。




  「勿論です。俺が戦います。俺の平穏の為にも、俺の人生に納得する為にも戦います」




  やはりこんな世界は許せない。オヤジと母さんを殺した奴を討たなければ。これ以上大切な人を失わない平穏な日々にしなければ。俺は改めて天帝とジャックに視線を合わせ確かな決意を口にする。

  そして満足気な二人と共にしばらく談笑した後、この有意義な会合は幕を閉じるのであった。




  ~~~~~~~~~~~~~~~~




  「初めて見たけれど本当に良く似ているね。あの綺麗な白髪はライトニングさんのままだし、目尻と高くスラッとした鼻はミシュさんを彷彿とさせる。察しの良い感じもそっくりだよ。

  身長は君の半分ぐらいだったかな。ライトニングさんとあんまり変わらないね。隣に立たれていたら泣いていたんじゃない?」




  ハルトが去った部屋に残された二人は、暫しの沈黙の後に粛々と次の会合への準備を始める。

  その最中、目に見えて上機嫌な天帝は未だに無言を貫くジャックに向けてハルトの所感を語りかけた。




  「入ってきた瞬間から危なかった。もう俺も五十を越えてるってことをすっかり忘れていましたね」




  「ふふ。君らしいね」




  ジャックは平静を取り戻しているものの、余程嬉しかったのか感動を隠しきれておらずどこか落ち着きの無い様子だ。ビシッと制服を着こなした威風堂々な立ち姿だが、それに似合わない浮ついた声をしている。




  しかし、ジャックの寄る辺の無さには他にも理由があるようで、




「時に、天帝様。何故()()話はしなかったので?」




  鋭い眼光になったジャックは、上着を羽織り終わった天帝にそう問いかける。対する天帝は逆光に当てられ影のかかった身体を半回転させてジャックに向き直った。身体の半分を光に染めた天帝の表情は完璧には読めない。




  「あぁそうだね。してもよかったのだけれど」




  「…」




  「まだ、時期じゃないかなって。ハルト君はあれで恐らく危うい状況だ。そりゃそうだよね、ここ数日で波涛の如く色んなことが起きているんだから精神状況が磐石じゃなくても仕方がない。だから言わないことにしたんだ。これ以上今の彼の悩みの種を増やしてはいけないかなと思ってね」




  「そうですか…では、時が来たら」




  「うん。責任持って僕から話をするよ」




  そんな短い会話を終わらせて二人は部屋を出る。野暮だと考えたのか、ジャックはそれ以上天帝を問いただすことは無い。




  大広間に出た時、シャンデリアの灯りに照らされた天帝の顔はハッキリと照らされているのであった。






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