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26話 親友を救う鍵①

 ボクの名前はレオン。

 一応、国の王子ってことになっているから、王族であるボクには長ったらしい名前があるけれど、ただのレオンで充分だ。

 ボクはそんな肩書きなんて無くてもボクだ。




 王子なんて正直自分には向いてないと思う。

 それでも生まれついてしまったものは仕方がない。

 父上のことも母上のことも大好きだし、あまり失望もさせたくはないから、それなりに王子としての公務もちゃんとやってるつもりだ。


 だけど、今日は本当は城から出たかったんだよなぁ。


「はぁー、クレイ達は今頃楽しくダンジョン探索してるんだろうなぁー」


「左様でございますね。しかし、ダンジョン探索が楽しいなどと表現されるのはレオン様以外に聞き及んだ事がございませんし、王子としての大事なお役目もございます。またフラフラと勝手にいなくなられないようお願い致します」


 ボクが溜息を吐くと、傍らに控えてくれていた侍女のプレッタが窘める。


「はぁぁ、ボクももう子供じゃないんだから大丈夫だよ。それで、プレッタの本音は?」


 すんと澄ましているプレッタにボクは悪戯顔を向けて聞く。


「レオンもクレイもあなた達はいいじゃない! そうやって好き勝手に遊べるんだから。私なんて勝手に城から出たらお折檻じゃ済まないんだから」


 いーーだっと歯を出して怒るプレッタ。


 プレッタはボクが5歳の時に彼女の母親であるメリーナさんに連れられて城にやって来た。

 最初はメリーナさんがボクの侍女だったんだけど、クレイと一緒に3人で同歳の子供同士で遊ぼうって仲良くしているうちに何故かプレッタがボクの侍女になっていたんだ。

 だから侍女と言っても3人で幼馴染の僕達の間には遠慮が無い。


「ははは、メリーナさん、厳しいもんねー。今度の休みにまた3人でどこか遊びに行こうよ」


「どうせ昔と変わらない魔物退治ごっこでしょ? あなた達ばっかり強くなっちゃって。私はもう追いつけないんだから無理しなくていいわよ。私にだってあなた達以外の女の子の友達くらいいるんだから」


「はは、もうごっこじゃないけどね。まぁでも魔物退治はクレイとやっとくよ。それより城下町で美味しいお菓子のお店があってさー」


 すっかり拗ねてしまっているプレッタのご機嫌取りをしようとしているところにドアを叩く音が割り込んだ。


 コンコン


「どうぞ」


 スッとお仕事モードに戻ったプレッタが扉を開けてくれる。


「失礼します。急ぎの要件につき、このまま報告させて頂きます」


 騎士が部屋に少し入ったところから直立で話し始めた。

 これはあまり良くない知らせだ。


「クレイ様達が戻られました。ですが、クレイ様とヴァイス様は意識不明。リエリィ様はご無事ですがずいぶん憔悴しておられます。現在、運び込んだ冒険者2名と共に医務室で治療中です」


「なんてことだ。すぐに行く」


 僕が駆け出して、部屋を飛び出すと神業のような速さで戸締まりをしたプレッタも後ろからついて来た。




ーー医務室ーー


バンッ!


「騒がせてごめん! クレイ達は?」


 扉を開けるなり当番に詰めていた衛生兵に問い掛ける。

 答えを待つまでもなく奥のドアが開いた一室に皆が寝かされているのが見えた。

 ボクの声に反応してリエリィだけが上体を起こしてきている。


「リエリィ、無事かい?」


「えぇ、私はなんということも無いです。ですが、2人は……」


 未だ目を覚まさない2人を見る。

 部屋の外からは見えなかったけれど、壁際に更に2人の男女が立っているのが目に入った。


「こんな場でのご挨拶となり申し訳ありません。今日の試験をお願いした銀級冒険者のスオウです」

「リディアです」


「あぁ、君達が……。ボクが[セイクリッドブレイブ]リーダーのレオスだ。あと、もう聞いているとは思うけど、ここの王子のレオンでもある。どっちでも好きに呼んで。そして、ありがとう。クレイ達をここまで運んでくれて。 代わって感謝するよ」


「いえ、当たり前のことです」


「それで、何があったか聞かせてもらえるかな?」


「もちろんです」




 スオーさんとリエリィが視点の違いを補いながら、たまにリディアさんが補足を付け加えて事のあらましを話してくれた。


「ダンジョンの奥で魔人か……。しかもリュース兄上の……。」


「えぇ、それで、お二人とも体の傷はほとんど治せたと思うんですけど、心や魂の方はどうなっているか分かりません。特にクレイさんの方はまだ呪いが掛かったままなので、起きた時の安全を思えば、ある程度拘束しておくべきだとは思うのですが……」


「本当にスオーさんには感謝してもしきれないですね。そんなすごい効果の薬を惜しまず使ってくれるなんてーー」


 それでクレイの方をどうしようかと言おうとしたところで丁度クレイに動きがあった。


「う、うぅぁ……」


「「「クレイ!」」」


 ボクとリエリィとプレッタが同時にクレイを呼んだ。


「うぅ、あ、あぁ? ここは? あぁ、助かったのか、私は」


「あぁ、本当に良かったよ、クレイ」


「すみません、心配をお掛けしました。レオン様、それに、プレッタとリエリィ……も、、、」


 クレイがリエリィに目線を向けた瞬間に動きが止まって、口がわなわなと震え始めた。


「まずいです。レオスさん、取り押さえましょう!」


 スオーさんが叫んでクレイに飛び付いた。

 リディアさんも後ろから腰を押さえにかかる。


「えぇっと」


 ボクがまごついている間にクレイの息がどんどん荒くなる。


「はぁっ! はぁっ! はぁっ! すみま、せんっ! レオン、さま! 抑えが! 効かないのです!」


 クレイが必死に自分と戦っているのが分かる。

 リエリィを見つめ続ける目は血走り、全身の筋肉が張り詰めている。


「ぁぁあぁああ!! 邪魔だ! 違う! ダメだ! お、お願いです! 牢に、今すぐ俺を牢にぶち込んでください!」


「クレイを牢に入れるなんて」


 どうしていいか分からないボクにクレイが叫ぶ。


「お願いしますっ! た、頼む! レオン! 俺はもうっ! リエリィを傷付けたくないっ!」


 そのままベッドから転がり落ち、土下座をするようにガツンガツンと頭を床に打ち付け始めた。

 クレイが、ボクの事を呼び捨てにしたのなんて、一体いつ以来だろう。

 主従関係のクレイとしてでは無く、大切な親友からの必死の頼みだった。

 即座にボクは心を決めた。


「分かった! 処理はボクがなんとかする。行こう。歩けるか? クレイ」


「すま、ないっっ、ぐぅぅ」


 立ち上がり歩こうと思うと、なぜかその足はクレイの意思に反してリエリィの方へと向かってしまうようだ。

 いや、クレイの意思の通りに、か。


 ボクとスオーさんで肩を貸して地下牢へ向かった。



   △   ▼   △   ▼



 口下手で無口な上に仕事中は表情まで繕ってしまうクレイだから、その事に気付いたのはプレッタだけだったんだ。


 喜べ! クレイ、すごい美人を連れてきたぞ、なんて言ってボクがリエリィを側近に引き込んだのはもう4年も前の事になる。

 

 初めのうちは無理矢理連れてこられたリエリィは酷く困惑して固い表情をしていた。

 それがいつからだろうか、リエリィがあまり口を開かないクレイにボクよりたくさん喋りかけ、だらしがないボクや、いつまでも喋り方の汚さを直す気の無いヴァイスに困った顔で注意をしてはやれやれと楽しそうに笑ってくれるようになったのは。


 きっかけはクレイだったと思う。

 いつまでも固い顔で馴染めないリエリィにどうしても伝えたい事があると言って、僕が出て行った後の執務室に残って、下手っくそな言葉で辿々しく一生懸命に喋り掛けていた。

 もちろんボクはこっそり覗いていたけれど。


 内容は、リエリィがここに連れてこられたのはボクが酷い目に遭っていたリエリィを救い出す為にやった事だ、とかそんな事だったと思う。

 まぁ、そういう気持ちもあったけれど、3割くらいだ。

 7割はやっぱり美人だったからで、しかもクレイの好みバッチリの歳上の知的なお姉さん。

 2人がくっ付いたりしたら仕事中にクレイをからかって楽しくなるだろうなとか、そんな下心だったんだ。


 リエリィが心を開いてくれるようになったのは僕のそんな3割程度の建前じゃなくて、クレイの下手くそな説得の一生懸命さが心に届いたお陰だったんだと思う。


 ボクが出歯亀なんて真似をしていたのはクレイが僕の思惑通り、このタイプドンピシャのお姉さんに惚れて愛の告白でもしてくれるんじゃないか、と期待してのことだったから的外れな説得が始まった時には何やってんだとヤキモキしたものだ。


 けれど、ボクの思惑は外れてしまい、それからの2人はただの仕事仲間だった。

 信頼し合える仲間ではあっても必要以上にプライベートに踏み込むようなことや、休みの日に何かをしているという空気も無かった。


 クレイの好みを読み違えてしまったかなぁとは思ったけれど、リエリィの側近としての能力は期待以上で、その働きに満足してしまったボクは次第に当初の目的を忘れていった。


 ちなみに今ではボクの事務仕事の7割はリエリィがやってくれている。

 いや、8割かも、9割? 全部ってことは無いと思う。


 それから2年くらい経ったころだったかな。

 なんのきっかけだったか、プレッタとの雑談の中で『最初はクレイをリエリィに惚れさせようと思ってたんだよ』なんて話をしていたら言われたんだ。


「何言ってるのよ、レオン。あれ、もう完全にベタ惚れじゃない。どっからどう見ても」


 って。

 もちろん一番2人を近くで見ているのはボクだから、いやいやいや、そんな感じどこにも無いよ? って反論したんだけど、返ってくる返事は『鈍感』だった。


 プレッタの勘違いだろうと思ってヴァイスに聞いても『そんな事ないだろう』って言ってくれたし、クレイに直接リエリィの事、どう思ってる?って聞いても『同僚だ』だったからやっぱりプレッタ1人の勘違いだってことにしておいた。


 でも、やっぱり正しかったのはプレッタの方だったんだね。



   △   ▼   △   ▼


 この牢は犯罪を犯した貴族を拘留する為の個室の特別製の牢だ。

 普段は使われていないので人目に触れる事もない。

 クレイを牢に運び入れて施錠をすると、クレイはお礼だけを言って、決して見に来ないでくれと頼んだ。

 僕らが見えなくなるとクレイの悲痛な雄叫びと、人間が出しているとは思えない鉄格子の衝撃音、それに泣き咽ぶようにリエリィ、リエリィと呼ぶ声が聞こえてきた。


 苦しみ続けるクレイにしてあげられることが何も無いボク達はせめてクレイの頼みを聞いてその場を離れた。


 医務室に戻るとリエリィとプレッタは寝台室の前に立っていて、執務室で話そうと促された。

 スオーさんとリディアさんにも同行をお願いしてボクの執務室へ移動した。

 ヴァイスの目覚める気配はまだ無いらしい。


「せっかくの金級昇格試験だったというのに、スオーさん達には申し訳ないことになってしまいました」


「いえ、あのタイミングでダンジョンに入ればどのみち避けられない事態だったと思います」


「だとしても、スオーさんとリディアさんが居てくれなければ私達の命は無かったでしょう。本当にありがとう」


 丁寧に頭を下げて心からの礼を言うリエリィを見ると、やっぱり美人だよなぁと思う。

 ボクの目は間違ってなかったんだ。

 クレイをなんとか助けて、あのカタブツの恋の手助けをしてあげなきゃ。


「スオーさん、お願いがあります」


「乗り掛かった舟です。あまり長く王都に滞在は出来ないんですが、出来る事なら」


「ありがとうございます。受けた恩も返せないうちから頼みを重ねてしまい、申し訳ありません。必ずお返ししますので」


「気にしないで下さい。あの魔人は僕達にとっても因縁のある相手でしたから」


 基本的には交渉事はスオーさんに任せているのだろうリディアさんも因縁の相手というところで眉を顰めていた。

 魔人相手に訳ありなんて、この2人が一瞬で金級までランクを上げてきたのも頷けるし、ボクには想像も付かない経験をしてきたに違いない。


「でしたら、今のクレイの掛けられている呪いについて何かご存知ではないでしょうか? あんな調子で暴れていては数日と保たないです、なんとか助けてあげたいんです」


「はい。僕はあの呪いの詳細を知っています。どうやって知ったかとか、そういうことをあまり詮索しないで頂けるなら、知り得る限りの情報をお伝えするつもりです」


 『冒険者なんて大体皆何かしら脛に傷を持ってるもんだ』冒険者になったばかりの頃に色々と教えてくれた先輩冒険者の言葉を思い出した。

 個人の事情に踏み入り過ぎない事が冒険者の心得なんだ。


「当然だよ。約束する」


「では、さっそくですが…………あの呪いの名前は[渇欲の呪い]。色欲の魔人メナスティニエが生み出した呪いで、これを受けた者は自身が恋愛感情を抱いている者に対して激しい、んぐっ、すみません。いわゆる性欲を抑えられなくなって、止められなくなるようです」


 スオーさんは何かを読み上げているような説明だったのが、何故か途中で顔を真っ赤にして解釈したような言葉に変えた。

 相当酷い用語が必要だったんだろうか。


「人間の限界を超える力が出せるようになってしまい、その痛みが性欲を倍増させます。そして、その性欲が満たされないと更に苦しみが倍増して、更に強く相手を求めるようになり、更にとループしてしまうようです」


「呪いにかけられた瞬間から既にめちゃくちゃ辛そうだったわよ?」


「どうなんだろうね。元々の思いの強さとか、我慢の具合とかも関係してるのかもしれないけれど、あの魔人に逃げられてしまった以上、聞き出す術もなくなってしまった」


「確かに、聞き出すチャンスだったのにね。解除方法も……」


 リディアさんが悔しそうだ。

 本人か、それとも身内に同様に呪いに苦しむ人が居るんだろうか。


「解除方法は分からないんですか?」


「すいません。それを聞き出そうと思ったんですが、さっき話した2体目の魔人に逃されてしまいました」


「そうですか……」


 ちなみに装備品が外れなくなったり、気分が悪くなってしまう程度の一般的な呪いは神職者の使う[解呪]のスキルで解除が可能だ。

 当然この方法は[解呪]を使えるリエリィが既に実践済みだった。

 結果は失敗だったらしい。


「ですが、リエリィさんなら、もしかしたらやれるかも知れません」


「え?」


「[解呪]ならスオーさんも見ている前で試したはずですが?」


 説明では色々とぼやかされていたけれど、リエリィもかなり酷い目に遭ったらしい。


 クレイの呪いの影響で受けたものだというからにはどんな事をされたのか、辛い想像がついてしまう。


 それでも、なんとかなるかもしれないというスオーさんの言葉にハッと顔を上げて、問い直す瞳は真剣で、クレイをなんとかしてあげたいと思ってくれているのが伝わってくる。


「えぇ、リエリィさんが使用されたのは[解呪]です。でも、[解呪]にはその上位スキルがあります。これが分かったのはリエリィさんのお陰でもあるんです」


「えぇと、上手く理解出来ませんが、火魔法にとっての炎魔法のようなものが[解呪]に存在しているということですか?」


「そうです」


 グッと身を乗り出したくなる衝動を抑える。

 頭の中にはスオーさんに聞きたいことが山積みだ。

 だけど、今聞くべきはそれじゃない。


「どうすれば、いいんですか?」


「まず知ってもらいたいのは、そうですね。今、クレイさんにかけられている呪いは上級呪術らしいです。それが何なのかはよく分からないんですが、おそらく[解呪]は下級術式に当たると思われます。[解呪]の上位スキルが上級術式に当たるのか、間に中級術式があるのか、それとももっと分かれているのかは分かりませんが、上級の[解呪]を使えるようになれば、あの呪いは解けるはずです」


「それが私に出来ると?」


「確証は有りません。ですが、やってみる価値はあると思います」


 スオーさんが妙にキメ顔で言う。

 自信があるという事なんだろうか?


「と言っても、一体何をどうすればいいのか」


「ちなみにリエリィさんが今認識しておられるご自身のスキルは[治療]と[解呪]ですよね?」


「えぇ、あなたには両方見せたものね。僧侶系のダブルスキルなの」


「リエリィさんは更に[解詛]が使えます」


「「!!??」 わひゃぁっ」


 今度こそ堪えきれずに身を乗り出してしまい、椅子から転げ落ちてしまった。


 椅子に這い上がりながら問い掛ける。


「スオーさん、あなたは一体……」


 とんでもない情報をサラッと出してくるスオーさんについ約束違反の問い掛けをしてしまった。

 スオーさんが気まずそうにリディアさんに視線を向けた。


「いいんじゃないの? この人、王子様らしいし、心配してるようなことにはならないんじゃない?」


「いやー、王子様だから怖いというか。まぁ、ここまで話しちゃったんだし、仕方ないか」


「あっと、いや、ごめんなさい。つい、どうしても気になってしまって。質問を撤回させて。スオーさんについて聞かせてもらえるのは嬉しいし、とても聞きたいんだけど、今じゃない。今は"なぜ"より、"どうやって"だ。止めてしまってごめん、先を続けてほしい」


 事実だとすれば、この世界の常識に疑問を抱かざるを得なくなる発言に一時動揺してしまったけれど、なんとか理性を働かせて今やるべき事に目を向け直した。


「その通りですね。わかりました。じゃあ、まずはリエリィさん、魔力をいつもより多めに集めて[解呪]と同じ要領で僕に使ってみて下さい。詠唱は[解詛]です」


「分かりました」


 リエリィが立ち上がってスオーさんに両手を翳す。

 しばらく意識を集中して……


「解詛」


 翳した手の平から優しい光の泡のようなものが飛び出してスオーさんを包んだ。


「すごい……」


「本当にすごいよ! リエリィ! これならクレイを助けられるかも知れない!」


「えぇ、こんな光見た事が無いです」


 驚きと喜びに溢れるボクらとは裏腹にスオーさんは苦い顔をしていた。

 リエリィの新スキルは何かまずかっただろうか。


「どうしたんですか? スオーさん」


「いえ、あくまで何の根拠もないただの感覚というか、勘ですけれど、これはおそらく中級ですね……。ですが、試さない手は無いです。さっそくクレイさんに試しに行きましょう」


 このスキルでクレイを救える可能性は低い、そう釘を刺されつつも、やれる事はやろうという事になった。




 リディアさんが何かを察するかのように『私はここで待つわ』と言うので、プレッタと執務室に戻ってもらい、地下牢には3人でやって来た。


 近付くだけですでにガァァアン! ガァァアン! と異常な音が響いてきて、枯れきった掠れた声が音もなく空気を振動させていた。


 一瞬、何かを思い出したかのようにビクッとリエリィの足が止まったけれど、グッと力を込めてまた歩き出した。

 ごめんよ、リエリィ、僕には見守ることしか出来ない。

 君だけが頼りなんだ。


「来たよ、クレイ」


 リエリィが優しく話しかける。


 クレイの声は既にヒューヒューという音しか出せないけれど、必死にリエリィ、リエリィと叫んでいるのが分かる。

 牢の中はあちこち身体を打ち付け、血だらけになっており、その床は血と、汗と、涙と、涎と、その……ズボンまで色々でグシュグシュになって全体が泥溜まりのようになっていた。

 クレイ本人はもはや見るに堪えない。

 たった30分足らずで、どうやったら人間はこんなにボロボロになれるのだろうか。

 爪の剥がれた血塗れの両手を必死に鉄格子から伸ばしてリエリィを掴もうとするその姿はまるで古い墓地に出る魔物、ゾンビのようだった。


「なるべく早く済ませてあげよう。クレイも見ないでくれと言っていた……」


 僕が目を逸らしながら呟くと、何も言わずリエリィは手の届くギリギリまで近寄り意識を集中していった。


 ガァァアン! ガァァアン! と鉄格子が悲鳴をあげる。


「解詛」


 先程と同じように光の泡がクレイを包み込み、やがて消えた。


 変わらず鉄格子が悲鳴をあげ続けている。


「…………失敗か」


 誰の口から出た言葉だったのだろうか。

 来る前に望みは薄いと言われていたけれど、この光景を見ると、僅かな可能性でも成功を望まずにはいられなかった。


「リエリィ、スオーさん、行こう。長居するべきじゃない」


「えぇ、でも……せめて[治療]だけでも」


「リエリィさん、今はやめておいた方がいいです。戻ってから話しましょう」


 スオーさんがリエリィの手を下ろさせた。


 ボク達は地下牢を後にするしかなかった。

 ガァァアン! と音がする度に泣きそうな顔で振り返るリエリィを見るのは辛かった。

 その奥で本当に泣き叫びながらリエリィを呼ぶクレイを見るのは死んでしまいたくなるほど辛かった。




 執務室に戻るとリディアさんとプレッタが待っていてくれたけれど、青い顔をしたボク達を見て、何も言わずじっと話し出すのを待ってくれた。


 誰しもが口が重い中、スオーさんが口を開けてくれた。


「あの状態ではまだ治療行為はしない方が良いと思います。体力が回復した分、また長く苦しむことになります」


「でも、それじゃあーー」


 リエリィが悲痛な声を上げ、それに分かってると頷いて


「治療を行うのはもう少し苦しんでもらって、意識を失うか、眠るかしてしまった後の方が良いと思います。少しでも身体を休めるにはそれしかないと思います」


 あの状態でどれだけ眠ることが出来るかは分からないけれど、と小さく付け加えた。


「それに根本的に呪いを取り除かなければ、どうにもなりません。リエリィさん、[解呪]の上級術式を必ず手に入れましょう! 全力でサポートします」


「えぇ、お願い」


 スオーさんが自分が行ったというスキルについての独自の研究結果を説明してくれた。


 その説明をまとめるとこういう事だった。


 スキルは現在所持しているスキルを使い込む事によって新たなスキルが派生し、取得することが出来る。

 その新スキルを使い込むことで更に新スキルをと、繰り返して複数のスキルを取得する事が出来る。

 スオーさんには本人を見ればスキルが派生したかどうかが分かる。

 新スキルは適性に沿った系統のものになる事が多いが、何が手に入るかは分からない。

 所持スキルが増えるほどに新スキルの取得までにかかる時間と労力は増えていく。


「つまり、私の場合は[解詛]を使い込んで、上級の[解呪]が手に入るまで繰り返していけば良いということですね?」


「そうです。3つのうち2つが[解呪]系のスキルですから、リエリィさんにはきっとその適性があります。ここから1つか2つ増やせばきっと手に入るはずです」


「凄いな、完全に世界の常識を塗り替える話じゃないか」


「ですが、安易に広めれば、良くないことになります。公言は控えて頂けると助かります」


「解詛」


「って、リエリィ、さっそく過ぎないかい⁉︎」


「クレイのあんな姿を見せられて、じっとなんてしていられません」


「そうだね。頑張るしかないか」


「レオン様、リエリィさんの魔力は全てスキル開発に回すべきですから、クレイさんの治療は僕達の方でなんとかしましょう」


「なんとか?」


「一応これでも薬師の端くれでして、よく効く回復薬なら大量にありますので、いくらでも使って下さい」


「解詛、はぁっ、はぁっ、ふぅっ、レオン様、その回復薬の効果は本当に素晴らしいのです。絶対に助からないと思ったヴァイスも奇跡のように癒やしてくれました。クレイの傷もきっとたちどころに治してくれます」


「そんなに凄い薬を大量に?」


「たまたま大量に溜まって泉になっていたので、ちょっと貰ってきただけですよ?」


「いやいやいや、そんな奇跡の泉があれば伝説にでもなっているはずだよ」


「一応、伝説にはなってたみたいですよ?」


 すっかり沈んでいたボク達だったけれど、それぞれにやれることが見つかり、それに進むことでなんとか持ち直した。


 リエリィがこのまま魔力の尽きるまで続けるつもりだというので、その間にもう一度ヴァイスとクレイを見に行こうかと思ったところでスオーさんから声が掛かった。


 「ヴァイスさんのところに向かわれるんでしたら、少し見て頂きたいモノがあります。一緒に良いですか?」


 ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

 お楽しみ頂けたでしょうか。

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 次話もご期待下さい。

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