23話 魔人の天敵③
「おそらく次のフロアあたりが15階層の最後のフロアだ。皆、準備はいいか?」
「「おぅっ!」」
「はい」
「突撃!」
剣を抜いた3人の騎士達が一斉に走り出し、真ん中で先頭を走るカールがフロアの入り口に差し掛かった瞬間に、両側を走る2人が前方にクロスするように光る小石を放り投げる。
小石は互いにすれ違いながら放物線を描き、フロアの中程に着弾する。
地面に落ちた衝撃で小石の持つ魔道具としての機能が発動しフロア全体を昼間のように煌々と照らし出す。
その光はフロア中央で悠然と待ち構える一体の魔物を照らし出した。
ーーヘッジホッグライカンーー
全身に毒針と強靭な筋肉を纏った二足歩行の狼人だ。
「防御陣形! 針には触れるな、攻撃はメナスに一任せよ。足を止めろ!」
カールが素早く指示を出す。
グルァァァゥゥゥ!
カールの声に応えるかのように魔物が吠え、身体をボールのように丸めて突進を開始した。
そこで私もフロアに走り着き、カールの背後から一歩横にずれ、一撃目を放つ。
「フレイムランス」
空中に生まれた炎の槍が向かって来る魔物を迎え撃つように突き進む。
丸めた身体の隙間から覗いた獰猛な瞳が迫る槍を認め、転がるように側方に飛び退く。
甘い。
飛び退くと同時に数瞬前に居たその場所に炎の槍が到着し、前触れなく爆散した。
ゴォォゥゥッ
と炎を撒き散らし、回避したはずの魔物にもその火の粉と熱が襲い掛かる。
咄嗟に顔面を庇うように出した左腕の肘から先が一瞬で消し炭に変わる。
グルァァァゥゥゥ!
驚きと痛みに魔物が雄叫びを上げる。
「いまだ!」
「「うおおおおお!」」
カールの掛け声で両側からダルトーとリケルが走り込み渾身の一撃を叩き込む。
2人はそのまま身体を丸めてその毒針と堅固な筋肉の鎧で身を守る魔物にこれでもかと剣を叩き付け続ける。
ガツッ! ガッ! ガッ! ガッ! とダメージが入っているのかいないのか魔物は体を丸めたまま耐える。
高い防御力で身を守る魔物の筋肉が一瞬グワっと膨らんだ。
「まずい! 離れろっ!」
カールの警告は間に合わず、2人が飛び退こうと重心を下げた瞬間、
ドパンッ
と、血飛沫と共に魔物の身体が爆ぜた。
一瞬視界が鮮血の赤で満たされ、飛沫が散った後、そこには全身から毒針を失い血だるまになった魔物と、それとは対照的に全身に毒針を浴び針だるまになってしまって倒れている2人の騎士がいた。
「っっ!」
グルァァァゥゥゥ!
カールが2人に声を掛けようとするが、
戦いはまだ終わっていない。
そう主張するかのような雄叫びが遮る。
魔物は硬い針の鎧を失ったものの、逆に重い枷を取り払いこれが狼人の本領だとでもいうように筋肉を膨らませ一歩前へ踏み出した。
狙いは己の左腕を奪った私だ。
「いけますっ!」
カールに魔力再準備完了の合図を送る。
私の前で魔物に立ちはだかるカールがクッと顎を引いた。
「アイツは必ず止める。頼んだ」
短くそう言ってカールは右手に持った騎士剣を振りかぶって魔物に投げつけた。
そしてその剣に追い付こうかという勢いで一気に距離を詰める。
魔物は飛来した剣を体勢を傾けることで難なくかわしたもののカールの予想外の速度と行動に反応が遅れ、肉薄を許した。
カールはそのまま組み付き、魔物の右腕を抑えにかかる。
魔物も負けじと肘から先の無い左腕でカールの体を押し返す。
カールは体を押されれば足を絡ませ、足を蹴られれば体を寄せ必死に魔物の抵抗を抑え込む。
ぐるぐると目まぐるしく入れ替わる体勢に私は狙いを付けきれない。
そして、魔物はカールの体を押し放し、いい加減に離れろと大きく口を開いてその牙をカールの肩口に突き立てた。
ぶしゅゅぅぅっと血飛沫が飛ぶが、カールは苦悶の声も漏らさず、むしろその頭を抱え込み、離せないように押し込んだ。
「メナス! やれぇぇ!」
それはその身ごと構わず撃てと、意志を込めた叫びだった。
「フレイムアロー!」
私の放った槍よりも貫通力に特化した炎の矢は見事カールの腕の隙間を縫い、魔物の脳天を貫いた。
△ ▼ △ ▼
「ぐっ、ぐぅぅぅぁ」
カールが力を失った魔物の牙を肩から引き抜き、その場に崩れ落ちた。
「カール様!」
私は急いでカールに駆け寄る。
「はぁっ、はぁっ、ぐぅぅ、わ、私は大丈夫だ。回復薬がある。なんとかなる。それより、ダルトー達だ」
苦しそうに肩で息をしながら腰の道具入れからポーションを取り出し傷口に振り掛け、残りを一気に飲み込む。
「すまない、肩を貸してくれ」
少しだけ呼吸の落ち付いたカールに肩を貸してダルトー達の倒れている方へ向かう。
2人はもはや立ち上がる事も出来ないほど毒に侵されて憔悴しているようだったが、なんとかお互いににじり寄って毒針を抜きあっていた。
「無事か?」
「どこが無事に見えんだよ。へっ、解毒剤は飲んだがちっとも効いてきやがらねぇ。もう助かりそうもねぇな」
ダルトーはそう言って気丈に笑って見せた。
リケルの方はもう喋る気力も無い様子でふらふらとした手付きで毒針を抜いている。
「変わろう。メナスはダルトーの方を頼む」
それからしばらく2人の毒針除去作業を行い、更に私とカールの分の解毒剤を飲ませた。
受けた毒が多過ぎた。
2人分使っても進行を遅らせるくらいの効果しかない。
「残念だが、今回はここまでだ。これ以上無理に進んでも20層には到達出来ない。一刻も早くダルトー達を地上へ運んで教会へ連れて行かねば」
カールが悔しそうに私に伝える。
「そうさな、帰りもまた魔物だ。既に限界点を越えちまってる。むしろ、もう間に合うとは思えねえ」
ダルトーが冷静に自分を分析し、リケルもそれに頷いた。
「カール、俺達はここに置いていけ。お前ら2人だけならなんとか地上までーー」
「そんなことが出来るわけないだろっ!!」
カールが吠える。
予想はしていたけれど、残念な結果になってしまった。
20層に辿り着けなかったことに、ではない。
私にとってそれなりに気に入っている3人を、特に愛し合っているカールを、ここで始末しなければならなくなった事に、だ。
また作戦失敗であのカスのご機嫌伺いをしなければならないなんて耐えられそうにない。
そもそもがあまり気乗りのしない私の本来の仕事をさっさと終わらせたいのだ。
「そう……。ここまでなのね」
「あぁ、メナス、すまない。だがダルトー達をーー」
「フレイムボール」
リケルを焼き払った。
「「なっ⁉︎」」
何が起きたのか理解できず驚愕しているダルトーに杖の先を振る。
「何をしているんだ! メナス! 幻覚でも食らったか!」
動けないダルトーとの間にカールが割り込み剣を向けてくる。
「んふふっ、ほーーんとに残念なのよ? カール、あなたの事は本当に愛していたのだから。出来ればもう一晩か二晩、熱い夜を過ごしたかったわ」
「何を言ってるんだ、メナス! 杖を下ろせ!」
「あぁ、そうそう。魔晶石が要るんだったわ。炎魔法程度で壊れたりはしないと思うけれど、渡してもらえないかしら? ドラゴンなんて面倒だもの。後で私の魔力で染めておくわ」
「いや、分からない! 全然分からない。メナス、君は一体なんなんだ」
「うふぅ、そうよね。そうなるわよねぇ。大好きなあなたの恋人だものねぇ。本当はどんな人なのか、全部知りたくなっちゃうわよねぇ! あぁぁあーーん、やっぱりあなたいいわぁ、カールぅ」
熱く湿ってきた下腹部を押さえて足をモジモジさせて我慢する。
「君は、君はそんな声を出さないだろう、なんなんだ! 質問に答えろ! メナス!」
「んぅぅっ、いいわっ、愛しい恋人の最後の望みだもの。もちろん教えてあげる。私はメナスティニエ、魔王ファニムディート様より色欲の名を頂いた魔人よ。うふふっ、いくら私が可愛いからって監視担当がターゲットに恋なんてしちゃダメよ? カール?」
「なっ、ま、魔人⁉︎ 今まで私を騙していたのか!」
「騙すなんてっ、とんでもないわ! 私はあなたを愛してる! 今でも愛しているわ!」
カールの酷い言葉に傷付いた私はうるうると涙を滲ませながら反論する。
「いや、違う! そうじゃない! そうじゃない! 君が魔人だとしても、なんで! なんでリケルを攻撃した!」
「最初から殺すつもりだったのだもの。だってドラゴン討伐なんて貴方達には元々無理じゃない?」
「元から途中で切り捨てるつもりだったのかっ」
「そうね。あのカスがこんな面倒事を押し付けるから、こうなったのよ。仕方がなかったの」
「君はやはり最初から私達を……。私に、私に言ってくれた言葉も。気持ちも全て嘘だったのか。私の事を好きだと言ってくれたメナスも全て偽物だったのか!」
「これが本当の私よ。カール。それでもあなたを愛しているわ! 大好きよ! カール。そして、ごめんなさい」
杖の先に魔力が集まり仄かに光り出す。
「くぁぁあああっっ!」
最期の瞬間まで恋焦がれる気持ちを教えてあげることが出来ただろうか。
苦悶の声を上げ、剣を振りかぶり向かって来るカールに私が捧げてあげられる最後の愛情だ。
「フレイムボール」
カールは炎に巻かれ一瞬で炭になり、剣をその手から取り零した。
それでもゆらゆらと足を進めて私の胸に倒れ込んだ。
その腕は力無く、だけど、力強く私を抱き締めた。
私はカールの焼け爛れ、何も無くなった頭を優しく抱き寄せた。
「愛しているわ、カール。さようなら」
そう囁くと、カールは満足したかのようにそのまま崩れ落ちた。
煤けた塊になってしまったカールの胸の辺りを探る。
これは確か下の弟から貰ったと嬉しそうに話していた首飾り。
大切に胸元に戻してあげ、更に探るも魔晶石が見つからない。
「おぅーい、メナスさんよ。探し物はこいつかい?」
少し離れたところで石壁を背に座っているダルトーから声が掛かった。
その手には魔晶石が握られていた。
「あら? ダルトーさんがお持ちだったのですね」
立ち上がって、ダルトーに向き直った。
「あぁ、今日はカールには3人分働いてもらう予定だったからな。一番死んじまう可能性の高い自分より、俺にもっとけってよ。っと、いてて、ほらよ」
ピンと弾いて魔晶石を寄越す。
間違いなく本物の魔晶石だ。
「よろしいのですか?」
「あぁ、構わねぇよ。そもそも俺は王国に忠誠を誓った騎士だ。なんであんなクソ王子に義理立てしなきゃならねぇ。その石を持って帰ったところで、あのクソ王子が王様になんてなれるもんかよ」
はははっと乾いた笑いの後、
「さ、俺も始末しとかなきゃな? 悔いはあるが、あんたにゃ感謝はしてるぜ」
「感謝ですか?」
「あぁ、どのみち助からなかったんだ。あんたのお陰であのクソ王子の馬鹿みたいな命令で死ぬんじゃねぇんだ。人類の天敵である魔人に殺されたってんなら、俺も英雄の仲間入りってもんだ」
「よく分かりませんが、そういうものですか」
「そうだよなぁ? リケル」
返事などあるはずの無い黒い塊に問いかける。
「そういうもんだとよ。それと、カールのやつも、最後に何を言ってやったのかは知らねぇが、満足してたと思う。真っ黒で分からねぇだろうが、付き合いの長い俺には分かる、そういう顔だ、あれは。代わりに言わせてくれ、ありがとう。」
そう言って目を閉じた。
…………。
…………。
……。
……。
どんな状況でも仲間を思いやるこの男のことも、私は嫌いでは、なかった。
「フレイムボール」
消し炭が一つ増えた。
長い私の人生の中で、たくさんの人を愛した。
たくさんの人を呪った。
たくさんの人を殺した。
死に際に、私の手に掛かって死んでいく、その間際に感謝された事があっただろうか。
仮初の私の姿に恋をしたまま死んでいった者はいたが、本当の私を知っても抱きしめてくれた人がいただろうか。
私はしばらくその場に立ち尽くした。
決して泣いてなどいなかった。
私の頬は濡れてなどいなかった。
洞窟はただ無音だった。