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近未来?:ツンデレデレ教授とダウナー助手


「教授〜、あいつら全員ぶっ殺しましょうよ〜」


「仮にも学問の徒が言うことじゃないわね」


 学会から帰って来るや否や、助手が物騒な事を言いだした。


「なんすかあいつらまじ、許せねぇ~」


 頼んでもいないのにあたしのコートを脱がせ、ハンガーを通すその表情は、学会での発表中からずっと、目が据わったままだ。休憩用の安楽椅子に腰かけて、彼女があれこれやっているのを眺める。


 ……あたし達が所属している巨大研究機関の有望株が招集され、各々の研究内容を共有する事を目的とした定例学会。毎度毎度、時間の無駄だと断っていたそれに、今回は出席してみたのだけれど。

 そこでのあたしとあたしの研究の扱いに、助手──メイは不満を覚えているみたい。


「……言わせておけばいいのよ。実際、証明できてないんだから。並行世界なんて」


 用意してくれたインスタントのコーヒーに角砂糖を落としながら、彼女の憤りへ静かに返す。けれどもテーブルを挟んで向かいに座ったメイは、まだ腹の虫が収まらないらしい。


「並行世界論自体は、昔から提唱されてる話じゃないっすか。教授がそれをガチで突き詰めてやろうって言ってるのに、あいつら舐め腐りやがってぇ」


 怖いくらいに上から目線で、しかもその中心に据えられているのがあたしなものだから、思わず勘弁してくれと言いそうになってしまう。あたしはそれなりに優秀だという自負はあるけれど、それはそれとして機関内では疎まれがちな人間でもあるんだから。万が一誰かに聞かれていたりなんかすると、面倒な事になるかもしれない。


 まあ、このあたしとメイの研究室で、盗聴盗撮なんてさせるはずが無いけれども。


「長年提唱されてるけど、今まで実証されていない。それだけ、研究テーマとしては胡乱で古臭いって事よ」


 雑にかき混ぜて口を付けたコーヒーは、砂糖のザリザリとした感触が少し残っていて。調和しきっていない甘さと苦さで口内を満たしつつ、カップを持ったまま椅子に深くもたれ掛かる。

 なんにせよこれで、しばらく外出の予定はない。また研究……というより思考漬けな毎日が戻って来る。あたしとしてはそれでこの件は終わりのつもりなんだけれど。どうやらメイは、まだ文句を言い足りないらしい。


「こことは違う世界に、わたしたちとは違う人生を歩んでるわたしたちが居る……夢のある話じゃないですかー。なんでその素晴らしさが分っかんないんすかねぇ」


「夢だけじゃ予算は下りないから、かしらね」


 むぅ、と子供みたいに頬を膨らませるメイ。やめて欲しい。歳のわりに幼い顔付きで、いつもは眠たげな目を尖らせてそんな事をされると、思わずニヤけてしまいそうになる。顔を隠すようにカップを持ち上げながら、口は付けずに言葉を続ける。


「良いじゃないの、別に。所詮は外様。好きに言わせておけば良いのよ」


 実際問題、並行世界なんてものの存在をどうやって証明すれば良いのか、今のあたしには見当も付かない。そもそも、なんだってそんなテーマを突き詰めようと思ったのか、その動機すらも曖昧だ。ただ何となく、メイと一緒にいるうちに、ふと脳裏に浮かんできただけで。


「……わたしはぁー……教授が不当な評価を受け続けてること、納得行ってないっすよぉー……」


 お揃いのカップを両手で抱え、尖らせた唇を隠しながらメイはそう言ってくれる。奇しくも同じ容器、同じポーズ。彼女のコーヒーは、ミルクがこれでもかってほど投入されているけれども。


「……良いじゃない、別に」


 あたしは彼女ほど感情を素直に表出できないから。その分、照れ隠しも素っ気なくなってしまう。


「……良くないっす」


「良いのよ」


「でも──」


「──メイが、知っていてくれれば良い。それで良い」


 気持ちを伝えようにも、全くの言葉足らず。あたし自身、何をどこまでどう知っていてくれれば良いのか分からないままに口走っていた。


「そっ……れは、そうっすけど……」


 無理に吊り上げていたメイの目尻が、ゆるりと垂れる。いつもの眠たげな半目に近付き。無意識にか、カップを持つ手を下げたものだから、ほんのり赤く染まった頬が良く見えた。


「……照れてる?」


「いや、こんなこと言われたら、まぁ……」


 相変わらず唇はとんがったまま。だけどその矛先はもう、遥か遠くにいる学会の連中ではなく、目の前のあたしに向けられている。ああ、ダメだ。かわいい。


「──メイ、いらっしゃい」


「……はい」


 呼び寄せる。

 もっと近くに、すぐそばまで。こちらの意図を察したメイは、あたしの手からコーヒーを取り上げ、二人分のカップをテーブルに置く。それから、安楽椅子の座面の端に膝を乗せ、あたしの上に跨ってきた。


「教授から誘ってくるなんて、珍しいですねー」


「……そうかしら?」


「そうっすよぉ。教授はいっつも素っ気なくて、わたしから誘わないと1人で勝手に処理(・・)しちゃうんですから」


「それはっ……毎日盛るのもどうかって……一応、あんたの上司な訳だから」


「上司だったら部下を毎日満足させるくらいの甲斐性見せてくださーい」


 ああ言えばこう言う。

 全く小生意気な助手。まぁ中々素直になれないあたしとは、お似合いなのかもしれない……なんて、恥ずかしくって言えるはずもないけど。


「……分かったわよ、ほら」


「きゃっ」


 メイの腰に手を回して、ぐっと引き寄せる。密着したままバランスを保とうとする、その反り返った背筋が堪らない。


「今日は口の減らない助手を、たっぷり理解(わか)らせてあげるわ」


「やだぁこわーい……っ♡」


 こちらを見下ろす眼差しが、蠱惑的に細められている。学会がどうだったとかはもう、すっかり記憶の彼方に飛んで行ってしまって。今はただ、メイが欲しかった。

 次回、おとぎ話:ツンデレデレ生贄とダウナー龍神様

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