前章 いつかどこかの未来で
長編連載に初挑戦です。
このシーンに至るまでの過程をお楽しみください。
「お前の野望もここまでだ」
広間に続く扉が開かれると、6人の男女がなだれ込んできた。
一段高くなったイスの上に座る小柄な影。
「ようこそ、勇者よ」
落ち着き払ったその声は、先の勇者の声と異なり、地の底から響いたかのように低い。
「今のうちに一斉に攻撃しろ!」
勇者と呼ばれた影の横に立つ男が叫ぶと、6人の男女は一斉に剣を、杖を、弓を構えた。
「無粋だな。私が招いたのは勇者、ただ一人。他の者にはおとなしく待っていてもらおう」
指をパチンと鳴らすと、6人の周りに影が立ち上がる。
瞬間、剣を構えた男が吹き飛ぶ。
その前に立つののは、2mはあろう偉丈夫であった。
「さすがだな、剣聖よ」
「ふむ、お主が相手か」
「あぁ、我が名は四天王の一人、<ヴェルフ>。ここから先は我が王と勇者の時間だ。その邪魔はさせない」
偉丈夫の顔の前に構えた手から伸びた爪は30cmにも及び、さらに口は裂けるように広がり鼻が突き出てくる。
「ライカンスロープか」
「その通り」
ヴェルフと名乗る男が手を横なりに薙ぎ払うと、爪から風が舞う。
「ふむ。これは手間取りそうだな。勇者よ。わしはこのままこやつの相手をする」
横に飛びながらそう告げると、視界から外れた。
「では私はこやつの相手をしようか」
杖を構え、呪文を唱えていた男の前には、黒い服の一見上品に見える男が立ちふさがった。
「チィッ」
男の持つ杖から、風のような塊が射出され、黒い服の男の肩をえぐった。
いや、えぐったかのように見えた。
吹き飛んだ肩は、キリのように溶けたかと思ったが、一瞬後にはフィルムを巻き戻すように元に戻った。
「ふむ。十分に魔力も練られている。詠唱速度も申し分ないな。ただ、名乗りもせずにいきなりこれは無粋であろう。四天王筆頭、そして公爵である吾輩がじきじきに教育してやるとするか」
黒ずくめの男が一瞬、力を込めたかに見えたその瞬間、輪郭が一気にブレ空気に溶け込むと黒い霧となった。そのキリが杖を持った男を包んだかと思うと、そのまま地面に吸い込まれた。そこに杖を構えた男の姿はなかった。
「教授!」
勇者が声を上げたが、その声に応えるものはいない。
「皆、気を付けて」
「あらら~。私の相手が取られちゃいました~。」
切迫した勇者の声に、のんびりした女の声が応えた。その声にハッと振り返った勇者の前には、つばの広い小柄な女が立っていた。
その時、その頭に音もなく矢がスッと刺さる。
いや、刺さったかに見えた。
「いや~、まいったよ。いきなり突き刺すなんて、レディーの扱いがなってないんじゃないかい」
そんな女の足元に矢がカランと落ちる。
「魔女か」
いつの間にか6人の中から消えていた弓を持った狩人が、物陰から姿を現した。
「そうだよ~。じゃあ君の相手は私がやろうかな。ホントだったら教授と呼ばれる君たちのお仲間と魔術談義でもしたかったんだけどね~。四天王の一人、魔女のシンシアがあなたのお相手するわね~」
いささか気の抜けたような黒いローブを着た女の体に、矢が何本も突き刺さる。
いや、その身体を矢は通り抜け、床に当たって音を立てる。
「幻覚か」
「そうだよ~。こんな狭いところだと、お互いやりにくいよね。もっとお互い面白い場所でやり合いましょ」
「それも一興か」
狩人は短く答えると、柱の陰に消えた。
皆が振り返った時、そこに魔女の姿はなかった。
「さて、残りは勇者と聖女と騎士ですか。じゃあ勇者は魔王様にお任せするとして、残りは四天王最後の一人、そして魔道技師である私が……グギャ」
「いや、お前は四天王じゃねーだろー」
残り二つとなった影からムチが飛ぶと、柱の影を打ち付けると、男が転がり出た。
「痛いですよ、アンさん」
「四天王の残りの一人はこのワタシ、サッキュバスのアンだ。さて私の相手はどちらがしてくれるんだい」
スリットが大きく入った白いレースの衣をまとった清楚な見た目、ただはすっぱな口調ムチ、というアンバランスな女が問うた。
「ここは私が」
大きな盾と1mを超える大きな剣を構えた騎士が一歩前に出ようとした。
それを杖を構えた少女が制止する。
「相手はサッキュバスです。男のあなたでは分が悪いかもしれません。ここは魅了に態勢がある私が参りましょう」
同じく白い衣をまとった少女は、錫杖を床に叩きつけた。
ドン
大きな音と共に、床にヒビが広がる。
フヘ、と騎士から思わず声が漏れる。
「あぁ、お任せしよう」
「あら、ありがとう。私、ああいう身の程知らずで女を武器につくような輩には虫唾が走りますの」
「ハハハ、見た目通りのお嬢様ってわけじゃなさそうだな。少しは楽しめそうだ」
「楽しんでいただけるかどうかわかりませんけどね。後で泣いても許してあげないから、そのつもりでかかってきなさい!」
そういうと女二人は駆け出し、廊下に消えた。
「じゃあ改めて、四天王、もとい四天王候補の魔道技師、クリスだよ」
男がそういうと、手に持っていたスイッチを押した。
ブーンと音かしたと思ったら、残りの影の一つである人型が腕を振りぬいた。
騎士は一瞬で盾を構えたが、その圧倒的な力に吹き飛ばされた。
「そうそう、私は非力だからね。お相手は彼にしてもらうことになるが、問題ないよね」
影から現れたのは、等身大の人形、いや、ゴーレムか。
「ゴーレムごときが相手になると思うのか」
騎士が剣を構え、人形に突っ込む。
「いやいや、ただのゴーレムだと思ってもらったら困るね~。これは魔道と科学を融合させた画期的な一品なんだよ」
そう言って手元を操作すると、人形の肩に合った管からブホーと蒸気が吹き上がり、勢いよく騎士にタックルを行う。
ただそのタックルは、そこで止まらず一気に壁まで達したかと思うと壁を突き破り騎士と共に壁の穴へと消えた。
「じゃあ魔王、あとはよろしく~」
男はそう言い残すと、ヒョコヒョコと壁の穴に消えた。
「さて……、勇者よ」
思ってもみなかった展開に、一瞬我を忘れていた勇者に、魔王が声をかけた。
勇者は慌てて剣を構えるが、魔王討伐の旅を共にしていた仲間が消えたことで、精神的な余裕を失っていた。
「まあ、そう慌てるなお嬢様。彼らが戻るまでまだ時間はある」
最初の声とうって変わって、優しい声で魔王は語りかけた。
「ここに及んで言葉を交わして何になる。世界を混乱に陥れ、罪もない人々を苦しめているお前を葬り去るのが私の使命だ」
「そうか、残念だ。だが私も負けるわけにいかないのでな。存分に相手してさし上げよう」
勇者が聖剣を振り上げ切りかかる。
それを魔王は片手で防ぐ。
その二つが交わった瞬間、大きな破裂音が鳴り響き、辺りは静寂に包まれた。
これは本来なかった未来。
可能性を手繰り寄せるため、泥の中を這いずり回ったある男の物語である。
テンプレの勇者、魔王、そして四天王。
これでもかと詰め込んでみました(笑)
まずは2~3日に一度の更新を目指したいと思いm素。