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29話 敏腕秘書のお墨付き執事①

 私の名前はリエリィ。

 アーツクライク王国第三王子レオン=エキオロッド=アーツクライク様の下で秘書をしています。

 秘書と言っても、実際はレオン様の秘書としてのスケジュール管理や、各所との調整等の仕事だけでなく、レオン様の仕事の手伝いで冒険者をしたり、いつまでもレオン様が片付けない文官の仕事まで、色々と忙しくさせて頂いています。


 ちょっと皮肉っぽくなってしまいましたが、レオン王子はだらしがなくて頼りないけれど、誰にでも優しく、王子であることを鼻にかけたりしない良い上司です。

 他の仕事仲間達も、皆それぞれに欠点はあれど、それを上回る良いものを持った人達ですので、私は今の仕事に対して満足していますし、この環境に連れ出してくれたレオン様や、優しくしてくれる皆にはいつも感謝をしています。




 その日のお仕事は冒険者として、仕事仲間のクレイ、ヴァイス、それにレオン様が新たに仲間に誘いたいと考えているスオーさんとリディアさんの5人でダンジョンに潜るお仕事でした。

 並の冒険者では到達も出来ないような階層が目的地ではありましたが、私を含めて全員が超一流と言って良い実力者ですから、何の問題も起こらない仕事のはずでした。


 予期せず起こってしまったのは上位魔人との遭遇戦でした。

 スオーさんの奮戦のお陰で私達は生還を果たす事が出来ましたが、クレイとヴァイスが重症を負ってしまいました。


 クレイに至っては魔人から呪いを受けてしまい、半ば自我を失い、私の、その、身体を求めて暴れ続けるようになってしまいました。

 あの遭遇戦の最中、私だけが何もできず、誰も守ることが出来ませんでした。

 私はそれを挽回すべく、スオーさんのアドバイスに従ってクレイを治す為のスキルの獲得に勤しんでいました。




 しかし、あの遭遇戦から4日、ついにクレイの身体は生命の限界を迎え、最後の頼みの綱であった私のスキルも空振りに終わってしまいました。

 次に新スキルにチャレンジ出来るのは頑張っても6日後。

 ここまでにかけた時間よりも更に長い時間です。

 残された僅かな時間が私に決断を強いていました。




 ここまできて、あの魔人に屈するなんて悔しい。

 まだ顔見知り程度の相手である私達に対して、見返りも求めず親身に手伝ってくれる二人に報いたい。

 私を信じて全てを任せてくれた仲間の期待に応えたい。

 親友を思って心を痛め続けている上司に恩返しがしたい。


 どれも本当の気持ちだったけれど、本当の本当は、嬉しかったんだと思います。


 ただの仕事仲間であったはずの年下の同僚騎士、喋り下手でその指導に手の焼ける生徒、私にこの居場所を作ってくれたもう一人の恩人。


 とても身近な相手ではあったけれど、私達の間に恋愛感情なんて無かったはずです。

 彼からもそんな素振りは一度も感じたことはありませんでした。


 そんな彼が私の事を必死に呼んで、身体をボロボロにして、手を伸ばしてくる。

 それは呪いのせいでこんなことになっているだけ。

 本当の彼の気持ちは分からないけれど、こんなに私に恋焦がれていたなんてことは無かったはず。

 そのはずなのに、私を傷付けたくない、その為だけに生命の危機に陥ってもなお自分を傷付け続けて。

 私を守る為に自ら自身を牢に拘束しているのに、その口からはリエリィ、リエリィと涙を流しながら必死に私を求めてくれる。

 ただそれが嬉しかった。


 だから、彼をなんとしても救いたかった。


 あの日、ダンジョンの奥で、呪いを受けた直後の自我を失った彼に襲われた。

 その時はただ怖かった。

 魔人に操られてしまっている彼から恐怖だけを感じて必死で抵抗した。


 でも今は……



   △   ▼   △   ▼



「では行ってきます」


 私は決断した。


 執務室から持ち出した布と包帯、クレイの着替えを持って自室に向かう。


(これは戦いだ。あの頭のおかしい魔人と私達のどちらが勝つか)


 自室に入り、自分の分の着替えと布を荷物に加えて部屋を出る。


(クレイが呪いに抗い、私が呪いを倒す。その勝負は私達の負けだ。認めよう。この呪いはさすが上位魔人の呪いだ)


 扉を背にして前を見据えて廊下を歩く。


(だけど、まだ戦いは終わっていない。クレイも私も、その命も闘志もまだ潰えてはいない)


 貴族用の特別地下牢に続く人気のない通路を進む。


(呪いへの抗いをクレイ一人に任せてしまった。それは私の怠慢だった。私も全力でなりふり構わず呪いに立ち向かうべきだった)


 地下牢を封じる扉を開けて階段を下る。


(戦いはここからだ。今度は2人で一緒に呪いに抗おう)


 最後の一段を踏み、角を曲がる。


(クレイ、辛かったよね。でも大丈夫だよ。これからは私が一緒に戦うから)


 鉄格子の前で私は全ての服を脱ぎ捨てた。




 全身をもはや何がなんだか分からない液体に塗れさせたクレイは気絶寸前の体勢で冷たい床に倒れていた。

 うっすらとだけ開いていた目が私の裸体を認め、カッと一気に開いた。

 這いつくばっていた姿勢からどうやったらそうなるのか、その体勢の状態から一気に私に向かって跳ね、そして鉄格子に阻まれる。


 ガァァアン!


 そういえば最近はここまで大きい音は聞いていなかった。

 もうクレイにはそれだけの力が残っていないはずだった。

 だけど


 ガァァアン! ガァァアン! ガァァアン!


 目の前の果実を手中に収めんと、最後の命を燃やし尽くすようにクレイが鉄格子に肩を腰を頭をぶつける。


 私はふぅぅーーーっと息を吐いて、そして大きく吸った。


「クレイ! 私の声が聞こえる? 意識があるなら返事をして!」


 私に出せる最大の音量で目の前にいる、けれどずっと遠いところにいるはずの仲間に話しかける。


 ガッ! シャン


 と鉄格子の音が少し動揺したように響いた。

 大丈夫だ。

 確かにクレイはそこにいる。


「今から牢の中に入るわ」


 途端、ずざぁっーと私に怯えるようにクレイが牢の中を後ずさった。

 その目は明らかに止めてくれと叫んでいた。


「さっきまであんなに暴れていたくせに根性無しね」


 言いながら牢の鍵を開けて中に入る。

 牢の一番隅まで逃げたくせにその手は私に伸び、掴み取ろうと動いている。

 ぐぐぐぐっと左手でその右手を押さえつけ、頭を床にガァンと叩きつける。

 床から枯れに枯れてくぐもったガラガラの声が聞こえてきた。


「き゛み゛を゛き゛す゛つ゛け゛た゛く゛な゛い゛」


 声を絞り出しながら呪いの誘惑に必死に抵抗し続けるクレイに構わずずんずんと近寄り、うずくまる彼の前にしゃがみ込んだ。

 そしてそっと優しく抱きしめた。


「ぐぐぐぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ!」


 クレイが苦しみの絶叫を上げ、次の瞬間に私は後ろへ押し倒され、そのまま彼に組み敷かれた。


 抵抗はしない。

 血走った彼の目を見つめる。

 飢えに飢え、渇きに渇き、求めに求め続けた私の身体だ。

 思う存分味わうといい。


 彼は私の身体中のあちこちを抱き締め、味わい、擦り付け、弄った。

 しばらくの間、私は彼に身を任せ、その間もじっとその瞳を見つめ続けた。

 やがて、その視線が一瞬私と交差した。


 その一瞬、ビクッと目だけが跳ねて、気まずそうに泳いだ。

 今だ。

 私はぐんっぐんっと押し上げられる体に逆らわず、そのまま彼の肩に手を回し、耳元で話しかける。


「そのままでいいから聞いて。クレイ」


 彼の体から必死の抵抗と、けれど抗えない焦燥を感じる。


「抵抗はしなくていい。はぅ、意識だけをしっかり保って」


 小さく、わかったと聞こえた気がした。


「今、私はあなたの呪いを解くために、んぐっ、新しいスキルを手に入れようと、ぅっ、してる」


 体勢を崩さないようにさらにぎゅっとクレイの頭を抱え込む。


「でも、時間が足りない。んぐっ、あなたの身体がそれまで保たない。だからっ、手伝って」


 頬を両手で挟み込み、ぐいっと引っ張って顔を合わさせる。

 今も変わらずクレイは私の身体を貪り続けているけれど、その目は明らかに理性を宿していた。


「ぐっ、ん、私はあの魔人に負けたくっ、ない。クレイ、このままっ、死なないで! 私と一緒に戦って!」


 その瞬間、任せろ! と返事をするように彼が弾けた。


「んぐっ、このまま治療をすれば、傷を増やさずに時間が稼げる。そしたら、私がっ、必ずっ、呪いを、ぐぅ、解いてみせるからっ」


 このくらいでは呪いの誘惑は満足しないらしい。

 構わない。

 いくらでも受けて立ってやる。


「どう? っっ、頑張れそう?」


 どうにもならない体とは裏腹にクレイの瞳だけが私の顔を真っ直ぐに見つめ、意志の光を見せつけてきた。

 クレイもまだ負けていない。

 良かった。

 これで私も負けるわけにはいかなくなった。

 さぁ、治療当番の仕事を始めよう。


「薬を、うんっ、取るから……少しだけ頑張って」


 そう言うと一瞬だけ私を抑え込んでいた腕と腰から力が抜けた。

 一気に振り解いて牢の外に置いてある樽に向かう。

 スオーさんがあの奇跡の回復薬をこの樽一杯に注いで置いてくれているのだ。

 手桶に一杯、それと小瓶を3本抱えて急いで戻る。

 

 中ではクレイが身体をビクビクさせながら、それでも暴れ出さないよう耐えていた。


 零さないように手桶と小瓶をそっと傍に置いて、再びクレイを抱きしめてやる。

 我慢した分を取り戻すようにクレイがまた私を押し倒した。


 背中が痛い。

 背中以外も痛いけれど。


 そのまま身を預けながら優しく包み込んで、精一杯の優しい声でクレイが頑張った時のいつもの言葉をかけてあげる。


「よく出来ました」


「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!」


 クレイは泣いた。

 声は出ずとも泣いた。

 私を貪りながら泣いた。


 私はよしよしと頭を撫でてやりながら、時間を掛けて、じっくりと丁寧に治療を行った。


 薬を振りかけて、包帯を巻き付けるくらいしか出来なかった治療が、直に肌に飲ませるように薬を染み込ませる事が出来た。

 剥がれた爪も薬の本領を発揮して、じくじくと驚く速さで修復出来た。

 最近では飲み込むのも難しくなっていた回復薬を3本、口移しで飲ませる事が出来た。

 クレイに新たな傷を作らせる事なく治療を終えさせる事が出来た。


(今回は私の勝ちだ)



   △   ▼   △   ▼



 そっと肩を揺すられた。


 スオーさんだ。

 口の前で人差し指を立てている。


 私まで一緒に気絶してしまっていたらしい。

 クレイはまだ私に覆い被さって浅い呼吸をしている。

 傷も顔色もずいぶん良くなっている。


 起こさないようにそっと下から抜け出す。

 牢から出て鍵を閉める。

 スオーさんはふかふかのタオルを私に渡すと、ふいっと視線を背けて階段のある角の向こうに消えた。

 その動きでやっと、今の自分のあられもない状態を認識して顔が真っ赤になった。

 急いでふかふかタオルで体を拭い、服装を整えて後を追った。


 階段を静かに上がり、扉を開けるとそこにスオーさんが立っていた。

 スオーさんも顔を赤くしている。


「お、お見苦しいところをお見せしてしまい、す、すいません」


 私のさっきまでの大胆な威勢はどこに行っちゃったんだろうかと自分でも思う。


「いえ、結構なお手前でした」


「ぷっ、なんですか、それ」


「はは、すみません」


 スオーさんが恥ずかしそうに頭をポリポリと掻く。


「それより、色々と手を回して頂いてありがとうございました。知られたら知られたで仕方がないのですが、レオン様には知らずにいてもらえる方が何かと助かりますので」


 私の身体を手に入れてさえしまえばクレイが自傷行為をしないことを、ダンジョンの奥でスオーさんは見ていたからだろう。

 執務室を出る前、スオーさんは明らかに私の意図に気付いていた。

 その上で、鈍感で察しの悪いあの小さい上司にそれが露見しないよう手を回してくれたのだ。

 秘書として見習うべき見事な手腕だったと思う。


「いえ、フォローくらいしか出来ませんが。でも、リエリィさんのお陰でクレイさんも大分良くなったみたいですね」


「えぇ、すっかり元気にって、あぅ、そういう意味じゃなくて、えーと、もうワンチャンス。自力でなんとしても掴みたかったんです。これでなんとかなると思います」


「きっと大丈夫です。今度こそ」


 ガシャン


 そこで地下牢の方から物音がした。


「とにかく今は休んで下さい。後はうまくやっておきます」


 そういえばクレイも裸のドロドロで放りっぱなしだ。

 でも、今はお言葉に甘える事にしよう。


「本当は私がずっと相手を出来れば良いんですが、スキルの方も進めないとなので。お願いします」


「任されました」


 そのまま扉の向こうに入っていった。


 私は自室に戻り、魔力が空になるまで[解毒]を使ってから、うつぶせに倒れるように眠りについた。


 まったく、背中が痛くて敵わないわ。


 ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

 お楽しみ頂けたでしょうか。

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 次話もご期待下さい。

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