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厨二異能バトル:敵対組織に所属するダウナーさんとツンデレデレさん


「──やぁやぁ。今回はいつぶりだろうねぇ」


「……そんなの、いちいち覚えてるわけ無いでしょ」

 

 闇夜に溶ける黒髪と、月下に煌めく白髪と。

 ビルの屋上で相対する二人の少女に気付く者は誰もいない。ただお互いを除いては。


「む。わたしは覚えてるよー?2ヶ月と12日と8時間と36分ぶり」

 

「気持ち悪いわね。ていうか、分かってるなら聞かなくたっていいじゃない。“黒影(こくえい)”のメイ」


「つれないねぇ。わたしたちの仲なんだし、メイジー・マリウス・ミッドナイトって呼んでくれても良いんだよ?マリア・メイトランド・ムーンライトちゃん?」


「あたしはマリよ。(ただ)の……“白閃(はくせん)”のマリ」


「“わたしの”、が抜けてるよぉー」


 “黒影”と呼ばれたメイは、“白閃”と名乗るマリを愛おしげに見つめている。気怠げながらも熱の籠もったその視線を、しかしマリは冷ややかな表情で切って捨てた。


「くだらない……あんたのその妄執も今日で終いよ」


「それならそれで嬉しいんだけどねぇ」


 何を言われても笑んで返すメイ。対するマリは、これ以上話す事も無いとばかりに右手を掲げた。

 二人の接触は、その強大かつ拮抗した戦闘能力故に、双方の所属組織共に望ましくないと考えている。消極的敵対組織同士らしく、相互非接触を暗黙の了解とする程に。しかしだからこそ当人らにしてみれば、偶然ではあれど逃し難いこの瞬間を、邪魔される訳にはいかない。指折り数えて待ち望んでいたくらいには、次に殺し合えるのがいつになるのかも分からないのだから。

 

 無粋な横槍が入る前に、今度こそ決着をつける。二人はその意思を同じくし、即座に臨戦態勢へ。

 ビルを照らす月が小さな雲に隠れ、そして瞬刻の(のち)、再び光を射した時。


「「────っ!」」


 二人は声も無く、拳戟を交わしていた。

 右手に乗せた黒と白の波動が鬩ぎ合い、瞬き、やがて完全に拮抗する。


 ある種の予定調和。稀に起きる二人の交戦はいつもこれが始まりで、言うなれば挨拶のようなもの。

 今一度、闘志に満ち満ちた視線を交わらせ、そして跳躍。後ろに飛んだ黒い影を、白い閃きが追い狙う。


「──『爆鎖(バインド)』……!」


 屋上から屋上へと駆けるメイに対して放たれたのは、白く輝く鎖のようなもの。マリの異能力によって生成されたそれは蛇を思わせる動きで標的へ迫り──


「おっとぉ」


 しかし、すんでの所で躱される。

 メイが飛び退った一瞬後にビルの屋上へと突き刺さり、そして大爆発を引き起こした。


「チッ……」


 舌打ちするマリの視線の先では、上階層がまるごと吹き飛んだビルの影響で、周辺の建造物や道路などにも瓦礫が散乱していく。無論、人的被害も計り知れないものになってはいるが……そんな事は露ほども気に留めず、マリはすぐにメイへと視線を向け直した。


「どーみても、“捕縛目的(バインド)”じゃないけどねぇっ…!」


「この程度でくたばる女じゃないでしょうっ!」


 叫び合うその声は、ただ互いの間だけを行き来する。


(『回廊』はあいつが展開済み……()の介入まで5分って所ね……っ)


 マリの思慮通り、メイが一帯に施した『回廊』により、『第五回層(フィフス・ロール)』以下の異能が異能者以外に与える影響はその一切が“回帰(ロールバック)”される。破壊されたビルは数秒後には復元し、誰も──崩落に巻き込まれ死亡したはずの者たちでさえ、“何かが起きた事”すら認識できずにいた。

 尤も、律儀にも異能戦における『条約』を順守したその行動は、各陣営による戦闘の察知を早める事となるのだが。


(いつも通り、短期決戦を狙う……!)


 いつも通りという事はつまり、いつもそれが適っていないという事でもある。とはいえそれ以外に道はなく、マリは決意を固めると同時に右手に意識を集中させた。


「──『月刀(ヴェール)』」


 短い文言と同時、雲の切れ間から射す月光をそのまま掴んだかのような、白い光の(つるぎ)がマリの右手に発現する。一見して単調に過ぎるその刀身は、しかし『第五回層(フィフス・ロール)』に分類される高度な異能によるもの。80センチに凝縮された、闇を切り裂く月の輝き。


「『瞬曖(ヴェイグ)』っ!」

 

 更には、続けざまに叫んだ言葉がマリの姿をブレさせる。一瞬の超高速──のみならず、敵対者の意識外での移動を可能とする異能が、余りにも容易く彼女をメイの眼前へと導いた。


 

(──()る……っ!!)


 

 ……が、しかし。しかし。


 “とった”ではなく“とる”と。そう考えてしまった時点で、マリの一太刀がメイに届く道理は無かったのだろう。


 

「──『夜の帳に触れないで(ナイトガウン)』」


 

 後出しのように囁いたメイの異能(ことば)が、白く眩い刀身(ひかり)を受け止める。マリが目を凝らせばそこには不可視の──否、夜の帳に重なるように()る、黒く暗い外套(うすもや)が。


「チィッ……!」


「相変わらず口が悪いねー。それと……足癖もっ」


 膠着の一拍(のち)、白い波動を纏った右脚の一撃もやはり、一歩引いたメイに躱されてしまうマリ。余波で穿たれた屋上の古びたコンクリートが、直後には時間が逆行しているかのように元通りに。


「そっちこそっ……相変わらず、気に食わない能力ね……っ!」


 それでも臆せず、マリは踏み込んで光剣を振るう。袈裟斬りを防がれ、しかし瞬時に刀身を消して硬直を解き。振り抜いた右手から再度発現した月光(やいば)が、今度は下から上へと垂直に切り上げられた。


(防御の精度が上がってる……くそ、今度こそ切り裂けると思ったのに……!)


 メイの用いる強固な防御(やみ)を下すべく、マリは自身の『第五回層(フィフス・ロール)』をより洗練させてきたはずだった。しかしこうして相対してみれば、やはりこれまで同様に、その手は未だメイには届かない。


 

 しかし、一方で。


 

 (うーん……いい加減、捕まえられると思ってたんだけどなぁ……)


 本来であればマリを捉えて離さない為に磨き上げてきたはずの(やみ)は、幾度の交戦を経てもまだ、何とか光を押し止める程度に留まっている。メイもまたその歯痒さに内心で嘆息しつつ、けれどもその表情は、努めて余裕綽々に。


「ほらほら。そんなんじゃ、いつまで経ってもわたしを殺せないんじゃない?」


 相手の逆鱗を、指の腹で擽るように。その不愉快な感触を、心の奥底にまで覚え込ませるように。メイは相対する度に、こうして言葉で、行動で、マリを煽ってきた。唯一自分を殺し得ると見初めた存在に、故にこそ欲しいと願って止まない少女に、自身の指紋を刻みつけるように。


 まるで何がマリの心に残るのか分かっているかのような、過度にパーソナライズされた挑発行為。

 しかして……否さ遂に、と言うべきか。積み重なるその愚行は今宵、マリにある一線を越えさせる。


(──こいつはここで殺す……なんとしてでも……っ!!)


 正義ではない。義憤でも、ましてや組織への貢献意識でもない。(ただ)ひたすらに“あたしがこいつを殺したい”という欲望に突き動かされて、月光の少女はそれ(・・)を解き放った。


 

「──『逸脱深層(アウター・ロール)』」



「っ!?」


 剣閃の狭間、ポツリと呟かれた言葉に、終始気怠げだったメイの目が見開かれる。

 

「まさか……いや、だけど……っ!」


第五回層(フィフス・ロール)』よりも更に深く、理を踏み外した先にある『逸脱深層(アウター・ロール)』。その世界への影響は、『回廊』による庇護回帰すら容易く突破してしまう。故にこその逸脱。けれどもメイには、目の前の少女が、何の虚飾も無くそれを使おうとしているのだとすぐに理解できた。


 何故ならば。

 

「……因果なモノだねぇ……」 


 彼女もまた、同じ領域に至っているが為に。


「『逸脱深層(アウター・ロール)』……」


 復唱するかのように、メイも寸分違わぬ言葉を放ち。目を見開いたマリと共に、世界を成す層を逸脱する。


(こいつもっ……!)


 マリの右手の光剣がより一層輝き、対抗するようにメイの纏う闇もまた、その濃度を増していく。二人が至った深層は、奇しくも全く同じもの。即ち──ただその出力を過剰なまでに高めるという事。世界にヒビを入れてしまう程に強く、深く、がむしゃらに。


 そして、剣や外套といった申し訳程度の形状すら失い、純粋な“力”そのものと化した異能力が、真正面からぶつかり合った。



「──『滅却(ムーンライト)』ッ!!!」

 

「──『私を暴く貴女を喰らう(ミッドナイト)』ッ!!!」



 鬩ぎ合う力の奔流が二人を、街を、夜を、世界を揺るがす。


 ──自身の根底にある、世界への渇望。それを具象化した『逸脱深層(アウターロール)』は、言わば発現者の存在そのものを叩き付ける異能の最奥であり。急激に体力を消耗していく僅かな最中(さなか)にあって、二人は確かに感じていた。


((────っ!))


 幸福にも似た甘やかさを。

 ただ自分と、希求する相手しか世界に存在しないかのような夢見心地を。


 殺意も偏執も、消えてはいない。ただそれらの感情そのものが、むき出しになった互いの心をダイレクトに穿つ。


 あの子はこんなにもわたしを殺したがっていて。

 あいつはこんなにもあたしを欲している。


 拮抗していた光と闇がやがて混ざり、溶け合い、対消滅するその一瞬の間に。マリとメイは互い(あいて)互い(じぶん)に抱く強く重い感情を取り込んでしまっていた。



「「────ッッッ!!!」」



 そうして、須臾の狭間に生まれた二人だけの世界は崩れ去り。

 現実が──崩壊したビル群と、雲すら吹き飛んだ月夜が両者の視界に帰ってくる。


 

「──はっ……はっ……」


「はぁー……っ」


 

 肩で息をしながら、瓦礫の上で見つめ合うマリとメイ。

 辺り一帯の損壊に対して『回廊』の“回帰(ロールバック)”は機能せず、それどころか、じきに到着するであろう両陣営の『回帰部隊(ノーマライザー)』ですらどこまで復元できるか……といった有様。

 不可思議な精神同調の余韻に浸る猶予も無く、冷静になった──あまりの惨状にならざるを得なかった──メイの額には、この後の処遇を憂いた冷や汗が滲んでいた。それでもせめて、“先にやったのはそちらだぞ”とでも言い示すように、マリへと煽りを投げかける。

 

「──無許可での『逸脱深層(アウター・ロール)』使用は『条約』違反じゃなかったっけー?」


「……チッ」


 案の定マリは不機嫌そうな顔に戻ったが、しかし結局のところ、その言葉は発した本人にも翻るものであって。


「まぁ、お互いなるべく軽い処罰で済むように祈っておこっかー」


 叶わぬ願いと知りながら、メイはおどけた口調でそう続ける。

 少しでも、次の再開が早まるように。今度こそ、互いの渇望を満たせるように。一度でも触れ合ってしまった事で、互いの内にあるそのリビドーは乗算的に膨れ上がっていた。


「……フンっ……」


「やっぱりつれないねぇ……っと、ウチの(・・・)の方が早かったみたい。じゃあねー、わたしのマリ」


 顔を背けるマリへと最後にもう一度、熱っぽい視線を投げかけて。メイは遥か後方に見える人影たちへと跳んで行く。小さくなる背中を追う事もせず、マリはその場に佇んだまま──やがて、メイが人影に囲まれたまま戦場を離脱したのを確認してから、ようやく、小さな声で独り言ちた。


「……あたしは唯のマリよ、メイ。あんたを殺す、(ただ)一人のマリ」


 その言葉は誰に届く事もなく。

 塵芥を巻き上げる風に乗って、静かな月夜へと昇って行くのみ。



 二人の再会まで、今暫く。

 

 

一応Twitter上で次こんなエピソードを書くかもみたいな話をしたりしなかったりしてます。全然関係ない話もいっぱいしてるので是非にとは言えませんがよろしければ。

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