27話 親友を救う鍵②
再び医務室にてやはりまだ目覚めていないヴァイスを確認する。
「ヴァイスの方がずいぶん遅いんだね。そんなに酷かったの?」
「はい。というか、クレイさんの方の傷は一箇所だけでしたので」
「いくら呪いに当てられたからってクレイが傷ひとつで昏睡状態に?」
「その一箇所はリエリィさんを守る為にご自分で切り落とされましたので……その」
「あ、あぁ、分かった、いいよ」
何が起こったかを察して、お腹の奥がふわっとするような恐ろしい感覚にまた顔が青褪めてしまった。
すごいな、クレイ。
ボクにはそんなことやれそうにないよ。
クレイのリエリィを思う気持ちに敬意を感じつつも、呪いの件が片付いてもクレイはちゃんと男なんだろうかと心配になった。
「そ、それよりも見せたいものがあるんだったよね」
「では、静かにしてこちらへ」
周りに人がいない事を確認し、音を立てずに寝台室から出て、更に廊下の一番奥の寝台室の前に移動する。
鍵をそっと開けて部屋の中へ入る。
パタリと静かにドアが閉まった。
「この3人は……」
そこには3体の男性が寝かされていた。
3体と表現したのは、それが生きているのか死んでいるのか判別がつかなかったからだ。
1体は何度も会話したことのある顔、残り2体は名前と顔は知っているけれど、それほど会話はしたことはない騎士であったはずの顔だった。
「生きているのかい?」
「分からないんです」
近寄って詳しく確認する。
浅いけれど、呼吸はしている。
身体はとても生きているとは思えない白さで、触ってみると冷たい。
死体ではないにしても、人間が生存出来る本当にギリギリの状態に見える。
「カールさん……」
クレイの兄であり、ボクも幼い頃から何度となく世話をしてもらった恩人だ。
「さっき言っていた薬がコレでして。効果は確かなんですが、僕自身どれだけの効果があるのか分かっていないんです」
小瓶を片手に沈痛な表情でスオーさんが語りだした。
さっきまでは手ぶらだったはずだけど……
「この3人は僕らが見つけた時にはもう亡くなっていました。ですが、まだ亡くなってすぐの状態でしたので、本当に奇跡でも起きないかと思って治療をしてみる事にしたんです」
語りながら意識の無い体を起こさせて、口に少しずつ小瓶に入った液体を流し込んでいる。
「結果はこの状態でして、身体だけはまるで冬眠のような状態まで回復させることができました。あと足りないのが回復薬なのか、時間なのか、それとも魂なのか」
3人に流し終え、空になった小瓶を後ろ手に持ったかと思うと、戻った手には何も無かった。
「こうやって食事代わりに回復薬を毎日飲ませてあげれば、数ヶ月は保つでしょうが、ここからはどうやったら回復させられるのか、あるいは不可能なのか。そして、そこまでして見守るべきなのか、そうではないのか」
静かに歩いてボクの横に戻り、3人に向き直る。
その判断をボクに委ねたい、ということか。
「なんでこっちの3人はこんな隠れた場所に?」
「中途半端な期待を持たせるくらいなら、最初から戻らなかったとした方が遺族の方達の傷も少なくて済むかと……」
「確かに……そうかもね」
「あとは、彼らがなんで魔人と一緒にあんな場所に居たのか。何かの陰謀に嵌められていたのだとしたら、とりあえずは匿うべきかと思いました。ここの事はリエリィさんが衛生兵の方にお願いして下さって秘密にしてもらっています。後で王子からも口添えをお願いします」
その通りだ。
分かった、と口では言いながらもボクはその疑問に囚われる。
なんであんな場所に魔人と騎士3人なんて組み合わせがいたのか。
父上のドラゴン討伐指示を思い出した。
確か、あのダンジョンの更に奥にはグランドドラゴンがいたはずだ。
「なんとか……救ってあげたい人達だよ。ダンジョンの奥に居たのはおそらくリュース兄上の命令だと思うけど、いくらなんでも無理過ぎる命令だ……」
あのメナスという兄上が雇った魔術師が魔人だったなんてボクも思わなかったけれど、それにしたって魔術師1人と騎士3人でドラゴンを倒して来いなんて、死んで来いって言ってるのと同じじゃないか。
兄上とは一度しっかり話し合いをしなければならない。
「仮に回復したとしても、この3人を復職させるのは良くない。ありがとうスオーさん、手が見つかるまでボクの方で預からせてもらうよ」
「連れて帰ってきてしまった手前どうしようかと思って困っていたんです。むしろ助かります。ありがとうございます。薬の方は年単位でもお渡し出来ますので、遠慮なく言って下さい」
「ははは、奇跡の回復薬を年単位で、か。必ず恩は返すとは言ったけど、これは返せないかもしれないね」
「いえいえ、僕は汲んできただけですから。後でボトル代だけ請求させてもらいますね」
「はぁ? うーん、まぁいいや、今はありがとうとだけ言わせてもらうよ」
スオーさんの中の世界の常識は一体どうなっているんだろうと思いながらも今はその言葉に甘えておくことにした。
「この3人は、そうだなぁ、僕らのパーティ拠点の屋敷に移すことにするよ。そういえば今更だけど、クレイとヴァイスだけじゃなく5人もなんて、一体どうやって運んだの?」
「これですね」
部屋の空いていたスペースにいつの間にか見慣れないものがあった。
さっきまでは確かに何もなかったはずだ。
それは謎の銀色の金属で出来た荷車を二段重ねにしたような何かだった。
「えーと、荷車かな?」
「ストレッチャーって言うんですけど、5人乗りを急遽作ったんで、さすがにこれはもう荷車でいいのかもしれませんね」
「急遽作った、ですか」
山積みになっている疑問がそろそろ雪崩を起こしそうだ。
「えぇ、そんなに難しい構造ではないですよ。それより、この事を知っている人は少ない方が良いでしょうから、場所を教えてもらえればお運びしますよ」
「何から何まですみません」
「いえいえ、でもやっぱり夜を待ってからの方が良さそうですかね?」
「夜は夜で出入りが厳しくなるからね。むしろ荷馬車に偽装して今のうちに出してしまった方が良いかもしれない。出来るだけ人払いもしたいから、一旦部屋に戻ってプレッタ達にも手伝ってもらおう」
「分かりました。リエリィさんの魔力もそろそろ限界のはずですし、あと、3人のお世話をお願いする人も相談しないといけないですね」
スオーさんは事を成すのに必要な事や根回しを次々に先導して言ってくれる。
父上に仕えている執事長のバーナードさんみたいだなと思った。
△ ▼ △ ▼
執務室に戻るとリエリィの顔が真っ青になっていた。
「ただいま、って、リエリィ大丈夫?」
「えぇ、ただの魔力切れです。すみません、今回はやり過ぎてしまいました。ですが、消費魔力の感覚をリディアさんが教えて下さいましたので、次回からはもうご迷惑をお掛けしないように致します」
横でスオーさんが辛いよね、それ、と同調している。
スオーさんでもうっかり魔力切れになっちゃうこともあるのか。
「無理しないようにね、辛かったら長椅子の方で休んでて良いからね」
「いえ、もう大分マシになってきましたので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。それで、見て頂けましたか?」
どう見てもまだ辛そうだけど、クレイのあの姿を見た後じゃ、何の意味も無くても、少しでも自分も痛い思いをしたいと思うのかもしれない。
僕だって可能ならあの痛みだけでも代わってあげたい。
だから、その事には触れずに話を進めた。
「うん、どうなるかは分からないけれど、やれるだけのことはやろうと思う。それでまずは人目の付かない場所に移そうと思って相談に戻ってきたんだ」
「私達の拠点が妥当でしょう。そうなると思いましたので、既にプレッタには事情を説明しておきました」
「さすが僕の敏腕秘書だね。仕事が早い。今からスオーさん達に手伝ってもらって移そうと思うんだけど、寝たきりの彼らの面倒をプレッタかリエリィのどちらかに見てもらいたいと思ってるんだ」
リエリィは少し考えて、別の問題を振った。
「そちらも人が必要ですが、クレイも定期的に看なければいけません。さすがに、あの状態を他の人の目に入れるわけには……」
「そうだね、そっちもある。でも僕もあと数日はどうしても時間が取れない日が続く。本当は今日もそろそろ行かないといけなくって。3人を城の外に出すまでくらいが限界かも」
「役割分担だけは決めてしまわないといけませんね。それに、いつまで続くかも分からないですから、1人で看続けるというのも無理があるでしょう。少なくともそれぞれに2人ずつ」
リエリィが考えながらそれを口に乗せていく。
人手が足りない。
だけど、なるべく秘密を広げたくはない。
自ずとボク達の視線はスオーさんに向かう事になった。
「あー、やっぱりそうなりますよね」
スオーさんは眉をへにょんと下げて、困った顔をリディアさんに向けた。
「な、なによ? やめてよ、私がスオーに命令してるみたいに思われちゃうじゃない。働きたくないって言ってるのはスオーなんだから、自分で決めなさいよ」
「あはは、ごめん。僕の我儘なのにね。アリアさん達には手紙を出しておくから、しばらくいいかな?」
「当たり前じゃない。こんな状態で放ってきたなんて言ったらグレアさんに怒られちゃうわ」
「それもそうだね。リエリィさんの頑張り次第だけど、クレイさんの方は早ければ2日、長引いても5日あればいけると僕は思ってる。クレイさんが回復するまではお手伝いするって事にしておこうか」
スオーさんが手伝いの期限を区切る。
リディアさんもそれでいいと頷いた。
「スキル1つか2つ分ってことね。2つ目ならまだしも、3つ目はもうクレイさんの方が保たなーー」
「リディア!」
スオーさんの咎める声にビクっとしたリディアさんがハッとして、しゅんと項垂れた。
「ご、ごめんなさい。私も問題ないです」
そういう事だったのか。
スオーさんはさっき、頑張って新スキルを手に入れてもそれがどのスキルになるかは予想が付かない、と説明してくれたはずだ。
にも関わらずリエリィなら1つか2つ分頑張れば目的のスキルが手に入ると自信有りげに言った。
完全に矛盾している話だ。
逆だったんだ。
クレイの方がそこまで保たない、だから逆にそこまでに手に入れるしかなかった。
ボク達が希望を失ってしまわないように、あえて安心させるように振る舞った。
そして、万が一の時には絶望と怒りの矛先が自分に向くように。
どうやら不思議だらけで出来ているこの黒髪の青年はどうしようもないお人好しらしい。
リエリィも察してしまったようだ。
少しは良くなってきていた顔色もまた戻ってしまったように感じる。
「リエリィ、大丈夫だよ。リエリィならきっと出来るし、クレイだってそんなにヤワじゃないよ」
「えぇ」
そう、もうやるしか無いんだ。
「それで、それぞれを看てもらう担当なんだけどーー」
「僕はクレイさんを看ます。リディアは3人の方でお願いします」
スオーさんがまず希望を言った。
リディアさんにあの状態のクレイを見せたくないと思うのは当然だろうし、ボクもクレイの方はなるべくもう一度見てしまった者だけで対応してあげたかった。
そちらの2人の配置には異論は無い。
だけど……
「うん、そうしてもらえると助かるよ。クレイの方は僕も手の空いた時間は担当させてもらうつもりだけど、こっちは3人の方と違って夜も通しで看なきゃいけない。やっぱりもう1人必要だと思う」
リエリィが当然自分が担当する、という強い目線を送ってくる。
ボクはいろいろな事を頭の中で天秤にかけた。
「あと1人はプレッタにお願い出来るかな?」
「分かりまーー」
「ダメです。クレイは私が看ます。レオン様」
「ダメだよ。リエリィ。クレイもリエリィもお互いに辛い思いをする事になる」
クレイから見れば、目の前に食べてはいけないご馳走をチラつかされるような事になるし、リエリィにとっても、自分を求めて傷付く相手に何もしてやれない時間は自責の念が募るばかりになるだろう。
「だとしてもです!」
青白い顔に絶対に譲らないという強い意志を乗せてボクを睨みつける。
リエリィは責任感が強過ぎるよ……
ボクはリエリィにもクレイにも傷付いてほしくない。
なんとか説得で退いてくれないだろうか。
説得方法を考えながら黙り込む。
「一刻も早く多くの新スキルを取得するには、手に入った瞬間にスオーさんに教えて頂くのが最速です。ですから、私はスオーさんとセットで動く必要があります」
ボクが説得方法を思い付くより先にリエリィがボクを説得しにかかってきた。
「それに、今のクレイの姿はプレッタには見せられません。クレイ自身も出来る限り見られる人数は少なくしてほしいと思っているはずですし、若い女性ではトラウマになってしまいます」
自分だって若い女性じゃないか。
ボクはまだ黙っている。
「何故ですか……レオン様。私なら大丈夫。クレイを助けたいんです」
リエリィが地下牢から離れる時のような泣きそうな顔になってくる。
「傷付くことになるのは分かっています。でも、それでも私がやらなきゃ、あんなに、あんなにクレイが私を呼んでるのに。何もしないなんて出来ないんです!」
「リエリィ……」
「……あの時居たメンバーの中では私が一番身近だったから。だから対象になっただけで、あんなに激しく私を求めるのはただ、呪いにあてられているだけだとは分かっているんです。分かってはいても、あんなに必死に、ぅぅ、あんなに必死に私を呼んでくれるクレイに、少しでも力になってあげたい。そう思うんです」
リエリィの切れ長の整った目から雫が溢れる。
「あーーーもうっ、分かったよ。リエリィ。どうせ最初から口論でボクがリエリィに勝てるわけがないんだ。でも、ボクとスオーさんとリエリィ、ちゃんと3人で回すからね! 無理しちゃダメだからね!」
「はい」
そういえば、こんなに感情的になっているリエリィは初めて見たかもしれない。
不謹慎だとは思うけれど、クレイ、これは脈ありかもしれないぞ?
「じゃあ、プレッタは3人の方を頼むよ。そっちは食事時に薬を飲ませてあげるだけだけど、忘れずに頼むよ」
「承りました。それよりも私はレオン様がリエリィ様も私も無しで公務をしくじらないかが心配です」
「うっ、す、数日くらいなんとかなるよ!」
その後、僕らは手分けをして人目を避けながら城からプレッタとリディアさんと荷車を送り出した。
プレッタは戦闘には参加しないけれど、[セイクリッドブレイブ]の正式なメンバーだ。
遠征の準備や糧食の段取り等を担当してくれており、実際に彼女がいないとパーティはまともに活動出来ない優秀な人材だ。
屋敷の3人のことは任せてしまって大丈夫だ。
2人を見送った後、ボクはざっとリエリィに指示を出し、かなり遅刻して予定していた領主との会食に入った。
スオーさんは僕の客人として客室を使って貰いたかったのだけど、あいにく領主会議が終わるまではどこにも空きが無かった。
外の宿屋に泊まったのでは夜の当番が出来ないから執務室に泊まらせてくれと言ってきた。
執務室には固い長椅子くらいしかないので、寝具の調達をリエリィに頼んでから領主との会食に向かったんだけど、戻ってきた時にはスオーさんの自前だという柔らかそうなベッドが衝立付きでセットされていた。
今更もうこのくらいでは驚かないぞ。
触らせてもらうとそのベッドの寝心地は王族御用達の職人が仕上げた最高級のベッドの10倍は素晴らしかった。
やっぱり驚かされた。
△ ▼ △ ▼
僕が会食に入っている間にスオーさんが一度クレイを見に行ってくれたらしい。
丁度鉄格子の音がだんだん弱くなって、気絶するタイミングだったらしい。
回復薬を飲ませて、全身に振り掛け、その後着替えをさせて床の掃除までしてくれたらしい。
スオーさんは全く目を覚ます気配が無かったから出来たと言っていたけれど、リエリィには牢の外から出来る事以外はしないように釘を刺しておいた。
着替えはボクとスオーさんの時だけで充分のはずだ。
実際に次にボクが治療をしてあげるときにはもうボロボロになってしまっていたので、毎回着替えをさせてもあまり意味が無さそうだった。
クレイは大体2時間に一度、30分程気絶してはまた苦しみだすというペースのようで、ボクの用事で多少入れ替えはあるものの、ボク→スオーさん→リエリィの順で担当した。
3人なら自分の回が終われば次は7時間後だけど、これがもし2人だったら4時間半毎に順番が回ってくることになる。
一番辛い思いをしているのはクレイ自身なので泣き言は言えないけれど、スオーさんが引き受けてくれて本当に助かったと思った。
翌日の昼過ぎ、僕が会談を終え、夜の会食までの間、執務室には3人が揃っていた。
「あと30分くらいしたらまたクレイを見にいってくるけど、替えの服ってまだあったっけ?」
「さっきプレッタさんが大量に持ってきてくれましたよ。何も伝えて無かったはずですけど、朝から買ってきてくれたんでしょうね。リエリィさんといい、レオン様の周りには優秀な人が揃っているんですね」
「ふふん、ボクの教育の賜物さ!」
「解詛。はぁーはぁー、ふぅー、レオン様、プレッタも私もレオン様からご指導頂いた覚えはありません」
「そんな息を乱してまで突っ込まなくていいんだよ!」
いつも通りとも言える馬鹿話だったけれど、なるべく空気が重くなってしまわないように皆が気を付けていたんだ。
リエリィのスキルの一つ目が派生したのはその時だった。
「おや、あー、うーん、リエリィさん、ストップです。予想よりかなり早いですが、スキルが派生しています」
「本当ですか!」
「はい。本当ならおめでとうございますと言えるはずなんですが……」
「いえ、そんな事は後からで良いです。反応で分かりますが、結果をお願いします」
「新スキルは[治癒]です。僕はあまり教会に行かないものですから、僧侶系のスキルに詳しくないのですが、名前からすると[治療]の上級スキルでしょう」
そう言って、何処からか取り出したナイフでビシッと腕の肘辺りから手の甲にかけてを大きく切り裂いた。
「グゥアッっづっ! すいません、ちょっとクレイさんの傷の見過ぎで感覚がズレてました! めちゃくちゃ痛いんで早くお願いします!」
「は、はいっ!」
リエリィが急いで意識を集中する。
あの傷なら、使用者の腕次第だけど、[治療]1回では普通は治し切れない。
ただの[治療]ではなく、上級術式であることを最短時間で確認する為に無茶をしてくれたんだろう。
「治癒」
リエリィの手元が青白く光る。
その光で傷口に触れていくとすぐに傷が塞がっていく。
腕全部の傷を治すのに5秒もかからなかった。
「す、すごいな」
ボクは思わず迂闊な声を出してしまった。
「でも、これじゃないですね」
「ありがとうございます。そうですね。[治療]の上級術式で間違いなさそうです。解呪を兼ねているという可能性も無いでは無いですが……」
「望みは薄いですね。念の為、次のレオン様の番に同行して試してみます」
リエリィの顔が固くなった。
「リエリィさんはすごく頑張ってます。僕の予想では明日の朝くらいのはずでしたから、本当にすごいですよ」
「…………。ありがとうございます。でも、いくら短縮しても3つ目はかなり遠いんですよね……」
「3つ目、ですか」
「スオーさんの見込みで構いません。どのくらいの時間が掛かるのか、教えておいて頂けませんか?」
リエリィはかなり思い詰めているみたいだ。
一番頑張っているのはリエリィだ。
ボク達と同じようにクレイの当番をこなして、魔力のあるうちはスキルを使い続けて、ボクが困らないように通常業務もしっかりこなしてくれている。
「あくまで僕の身近な少人数の経験とリエリィさんの頑張りを加味しただけの計算なので、確かとは言えませんが」
「構いません、お願いします」
「今回、リエリィさんが取得されたのが通算4つ目のスキル、[解詛]を初めて使ったのが昨日の夕方」
スオーさんが目を閉じて計算をしている。
「2つ目のスキルが3日後の昼、3つ目は10日後の夕方でしょうか。4つ目からは月単位の時間がかかると思って下さい」
「10日……」
正直に言うと、絶望的な数字だった。
クレイは昨日より明らかに細くなっていたし、あの奇跡のような回復薬でもっても治し切れない傷が既に見え始めていた。
気絶をしている短時間に、しかも起こしてしまわないようにそっと治療しなければならない。
それに、回復薬で強引に治療するのには限界があるんだろう。
ゆっくり安静に療養させて内側から自力で治療する時間が必要なんだと思う。
10日はあまりにも遠過ぎる。
3日後のスキルがラストチャンスだ。
「次のスキルに期待します」
それだけ言うと、リエリィはまた[治癒]の習熟に励みだした。
その表情は絶望と焦りではなく、決意に満ちていた。
必ず自分がクレイを救うと、その目が語っていた。
△ ▼ △ ▼
その日の夕方、ボクは父上から召集がかかって、兄上達とダンジョンでのことについて事情聴取を受ける事になった。
リュース兄上の雇ったメナスが実は魔人だったなんて誰にも予想出来るはずもない事だったし、兄上に責任があるとは思わない。
だからクレイ達が酷い目にあったとはいえ、ボクとしては一言詫びてもらえればそれで充分だと思っていた。
だけど、兄上は詫びるどころか、ボクの話は全部でっちあげだと批判して、王位の為にボクが暗殺者を仕向けたと言い始めた。
それどころか、ボクがクレイにカールさんの暗殺を指示したとまで言われた。
あの優しいクレイが、今もリエリィを傷付けない為に苦しみ続けているクレイが、そんな事をするはずがないじゃないか!
ボクは怒った。
全部が根も葉も無い言い掛かりの上に、ボクの大切な仲間達を貶めるリュース兄上は許せない。
元々リュース兄上はあまり人に好かれる性格をしてはいないし、ボクもなるべく避けるように生活をしてきたけれど、今回の事でボクは完全に頭にきてしまった。
クレイのことがあって、普段よりもかなり衝動的になってしまっている自覚はある。
あるけれど、許せなかった。
客観的な話をしても、全く話にならない兄上に父上が見切りをつけて退室を促した。
「そこまでだ。もう良い。ルイス、リュースと共に下がりなさい。私はレオンに話がある」
絶対に許さないと睨み続けるボクを上から見下ろすように一瞥して兄上は出て行った。
それでも怒りは冷めやらず、出ていった後の扉を睨みながらフーフーと鼻息を荒げていると父上が謝罪してきた。
「すまなかったな、レオン」
「父上は何も悪くないですよ!」
「いや、私が育て方を間違ってしまった。いつの間にあのような人の話を聞かない愚か者になってしまったのか……」
「リュース兄上は元々あんな感じですよ!」
ふぅぅーーっと鼻から息を吐いて一旦自分を落ち着かせる。
「王位継承の件についても、アレがしっかりしておれば兄弟同士で争わせるようなことはさせるつもりはなかった、アレが自分を省みて発奮してくれれば、とそう思っての事だったのだ。お前とルイスには迷惑をかけてしまったと思っておる」
「別にボクは王位になんて興味はないですから、ドラゴン討伐なんて何も着手してないからいいですけど」
「なっ、そ、そうなのか? いや、それはそれでどうなのだ」
おっと、これは秘密だった。
話をすり替えよう。
「ルイス兄さんの方は流石に兄上を王にさせるのは良くないって責任感で動いているみたいですけどね。元々王様になりたいなんて思ってるのは兄上だけです」
「それは確かにそうであるな。そうなるように教育してきたつもりだ。お前達が大人になった時に争う事無く、皆で長兄を支えていってくれるようにと」
「その長兄があんなだから、こんな土壇場になって無理矢理争わせることになってしまったと。はぁ、これじゃクレイもカールさんも報われないよ」
「そう、土壇場だな。明日にはお前の[勇者]の公表も控えておるというのに。本当にすまんな」
そう、明日がやっと領主会議だ。
今日までは予定でいっぱいだったけれど、終わった後は[勇者]の件でボクには面会依頼が殺到して大変な事になるから、逆に今年は一律に全ての面会依頼を拒否することを父上にも了承してもらっている。
やっと公務生活から解放されるのだ。
「[勇者]の方も別に今すぐどうこうって話じゃないですから、構いませんけど、悪いと思うならもう少し兄上をどうにかして下さい。これじゃやっぱりカールさんは返せないです」
「む? カールは死んだのでは無かったか?」
「えぇ、死んでいたらしいです」
「死体を回収してきたという話か?」
せっかくの機会なので、父上には事情を説明しておこうと思ったのだけど、そこではたと困った。
どうやって説明したら良いんだろうこれ。
「近いですが、少し違います」
「分からんな」
「えぇ、分からないですね。ボクにとっても意味が分からないことがたくさん起きているんです。口で言っても信用して頂ける自信が無いので、これから何箇所かご同行頂いても良いですか?」
大体原因はスオーさんだけど。
「いや、すまぬが。メナードリッヒ伯爵との会食が控えておる。その後ならよかろう」
ボクも会食があるんだった。
忘れていたわけじゃないよ。
悪いのはボクのスケジュールを逐一確認してくれないプレッタとリエリィだ。
…………。
何の問題も無かったという涼しい顔で続けた。
「お忙しいのにすみません。では会食の終わる頃、お部屋に伺います」
「うむ。早めに済ませるとしよう」
やめてくれ、ボクが遅れちゃう。
その後、最速で会食を終わらせたボクは父上を地下牢と医務室、それからパーティ拠点に連れて行き、クレイ、ヴァイスと、カールさん達3名をみてもらった。
ずっと悲痛な面持ちで付いてきてくれた父上はボクの言葉を全て信じてくれた。
客観的に見れば、ボクでも全ては信じられないような話が多いと思うんだけれど、父上は勇者の周りで起こる事だ、そういう事もあるだろう、と否定の言葉は何一つ出さず、しばらくは全てを秘匿すると約束してくれた。
これが本当の王の器だよ、兄上、と心底思った。
ボクにも王様は無理そうだ。
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