58話 私達の救世主
「いや! やるなら、このままやればいいじゃない!」
私は必死でクレイを抱え込み、抵抗の意志を示した。
包み込む胸にどろっとした血の感触と、熱を失いつつある体温を感じる。
クレイはいつも傷だらけだ。
いつもいつも私を守る為に身体を張って。
そんなクレイの想いは痛い程伝わっているし、私もそれに応えたいと思っている。
でも、もう十分だ。
もうたくさんだ。
こんなに傷付いて、ボロボロになって、そんなクレイに何もしてあげられないなんて絶対に嫌だ。
せめて一緒に死んであげたい。
そんな思いで必死に抱き着いて、抱え込んだ。
無情にも竜人の爪は振り上げられる。
彼にしがみつき、最後の一瞬を待った。
だけど、その一瞬は訪れなかった。
やっと、やっと、待ちに待った私達の救世主が来てくれたのだ。
△ ▼ △ ▼
ダァァァン!
かなりの重さがあるはずの謁見の間の扉が一気に蹴りあけられた。
「ごめん! 遅くなった!」
扉から姿を見せたのは、身体中にジャラジャラとよく分からない金属の粒を巻き付け、両手で抱えるサイズの大きな銃を持ったスオーだった。
竜人の振り上げた爪が止まり、スオーに警戒が向く。
「……、酷いな。ごめん。みんな、僕が無理を言ったせいだ。今、助けるから」
「お前がウィルディマーノの言っていた男か」
徐々に喉が修復されているのか、さっきより幾分か聞き取りやすくなった声で竜人が問う。
「さぁね」
スオーは答えず、返事の代わりに銃口を向けた。
「無駄だとは思うけど、念の為。投降するなら攻撃はしない。竜人化を解いて、両手を上げろ」
「下らぬ」
ここに来て命乞いなどありえない、と竜人が鼻で笑い、殺気を放った。
「最終警告だ。少しでも動けば撃つ」
「やってみろ!」
言葉と共に竜人の太ももに力が籠り……
ダダダダダダダダダンッ!
私の目では追いきれない竜人の高速移動が始まると思った瞬間の事だった。
スオーの向ける銃口からいつもの気の抜ける音とは違う、耳を劈くような破裂音が連続で響き、同時に竜人の両太ももが弾け飛んだ。
グアアアアアアアアアア!
腿から下が無くなった竜人が床を転がり回る。
「アアアアアアッ! 貴様ァァァ! 殺すっ!」
目を血走らせ、牙を剥き、再び獣のような凶悪さを取り戻した竜人が声を上げると、バサッとその翼が羽ばたき、高く造られた謁見の間の天井にまで一気に飛翔した。
グルルォォォォァァァアア!
腿から血を滴らせながらも、爪を振りかぶり、咆哮と共にスオーに向けて急降下していく。
ダダダダダダダダダンッ!
再び破裂音が響き、胸と翼を穴だらけにされた竜人がコントロールを失って、広間を支える柱の一本にゴシャッと激突し、床に落ちた。
竜人は柱の根本でピクピクと痙攣している。
スオーは数歩距離を詰め、油断なく銃口を向けている。
「再度、警告する! 竜人化と[技能封印]を解除しろ! 僕に撃たせないでくれ!」
スオーが本当の最終通告を告げる。
だけど、なぜかスオーの声の方が泣きそうだった。
私達がこれだけ苦労した敵をあっさりと圧倒しておいて、この情けなさだ。
本当に撃ちたくないんだろう。
屋敷の会議室でスオーが、魔人達を傷付けたくない、と言い出した時には、いくらお人好しのスオーとはいえ、度が過ぎると思ったけれど、敵を目の前にしてまだこの甘さだ。
この優しすぎるお人好しを半ば無理矢理に戦いに巻き込み、こんなことをさせてしまっている。
本当に申し訳ない思いで胸が締め付けられる。
いくら力があっても、この人は戦いに巻き込むべきじゃなかった……
スオーの警告を受けた竜人は[技能封印]の言葉にビクリと身体を跳ねさせ、腕の力だけで体を返し、顔をスオーに向けた。
その目は未だ血走り、激しくスオーを睨み付けている。
睨み合いが続き、緊張感が張り詰める。
何かの物音一つで弾けそうな、その緊張状態に、横手から予期しない声がかかる。
「そ、そこまでだ! その武器を下ろせ! 下さんと、こいつらをまとめて撃ち抜くぞ!」
顔を真っ赤にしたリュース王子がぶるぶると震えながら、私達にボウガンを向けていた。
私が避ければ、動けないクレイが撃たれる。
恐怖と怒りでぶるぶると震えるその指は、いつうっかり引金を引いてもおかしくはない。
「この卑怯者の簒奪者どもが! 次から次へと湧いて出るゴミ虫どもめ! 何度も何度も邪魔をしおって! 今に私がーー」
ダンッ!
スオーがサッと銃口を動かし、単発で破裂音を鳴らすと、リュース王子のボウガンが一瞬で砕け散った。
銃口を逸らしたその一瞬。
竜人は修復を終えたばかりの口を開き、喉に光を溜めていた。
「ちくしょぉぉぉぉぉ」
ダダダダダダダダダンッ!
素早く銃口を戻したスオーが苦しそうに呻きながら、その喉を消し飛ばした。
竜人は肉片を撒き散らしながら頽れ、ピクリとも動かなくなった。
△ ▼ △ ▼
「スキルが戻ったみたいだ。リエリィ、皆の治療を急ごう」
目元を一度、ぐいっと拭ったスオーが私に向き直った。
ハッとして、緊張状態でずっと抱き締めていた胸元のクレイを見る。
少し前から意識は無く、呼吸も今にも途絶えそうな状態だ。
急いで[治癒]を使って命を繋ぐ。
そこにスオーも駆け寄ってくる。
「酷いな。でもこれなら、僕で看れるはず。リエリィはレオンを」
追加の回復薬の入った袋を受け取り、レオンに向かう。
レオンの横ではカールさんが、スオーから受け取ったばかりの回復薬を一気飲みして、私に頷いた。
カールさんと入れ替わるようにレオンに寄り添い、回復薬をダパダパと浴びせ、[蘇生]の為の魔力集中に移る。
カールさんは、喚きながら腰を抜かしているリュース王子の元へ向かって行った。
やっぱりスオーの回復薬はすごい効果だ。
私の[蘇生]が無くとも、身体は完璧に治してしまう。
私はそこに最後の仕上げをするだけだ。
「蘇生!」
祈るように組んだ私の両手の隙間から、一雫の光がレオンの胸に落ち、全身に光を行き渡らせる。
途端、レオンの目が開いた。
「ガッ! ガハッ! ハァッハァッ……、あ、あれ?」
レオンが首を起こして辺りを見回す。
「あれぇ? リエリィ? あぁ……そういうことか……。ははは、情けないな。でも、ありがとう、リエリィ、ただいま」
レオンは力無く苦笑いした後に、いつもの笑顔に戻った。
「おかえり、レオン」
その後、他のメンバーも全員治療し、一通りの報告をし合った後、リュース王子に向き直った。
治療の間もリュース王子の罵詈雑言は止まる事なく、諌めるカールさんもついには匙を投げ、おかしな事をしないように横で見張っているだけになっている。
「えーーっと、どうしようかな? もうめんどくさいから、縛っちゃってもいいかな」
レオンが私に問いかける。
「私に聞かないでください」
リュース王子とは会話が成立しないのは確かだけれど、それを私に聞かれても困るのだ。
どうしたものか、と皆で顔を見合わせていると、広間の奥から重い音が響いてきた。
ズゴゴゴゴゴゴゴ
謁見の間の最奥、人一人が座るには大き過ぎる豪奢な椅子ーー玉座が後ろにズレていく。
「突入!」
玉座の下から号令が響くと同時に、わらわらと沢山の武装した騎士達が出現する。
中には見知った顔もチラホラと見え、緊張感の迸る表情で走り、作戦行動を続ける彼らとは裏腹に、私達は呆気に取られたまま、ご近所さんとの挨拶のように、あ、どーも、と会釈をしていた。
やがて、謁見の間には騎士達が充満し、私達を取り囲んだ。
騎士達も取り囲みはしたものの、予想と違う室内の様子に困惑しながら、一応作戦通りに動いているという感じだ。
そして、騎士達の最後、玉座のあった場所に空いた穴から、二人の人物が現れた。
クレイのもう一人の兄キーファさんと、レオンのもう一人の兄、第二王子ルイス様だ。
「ずいぶん静かだな、ん? レオンか」
入ってきたルイス様が広間を見渡し、私達の姿を認めた。
「ルイス兄さん、お久しぶりです。ご無事で何よりです」
「ああ、レオンはいつも通りだな」
比喩でも何でもなく、さっきまで死んでいたレオンは苦笑いを浮かべるが、カラカラと笑うレオンはやっぱりいつも通りなのだった。
そして、私達に取り囲まれ、腰を抜かしたまま口をパクパクさせているリュース王子に目線が向く。
「先を越されたようだ。だが、我等だけでは成功の保証も無かった。よくやってくれた、レオン」
「当然のことです」
「状況が変わった! 別働隊に信号を送れ」
はっ、と一部の騎士達が敬礼し、謁見の間を飛び出していく。
「それから、兄上。あなたとはもはや交わす言葉もありません。大人しく処断をお待ち下さい」
ルイス様が片手を上げると、三名の騎士がリュース王子を拘束し、相変わらず罵声を吐き続ける口も塞いでしまう。
その後もテキパキと騎士達に指示を出し、的確に城内を掌握していく姿は、まるで歴戦の将軍のようで、私達の行き当たりばったりの作戦は子供の遊びのように思えた。
やっぱり王に就いて頂くなら、アッチの碌でなしや、コッチの能天気より、この人の他に無いな、と自らの主をジトッと睨んだ。
「な、なんだよー、ボクだって頑張ったじゃないか〜」
「そうですね」
そう、皆頑張った。
当初の予想よりも遥かに手強い難敵だった。
今は皆で勝利を喜んでも良いはずだ。
「レオン様、皆に労いを」
「あ、あぁ、そうだね。今回の戦い、かつて無い苦戦だった。きっと、誰か一人でも欠ければ、乗り越えられなかった。それでも、こうして全員で無事に乗り越えられた事を嬉しく思う」
「全然無事じゃなかったじゃない! 私、もうこんなの嫌だからねっ」
プレッタが唇を尖らせるけれど、レオンとクレイの惨状を聞いてからの彼女の表情を見れば、それが、皆を心配しての言葉だと分かる。
「そうだね。みんなには心配をかけちゃったし、いくら蘇生手段があるって言っても、そんな戦い方は今後もするつもりは無いよ」
レオンは皆の顔をぐるりと見渡して話を続ける。
「まだ魔王軍との戦いはこれからだ。ボクらがスオーの力に頼って天狗になっていた結果がこれだと思う。もっともっと強くならなきゃいけないって思ったし、皆にも力を貸して欲しい」
全員が首を縦に振る中、私だけが険しい顔をしていた。
「どうしたの? リエリィ」
いつもならクレイと競うように、一番に首肯する場面だ。
その反応が無かったことを訝しむ皆の視線にレオンが気付き、横に立っている私を覗き込んだ。
「私はこれからも変わらず、戦い続けるつもりです。ですが、スオーとリディアは……ここで外れてもらうべきだと思います」
リディアは城外への警戒の為、北門に残り、今この場にはいない。
残る一人、スオーに視線が集まる。
「気を遣わせちゃって悪いね、リエリィ。僕は大丈夫だから」
スオーが優しく微笑みで返してくれる。
「いえ、スオーとリディアを無理矢理巻き込んだのは私達です。あなた達は冒険者、戦いはしても、戦争をする人ではなかった。本当に申し訳の無い事をしてしまったと思っています。ごめんなさい」
スオーが敵を殺す事に忌避感を示しているのを直に見たのは、私とカールさんだけだ。
他の皆は頭を下げる私に困惑しているのが分かる。
「リエリィの言う通りだ。屋敷の会議室では、何を甘い事を言っているんだと思ったが、さっきの君を見て分かった。君は殺す覚悟も無いまま、戦場に出ざるを得なかったんだな。本当にすまないことだ」
「い、いえ、本当に大丈夫ですから……」
否定しながらも、魔人とはいえ、人を殺してしまった実感が湧いてきたのだろうか、スオーの瞳が潤み始めている。
「加えて、私はずっと君の事を敵の回し者だと疑っていた。それも併せて詫びさせてくれ。すまなかった!」
カールさんがバサッと、地面に付きそうなほどに頭を下げた。
スオーは、くふっと息を吐いて下を向いてしまった。
「…………。全部、ボクの責任だ。勇者であるボクがもっと強ければ…………、スオー、本当にごめん!」
レオンが頭を下げると、クレイも、ヴァイスも、プレッタも、それぞれに謝罪をして頭を下げた。
全員の頭が下がったところで、目元を拭ったスオーがまだ震える声で言った。
「やめてよ、みんな。僕は友達の力になりたかっただけなんだ。みんなは、この世界で、僕の数少ない大切な友達なんだ」
バッと顔を上げたクレイが、わなわなと口を震わせて、結局言葉が思い付かなかったらしく、ガバッとスオーを抱きしめ、男泣きを始めた。
私の知る限り、クレイも人を殺めたのは、さっきのナナルディメルが初めてだ。
クレイの心にも、それは傷となっていたのだろう。
メイルシュッツでの1ヶ月と、道中での日々、まだそれほど親しいとまではいえない仲かもしれないけれど、スオーが私達をかけがえの無い大切な友達だと思っていてくれた事に、思わず私も目頭が熱くなる。
特にスオーとクレイは気が合うらしく、訓練以外の時でも、一緒にいる所をよく見かけたものだ。
「もうっ、いつまで男同士で抱き合ってるの? ルイスさん達に変な勘違いをされる前に離れなさい」
私達の話し合いの輪の外では、今も騎士達が慌ただしく動いているが、言っている本人が、さっきまで一番勘違いをしていそうな顔でポーっとしていた。
だけど、確かにいつまでも騎士が涙を見せているのも体裁が悪いだろう。
クレイに助け舟を出してあげることにする。
「クレイ、そういう時も、ありがとう、でいいのよ?」
「む、そうか。スオー、ありがとう」
「いや、当たり前のことだよ」
二人は体を離して、固く握手を交わした。
「今後のことは、リディアとも相談して決めさせてほしい。それに、あまり長く放っておくのも心配だし、そろそろ北門へ行こうか」
レオンからの労いは有耶無耶のまま、私達は北門へ向かった。
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