28話 親友を救う鍵③
明けて翌朝、ヴァイスがやっと目を覚ましたと知らせが入った。
領主会議直前ではあるけれど、ボク達3人は急いで医務室に向かった。
「ヴァイス! 目が覚めたんだね。大丈夫かい?」
ベッドの上で半身を起こしているヴァイスに駆けつけ一番話しかけた。
「…………。」
「ヴァイス?」
ヴァイスは何かを言おうと口を開いた、しばらく口を開けっぱなしにして、諦めるようにゆっくり閉じた。
しばらく考え込んで、ペンで何かを書くジェスチャーをした。
なんだろう。
ボクが戸惑っていると、横からスオーさんが割り込んだ。
「ヴァイスさん、スオウです。分かりますか?」
コクリとヴァイスが頷く。
「口から声が出ないんですね?」
またコクリ
「何か書けるものを用意します。少し待ってください」
そう言って、いつもの何処からか分からないアレで謎素材の紙の束とペンを持ってきた。
ペンを受け取ったヴァイスが不思議そうに紙とペンを見つめた後、さらさらと字を綴っていく。
『すまない。声が出ないみたいだ。あと、身体の芯に痛みがあってまだ立てそうにない』
「大丈夫だよ。ヴァイス、スオーさんの分けてくれる薬がすごいんだ。きっとすぐによくなるよ」
『死んだと思ったがな。本当に凄い薬らしいな。頼む』
「もちろんです。僕の記憶が確かならば、ヴァイスさんの今の症状は失語症と言って、声が自分の意思に反して出せなくなる病気です。確か、原因は脳のダメージか、ストレスだったはずなので、ダメージの方は薬をしばらく服用して頂ければ回復できると思います。身体の痛みもきっと治ります。ただ、ストレスの方はトラウマを乗り越えないと難しいかもしれません」
『助かる。なんとかする。心配いらない。それよりクレイは?』
「く、クレイも問題ないよ。ヴァイスと同じでちょっと変わった状態だから、別室で治療中だけど、ちゃんと治るから」
無駄な心配をさせないようにボクが取り繕ったけれど、ヴァイスにはやっぱり通用しなかったみたい。
『酷いんだな? だが、生きてるならいい。俺は俺の事をやる』
「ヴァイス、クレイは私が必ず治すから、本当に心配いらないわ。心置きなく休んでちょうだい」
「うん、そうだよ。[セイクリッドブレイブ]もしばらくお休みだから、ゆっくり休んでよ」
『遠慮無く休む。声は自分で治すからクレイが顔を出せるようになるまでは来なくていい』
「ははは、ヴァイスは流石だね。っと、ごめん、ホントにボクもう行かなきゃだから後、頼むよ」
リエリィとスオーさんに後を任せて領主会議に向かった。
会議では予定通り[勇者]について発表があった。
あくまで発表しただけで、魔王の動向も分からない現状では具体的な作戦の発令は無かったけれど。
会議を終えて、手早く夕飯を摂ってから執務室に戻った時にはもう夜だった。
スオーさんはベッドに腰掛けて待ってくれていた。
「お疲れ様です。こっちはさっきクレイさんの治療を終えたところです。リエリィさんは今、自室で仮眠をとっておられます」
「うん。ありがとう。今日は2人だけで大変だったでしょ。夜はボクがやっておくよ」
「まだお休みになられないなら、次のリエリィさんの分はお願いできますか。彼女は頑張り過ぎです。朝まで寝かせてあげましょう」
「そうだね。本当に……」
「あと、ヴァイスさんから伝言です。声が出るようになったら行くから、本当に来るな、邪魔だ。だそうです」
「ははは、ヴァイスらしいな」
声は出せなくても、相変わらず口が悪いらしい。
でも、何も出来ることなんてないのにオロオロとしているだけのボクよりよっぽど前を見ている。
「本当に死ぬ思いをしたんですから、声が出なくなるくらいのダメージが残っても当たり前だとは思います。それでも全く動揺もしないなんて、強い人ですね」
「そうなんだよ。ウチの最年長だからね。ヴァイスの凄いところエピソードを話したいんだけどね、勝手にそういうことすると本気で怒るんだよ」
カックンとスオーさんが頭を振った。
今のは頷いたのかな?
「そういえば、情報に関しての反応がすごかったですね」
「へぇ、もう気付いてたのか、流石スオーさんだね。って、もう目が開いてないじゃないか。いいからスオーさんももう休んで」
「すみません。お言葉に甘えてお先に….…」
スオーさんが衝立の奥に消えていった。
皆、連日、夜中にも頑張ってくれている。
公務を優先しろと言われて今日まではボクは実際のところほとんど当番をやっていない。
ここからは代わってもらった分も頑張るつもりだ。
ボクも会議で疲れてはいたけれど、今も地下で鉄格子に体を叩きつけている親友の事を思うと、眠気なんてこれっぽっちも湧いてこなかった。
リエリィが次のスキルを手に入れる予定日は明後日。
それでダメだったらクレイは……。
△ ▼ △ ▼
頑張るリエリィと苦しみ続けるクレイをただただ見守ることしか出来ずに2日が経った。
リエリィが新スキルを手に入れる予定の日だ。
領主会議が終わってからのボクはクレイの治療担当としてしっかりと役目を果たした。
けれど、他にもやることがあって忙しさに目線を向けていられた日々の方がよっぽど楽だった。
見る度に細くなっていき、治らない傷が増えていくクレイを見ているのは心が鑢で削られるような感覚だった。
回復薬を使っても、もう剥がれた皮膚の殆どが修復されておらず、包帯で無理矢理に出血を止めている。
骨もいくつも折れたまま治らないし、その回復薬自体ももはや嚥下する力がないのか上手く飲み込めないようだった。
更に次の新スキルの予定日である7日後までクレイが保たない事は火を見るより明らかだった。
それどころか、本当に今日を迎えられるのか、それすら心配になるほどクレイは消耗していた。
なんとか今日まで命を繋いでくれたけれど、もし今日の新スキルがダメだったら、クレイは明日すら、いや、今日の夜さえ迎えられないような、そんな気さえする。
リエリィは1秒でも早く新スキルを会得する為に魔力切れを起こしては、なんとか一回分の魔力を回復したらすぐに使い切ってまた魔力切れを起こすという、こちらもとても目を当てていられない修羅場となっていた。
「リエリィ、休まないと、リエリィが先に死んじゃうよ」
「はぁっ、はぁっ、ご心配をおかけしてしまってすみません。はぁっ、あと一回、あと一回だけやらせて下さい」
そう言ってもう明け方からずっとあと一回を続けている。
スオーさんはもうリエリィの凄絶な覚悟を尊重すると決めたらしく、ずっと血が出そうなほど歯を噛み締めながら見守っている。
ボクはオロオロと心配をするばかりだ。
自分が情けない。
そして、
「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜえっ、はぁっ、ふぅっ、治癒!」
その瞬間にスオーさんが、ダンッと音を立てて立ち上がった。
ついにきたのか!
歓喜が押し寄せ、その立ち上がったスオーさんの表情を見上げて、一瞬で歓喜が絶望に変わった。
「なんで、[解毒]なんだ……。ここまでやって、なんで」
スオーさんが立ち上がった姿勢から膝の力が抜け、そのまま床にペタンと座り込んだ。
ボクももう声も出せずに机にしがみついて拳を叩きつけた。
リエリィはーー
椅子に座り直して目を瞑り、ふぅーーーっと長く息を吐いて、魔力切れでずっと真っ青な顔を無理矢理にグググッと上げた。
そして宣言した。
「次のスキルを目指しましょう!」
リエリィは諦めていなかった。
一番頑張っているリエリィが、こんなにボロボロのリエリィがまだ諦めていなかった。
ボクは一体どうしたらいいんだろう。
リエリィもクレイも、本人が諦めてないからボクも諦めない、なんて言ったところで何も状況は良くならないんだ。
ボクにはそれを何か手助けをすることも出来ないんだ。
こんな無茶をし続けるリエリィを止めるべきだろうか。
苦しみ続けるクレイにせめて親友として最後の優しさを与えてあげるべきだろうか……
どっちもできる訳がない。
ボクが答えの出せないループの中ををぐるぐると回っている間に呼吸を整えたリエリィが落ち着いた声で喋り始めた。
「スオーさん、二度手間を取らせて申し訳ありません。以前お聞きしたクレイの呪いの内容をもう一度教えて頂けませんか?」
「[渇欲の呪い]ですか?」
「お願いします」
リエリィの目はスオーさんの目の奥、ただ一点を見つめている。
強い決意を感じる。
リエリィは一体何を考えているんだろう。
「分かりました。では、『色欲の魔人メナスティニエが生み出した呪い。術式は上級呪術。魂を惹かれる相手が存在する者に設定し、その者の肉欲の軛を解除する。魂を惹かれる相手に対し、肉体的、精神的結合を求め、その精を放つ事以外の思考を不可能状態とする。また、その目的達成の為、肉体の安全限界を解除し、膂力を著しく上昇させる。呪術設定状態での肉体的苦痛は当該膂力上昇によるものも含め、肉欲に転化される。』以上です」
「ありがとうございます」
「何か分かったんですか?」
「いえ、ただの確認です。それよりあと30分程で治療の時間ですね。それまでちょっと休憩します」
「いや、次の治療はボクが行くよ。リエリィは休んでてよ」
「ダメです。私が行きます」
さっきと同じ決意の視線だ。
ボクは気圧されてしまった。
「ど、どうしちゃったんだよ、リエリィ、何かさっきからおかしいよ。ボクが何にも力になれていないのは申し訳ないと思ってる。けど、何を考えてるのか教えてくれないと分からないよ!」
「すみません。ただ、次の治療ではそのまま目覚めるまで待機してクレイの様子を見ようと思っています。そして、私はまだ諦めない。クレイにもそのつもりがあるのかを確認したいと思っています」
「今のクレイにはもうそんなことは……」
「それでもです」
「…………。」
「なので、少し時間がかかると思います。ですから、それまで少し、休ませて下さい」
「分かったよ」
どうせボクの説得なんて聞く気が無い顔だ。
リエリィが何をしようとしているのかは分からないけれど、ボクにはやっぱり見守ることしか出来ないんだ。
本当に、何が王子だ。何がリーダーだ。何が勇者だ。
なんにも出来ないじゃないか!
30分後、スオーさんのベッドを借りて仮眠を取っていたリエリィがスッと起きてきた。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと準備がありますので、一旦自室に戻って、そこからそのままクレイのところに向かいます」
「うん、無理しないでね」
「ありがとうございます」
それからリエリィは顔を伏せ気味にスオーさんの方に振り返る。
「長くなり過ぎてスオーさんの担当時間まで割り込むかもしれません。出来れば、ゆっくり来てもらえると助かります」
「大丈夫。リエリィさん、僕はあなたを尊敬します」
「ありがとう」
スオーさんは何かに気付いているようだった。
「それに、ここからは目を離したうちに万が一が起こるかもしれません。担当時間を2時間半毎に一度ではなく、2時間半置きに前の担当と入れ替わるようにクレイさんに付きましょう」
スオーさんの言う事は最もだ。
予定外に倒れた時に近くで見ていれば延命が出来るかもしれないし、それに……せめて最期の瞬間は駆けつけなければいけない。
「そうしましょう」
「スキルの状態は入れ替わりの時に確認します。牢の前で待機している間がスキルの熟練度を上げるメインの時間になるでしょうから、なるべく今のローテーションを崩さないようにリエリィさんの後に僕が入るようにします」
「えぇ、スオーさん、ご配慮ありがとうございます」
また執事長のバーナードさんがかぶって見える。
言っていることは何も間違っていない。
だけど、何かが引っかかっている。
ダメだ。
分からない。
「うん、こうして3人で話せるタイミングも少なくなるけど、皆無理しないでね」
「はい。では行ってきます」
リエリィは部屋を出ていった。
刻一刻と近付く親友との別れの時にボクの心は乱れ、やがて思考を放棄してしまった。
外の景色は夕焼けに変わり始めている。
幸いなことにまだ非常の知らせは来ていない。
ボクはただただ精神を擦り減らしながらオロオロと部屋の中を歩き回っていた。
本当にボクはダメだ。
クレイとリエリィを信じるんだ。
体制を変えたから、これからは自分の食事や当番の準備等の時間も考えると一回に休める時間は4時間くらいしかない。
朝も夜も無くなる。
少しでも休んでおくべきだ。
でも今、この瞬間にもスオーさんが悪い知らせを持って駆け込んで来るかも知れない。
そう思うと、もう全然ダメだった。
担当の時間になった。
地下牢へ向かおう。
地下牢の階段上の外扉の鍵を開けて、牢に繋がる階段に入ると、ガァァアン! と音が聞こえた。
おかしい。
前回はもうそんな音も鳴らせないほどクレイは消耗してしまっていたはずだ。
階段を降りて、曲がり角のところでスオーさんが椅子に腰掛けて俯いているのが見えた。
「スオーさん、交代です」
「ああ、もうというか、やっとというか、そんな時間でしたか」
何かを考え込んでいたように見えたけれど、何かあったんだろうか。
いや、それよりも気になることがあった。
「元気なんて表現はおかしいけど、ずいぶんクレイが回復したように見えるよ」
「そうですね……」
スオーさんは苦い顔だ。
でも、あの奇跡の回復薬を使ってすらもう今にも死にそうだったクレイをもう一度元気にさせるなんて、そんな事が出来るのはスオーさん以外にあり得なかった。
何をしたのかは、相変わらずわからないけれど。
「スオーさんが何かしてくれたんだよね。本当は使いたくなかった秘蔵の薬まで放出してくれたとかなら、本当にもうお礼のしようもないよ。ありがとうございます」
スオーさんの苦い顔を見れば、本当は使いたくなかった手札を何か切ってくれたんだろうと想像が出来た。
せめて、事が済んだ後、ボクに何か返せるものがあればいいんだけど。
「…………。そうですね。使いたくなかった手です。僕もあまり考えたくないので、お礼も何も結構なので、この事は僕にも、リエリィさんとの話の中でも何も言わないでいてくれると助かります」
「分かりました。そうします」
スオーさんがそうしてほしいと言うなら、そうするまでだ。
何より今はクレイだ。
相変わらず血塗れのボロボロだけど、いくつかの修復を諦めていた骨折も治っているし、皮膚も少しマシになっている。
なんとか、首の皮一枚繋がった、そんな心地がした。
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