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おとぎ話:ツンデレデレ生贄とダウナー龍神様


 昔々、ある山の麓に小さな村がありました。


 村人たちは長いあいだ、自然を糧に静かな生活を送っています。皆が毎日平和に美味しいご飯を食べられるのは、山に住む龍神様が村を守護し田畑や雨の恵みを授けて下さるからだ──なんて彼らは考えていましたが、実際は別にそんなこともありませんでした。

 龍神様はただ何となく、住み良い山の中に居付いているだけで、麓の村のことなんて爪の先ほども気にかけてはいません。だというのに村人たちは勘違いをしたまま、龍神様へ何かお返しをしなければならない、とまで考え始めたのだから大変です。

 まあとりあえず、こういう時は乙女を贄に差し出すのが丸いだろうということで、いつの頃からかその村では十年に一度、若く美しい女子(おなご)を一人、龍神様へ差し出す風習ができました。


 そうして何十年か、それとも百何十年か経ち。また幾度目か、一人の乙女が生贄として捧げられる日がやってきました。山の奥深く、龍神様のねぐらである巨大な洞窟の前で、質素な貫頭衣の娘が駕籠(かご)から降ろされます。長い黒髪に鋭い眼付きのその娘は、目の前の洞窟の大きさに、見た事もない龍神様の恐ろしい姿を想像してしまいます。


「……っ」


 屈強な男たちが帰り道を塞いでいるものですから、彼女は目の前にある洞窟へと進むしかありません。半ば諦めの気持ちを抱え、それでも最後に、自分をこんな所へ連れてきた村人たちを一睨みしてから、乙女は暗い洞窟の中へと入って行きました。




 ◆ ◆ ◆




「──はぁ……」


 穴の中を進むこと、どれくらい経ったでしょうか。幸い洞窟の中は、ところどころに仄かに光る不思議な苔が生えており、完全に真っ暗というわけではありませんでした。それに龍神様のねぐらなわけですからとても広く、天井も高く、あまり狭苦しい感じもしません。

 とはいっても、その龍神様にいつ食べられてしまうのかと考えれば、いつも強気な乙女の心にも恐怖が浮かんできます。いくら村を豊かにしてくれると言い伝えられていようとも、やはり人間死ぬとなれば怖いものは怖いのです。


 そうして不安に駆られながらも、こつんこつんと、自分の足音を耳に歩くこともうしばらく。


 ──ひと際大きく開けた空間に、真っ白い塊が佇んでいるのが見えてきました。


 まるで山の中の洞窟にもう一つの山があるかのような、どっしりとした何か。苔の光を反射して美しく輝くそれは、蛇の鱗を何十倍にも大きくしたようで、四つ脚の全身を覆っています。身体を丸めて、自分の尻尾に刺々しい頭を乗せているその大きな存在こそ、この山に住まう龍神様です。


 娘の気配を感じ取ったのか、龍神様はゆっくりと目を見開きました。青く澄んだ瞳が、小さな人間へと向けられます。


「──ぁ、の……」


「はじめましてー。んじゃ、お出口はあちらになりまーす」


 大層眠たそうな声でした。

 言いながら尻尾で指した先には、娘が通ってきたのとは別の道が繋がっています。


「その先ねぇ、しばらく進めば洞窟から出られるし。そっからなら人間の足でも、何日か頑張れば山向こうの村に付くから。んじゃそういうことでー」


 そう言って龍神様は再び目を閉じ、昼寝に戻ろうとします。娘にしてみれば、何が何やらもう混乱しっぱなしです。


「いえ、あの」


「……なにー?」


「あたしは、その……龍神様への供物として」


「毎度のことだけどさ。いらないってそういうのー」


 娘の言葉に、今度は片目だけを薄っすらと開けて受け答えする龍神様。毎度毎度、頼んでもいないのに勝手なことをする村人たちに、龍神様は心底呆れていました。


「どうせ送り返しても「逃げ帰ってきたー」とか騒がれて、今度はブロック肉にされて洞窟(いえ)の前に置かれるんでしょ?アレほんと最悪だからねー」


 まるで見てきたかのように言う龍神様ですが……実際、村人たちならやりかねないなぁ、と娘も頷いてしまいます。そんな娘に、口を少し開いて見せながら、龍神様はさらに言葉を続けます。


「わたし草食だし。人間なんて食べても毒にしかならないよ」


「えぇ……」


 草しか勝たん。龍神様は気だるげにそう言いました。


「だからほら、さっさと出てった出てった。大丈夫、山向こうの村は歓迎してくれるよ?「山神様の御子だー」って」


 それはそれでどうなのかという話ではありますが、自分に直接の迷惑はかからないからヨシ、と龍神様は考えていました。


「あ、道中お腹空いてもその辺の苔は食べない方が良いよぉ。人間が食べると全身が十万色に発光するようになるから。それはそれで「山神様の化身じゃー」って騒がれるみたいだけどー」


 わたしはそんなに光ってないやい。少し不満げなその言葉で、龍神様の話はおしまい。もう一度眼を瞑って、お昼寝の姿勢に戻ります。

 生贄の娘は俯いて、言われたことを飲み込んでいるようでしたが……やがて顔を上げ、その鋭い視線を再び龍神様へと向けました。そこにはもう、洞窟に入った時の諦めも、龍神様への恐怖もありません。


「──龍神様。どうか、あたしをお傍において下さい」


「…………なんでぇ?」


 長い時を生きる龍神様も、これには流石に驚いた様子。三度瞼を開き、顔を上げ、娘を正面から見据えます。眠たげで、だけども全てを見透かすような両の瞳が、娘の心をもう一度(・・・・)射抜きました。



 ──初めて見た瞬間に、その青い瞳に心を奪われてしまったのです。



 なんて、素直に口に出すことはできませんでした。

 元より娘は意地っ張りで、その性格もあって村人たちから疎まれていたのですから。捧げものとは名ばかりの、体のいい厄介払いです。ですので一瞬だけ間を置いて、娘は努めて淡々と答えます。


「あたしは、人間が苦手です。元の村よりも、山向こうの村よりも。龍神様のお傍にいる方が、心安らげるのです」


「ふぅん」


 変わったことを言う人間だ。しかも厚かましい。

 龍神様はそう思いましたが、同時に、どうしてだか娘の言葉に少し嬉しくなってしまいました。今までに龍神様の元を訪れた人間(いけにえ)たちは、みな一様に龍神様を恐れていたというのに。


 何十倍もの体の大きさをものともせず、この娘は自分に真っ直ぐな視線を向け続けています。それが龍神様には何だか、悪いことのようには思えなかったのです。


「どうか、お願いします」


 跪くことも、頭を下げることもなく、だけれども娘の声には、精一杯の気持ちが籠っていました。龍神様は少しだけ考え込む……ふりをしてから、気だるげな眼差しのまま、一つ小さく頷きます。


「ん。分かった」


「っ!ありがとうございます」


「でも別に身の回りの世話とか、そういうのはいいからね、別に。たまにお話し相手になって」


「はい、こんな口下手で良ければ」


 本当の理由を言えなかった自分を、娘はそう卑下しましたが。龍神様からしてみれば、自分に対して物怖じせずに話しかけてくる人間を、口下手だなんて思えませんでした。


「んー、まぁ。とりあえず今は」


「はい」


「もうちょっと寝る」


「はい、龍神様」


 そんなやり取りののち、龍神様は今度こそお昼寝の体勢に戻り……それからやっぱり、もう一言だけ声をかけました。


「ちなみにねぇ」


「はい」


「わたしの名前は(めい)だよ。龍神様、じゃないよ」


「はい、瞑様」


 娘の名前は起きたら聞こう。覚えてたら。

 そんなことを思いながら、やがて龍神様は寝息を立て始めました。


 娘はその場に座り込み、山のようにうずくまったままの龍神様を静かに眺めます。自分を射抜いた青い瞳は見えなくなってしまったけれど。苔の光を反射して淡く煌めく白い体もまた、いつまでだって見ていられそうなほどに美しいものでした。





 ──それから幾十年かが経ち、天寿を全うするその直前に。娘は龍神様に取って食われました。龍神様はその毒で、あっさりと死んでしまいましたとさ。



 めでたしめでたし!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 次回、ファンタジー:ダウナー竜騎兵とツンデレデレワイバーン

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