御徒町樹里の憂鬱
御徒町樹里は世間一般で言うところの「メイド」です。
しかし当の本人は、自分の事をメイドとは思っていないようです。
彼女は先日、無実の罪で逮捕され、大変な目に遭うところでした。
しかし、運良く優秀な刑事に助けられ、冤罪を免れたのです。
樹里はその時助けてくれた刑事を忘れられない自分に気づきました。
何故忘れられないのだろうと考えてみました。
でも、わかりませんでした。
ある日、素直が服を着て歩いているような性格の彼女は、その疑問を解消するために、警視庁に赴きました。
そしてまた、樹里の「天然」が炸裂し、警視庁は大騒ぎになるのです。
御徒町樹里は、警視庁の前にいました。
挙動不審な彼女を警備の警官が見つけ、近づきました。
「何か御用ですか?」
「いえ、用はないのです。ただ、亀島さんに会いたいだけです」
警官は、この妙な娘の言動にイラッと来ましたが、前にも顔を見た事があるので、
「亀島? 特捜班の?」
「あ、確かそうです。そこです。その人に違いありません」
「わかりました。今連絡してみますので、そのままお待ち下さい」
「はい」
警官が無線で連絡を取ります。
その間中ずっと、樹里は瞬きもせず、ジッと待っていました。
「?」
警官はその異様な行為にギョッとし、無線を切ると樹里に尋ねました。
「どうしたんですか?」
樹里はゼイゼイと呼吸を荒立てて、
「そのままお待ち下さいと言われたので、そのまま待っていました。結構大変です」
「……」
まさしく目が点になる警官でした。
そんな事がありましたが、樹里は無事警視庁の中に入れてもらい、ロビーで亀島を待ちました。
「御徒町さん。どうされましたか? 何かあったのですか?」
亀島が現れました。樹里はようやく顔見知りに会えたのでホッとしたのか、
「ああ、亀島さん。この前の夜は凄かったです」
と驚愕の言葉を投げかけました。
「えっ?」
周囲の職員達が一斉に亀島を「不埒者」というレッテルを張り付けるように睨みました。
「いえ、あの、何の事ですか?」
亀島は冷たい視線を四方八方から感じ、慌てた様子で樹里に言いました。
「忘れたんですか。私は忘れられませんよ」
ますます冷たい視線が亀島に集まります。
とうとう人だかりまで出来てしまいました。
「御徒町さん、ここでは何ですから、特捜班の部屋で話しましょうか」
「えっ、2人きりになるのですか?」
亀島は汗まみれになり、樹里を連れて奥へと進みました。
黒烏龍茶を飲み、樹里はまるで温泉にでも浸かったかのような顔になり、ソファに沈み込むように座っています。
「御徒町さん。ロビーであんなことを言われたら、妙な誤解をされてしまいますよ。勘弁して下さい」
亀島も黒烏龍茶を一口飲み、樹里と向かい合って座りました。
「5階? ここは1階ですよね」
「いや、そういう事ではなくてですね…」
亀島は、いっそこの女を真犯人として逮捕するべきなのではないかとまで思ってしまいました。
「ところで、私に御用なのですか?」
「ああ、はい。そうなんです」
「どんな御用です?」
亀島は真顔になって尋ねました。樹里はニッコリして、
「わからないんです」
「はァ?」
杉下さんなら撃ち殺しているな。亀島はそう思いました。
「私、あれからずっと貴方の事が忘れられなくて。どうしてなのかわからないので、ここに来ました」
「私の事を忘れられないのですか?」
何となくニヤける亀島。樹里は天然娘ですが、美人なので、そんな事を言われれば、大抵の男、特に亀島のような独身男性はニヤついてしまいます。
「はい。どうしても忘れられなかったのです」
「そ、そうなのですか」
照れる亀島。端から見ると、少し気持ち悪いです。
「亀島さんにお会いして、ようやくその理由がわかりました」
「はい」
亀島は居ずまいを正して、樹里の次の言葉を待ちました。
樹里はまた笑顔全開で言いました。
「私の携帯電話、返して下さい」
その後、亀島馨は、杉下左京に一週間の休暇願を出したそうです。