22話 魔人の天敵②
ダナモラナムへの旅はとても楽しい旅になった。
旅程は一日野営、一日宿泊、一日野営、一日宿泊と、中継箇所の街とダナモラナムで宿を取り、間は野宿を交互に行う旅だった。
1日目、2日目は馬車の中でカールとお互いの話をした。
私は300年間人間に紛れて生きている。
人間の少女として話せるものも多い。
カールは仕事の事、家族の事をよく話してくれた。
仕事の事は騎士としての役目や、剣術の心得等、それからあの豚の苦労話だったが、カールの話し方は優しく分かりやすかった。
話一つの中にも例えや身振りを織り混ぜ、彼の知識の深さと観察力の鋭さを感じるものだったが、なにより私を楽しませようという気持ちを感じた。
家族の話では騎士団長である立派な父親の事。
優しく、不思議な幸運を持つ母の事。
そして、彼の愛する2人の弟と、1人の妹の事。
初日の途中で雨は上がったけれど、変わり映えのしない景色の馬車の中、カールはこの剣は父から貰ったものだ、とか、この帷子は上の弟から、この首飾りは下の弟から、と家族を心から愛しているのが伝わるエピソードを聞かせてくれた。
あぁ……家族愛、兄弟愛、それもとても美しい。
素晴らしい。
けれど、私がもっと熱くて美しい愛を教えてあげたい。
この真っ白なオトコノコを私の愛で染め上げたい。
2日目の夜にカールの部屋に顔を出すと、カールは喜んで夜の散歩に付き合ってくれたが、帰りは自分の部屋に押し戻されてしまった。
我慢の続く悶々とした3日目、4日目は私も少し限界がきていたし、カールも滾る若さを抑えきれないのか目がギラついていた。
4日目の昼にはダナモラナムに到着した。
到着した時にはもう、アダマンタイトタートルは討伐済だった。
けれど、もう豚からの指令なんてどうでもよかった。
4日目はそのままダナモラナムで全員休息日とし、翌日に王都に帰る事になった。
騎士達が解散し、思い思いに散った後。
その日の昼から翌日の朝まで、私とカールはずっと一緒に過ごした。
青くて激しい、真っ直ぐな愛だった。
帰りの工程もまた、一日野営、一日宿泊、一日野営だ。
雨も上がって4日目、ぬかるみが固まった事も手伝って馬車は軽快に進んだ。
私達も気持ちが逸って1日目は予定よりかなり進んで野営を張った。
2日目はすぐに中継の街に到着し、早々に宿に篭った。
言わずもがなだけど、翌日は少し遅めの出立となった。
その頃には私達の姿はは誰が見ても恋人に見えたと思うし、私もカールもお互いに恋をしていた。
他の騎士達は多少白い目は向けてくるが、カールについに春が来たか、と比較的歓迎気味の雰囲気だった。
一応私の監視という建前がある以上、表立ってその話題を出す者は居なかったが。
王都に帰り着いた私はさっそく、カールとのめくるめく蜜月を過ごそうと思っていた。
だが、あの豚のクソからの呼び出しのせいで邪魔が入った。
事が済んだら、あの豚のクソは肥溜めに流さねばならない。
豚のクソは呼び出しておいて、部屋の前で随分と待たせてくれる。
部屋の中では今回の旅に同行した騎士達からの報告が行われているはずだが、何故か激しく机を叩く音や人格を否定するような罵声が聞こえてくる。
やがてカールを含む3人の騎士達がゲッソリとした顔で部屋から出てきた。
私のカールにこんな酷い事をするとは。
肥溜めに流すだけでは生温い。
全身の骨という骨を砕き、皮という皮を剥いでから肥溜めに捨ててやる。
「メナスよ。よく戻った。無事アダマンタイトタートルを討伐せしめた暁には私自ら、其方を労ってやろうと思っておったのだが、残念であったな」
「リュース様の手を煩わせるなど、畏れ多くて私などには勿体無く存じますわ」
「ふふん、そう畏まらんでもよい。今回の作戦失敗は其方のせいではないのだからな」
カールとの時間を邪魔され、その上、カールに酷い事をされ頭にキている私の態度が作戦失敗に申し訳なさを感じていると思ったのか。
やはりクソ頭には肥溜めがお似合いだ。
「だがしかし、状況が悪くなったのは確かだ。父上にまだ動きは無いが、まもなく領主会議も始まる。今年は何かしらの大きな発表があると噂も流れている。会議が始まる前に! 何としても手柄を上げねばならん!」
あぁ、早くこのクソカスをミンチにしてやりたい。
だが、今はまだだめだ。
面倒な仕事を引き受けてしまったものだ。
「もはや手段は選んでいられん。メナスよ、前衛には騎士達を付ける。準備も整わぬような状況で悪いが、私の為に、ドラゴンを討ってくれんか?」
随分と『私の為に』を強調する。
まさか私がこのカスに惚れているとでも思っているのか?
思わせるように仕向けたのは私だが、虫唾が走る。
答えは決まっている。
「リュース様の御意のままに」
勝手にしろ、だ。
そこからそのまま休む暇もなく20層にグランドドラゴンが出現するというダンジョンへ向かう事になった。
せめて城で一泊してカールと睦み合ってからにしたかったのだけれど、仕方がない。
カール達はあのカスに時間がないときつく叱責され、作戦失敗の責任を取る形でドラゴンの相手をさせられる事になったらしい。
ダンジョンは王都の西門からすぐの薄い林に口を開けていた。
とは言っても20層まで行くには今からでは徹夜になってしまうだろう。
今日のところは進めるところまで進み、ダンジョン内の魔物が出ない場所で野営を行って、明日の朝から20層までアタックをかけ、そのままグランドドラゴンを討伐するという計画になった。
さて、どうしようかしら。
もちろん呪いを使えばドラゴンであろうと容易く倒す事ができる。
だけど、騎士達に呪いを使うところを見られるわけにはいかない。
カスに取り入る為に最初に見せた炎魔法は、私の元々のスキルを300年掛けて少しずつ育て、手に入れたものだがドラゴンを相手取るには足りない。
前衛としてカール達が私を守ってくれている間に後ろから炎魔法を放り込んで魔物を殲滅する。
私にとってはまどろっこしい手間のかかるやり方だけど、そうやって時間を掛けてダンジョンを進んだ。
15階層に到着した頃には騎士達はもう満身創痍になっていた。
「はぁっ、はぁっ、すまない。私達が不甲斐ないばかりに。メナス殿はまだまだ戦えるというのに!」
カールが詫びてくる。
「そんな、皆様が前で必死に守って下さるから私は戦えるのです。むしろ私にもっと力があれば……」
涙目でカールに抱きつく。
「メ、メナス。離れて。と、とにかく、今日はここまでだ。一晩英気を養い、明日、再度ドラゴンの待つ20層まで一気に抜く!」
「「おうっ!」」
「さぁ、メナスも休もう。たくさん魔法を使って疲れただろう」
少しの休憩の後、簡単な携行食での夕飯の時間となった。
「ところでカール様? ダンジョンでドラゴンを討伐しても、何も証拠となるような物は持ち帰れないと思うのですが、どうされるのですか?」
「あぁ、そうだね。メナスはコレを知らないか」
カールが懐から小さい魔石のような物を取り出した。
なるほど。
「それは?」
「これは一見ただの魔石だけどね。本当は魔晶石というアーツクライク王家に伝わる古代魔道具なんだよ」
「とても綺麗ですわね」
その魔道具は知っている。
知っているけれど、今の私は物知らぬただの少女だ。
「はは、確かに装飾品にも使えそうだね。でも、この魔道具は魔力を吸い取るんだ。メナスのような魔術師に持たせるわけにはいかないんだよ」
「そんなに綺麗なのに、恐ろしい石なのですね」
「まぁ、魔力のコントロールに長けた魔術師なら上手く使えるらしいから、メナスなら大丈夫かも知れないけどね。ただ、今回はこれをドラゴンに使うんだ」
「どうなるんですの?」
「ドラゴンくらいの強力な魔物の魔石には大量の魔力が篭っている。その魔石をそのまま持って帰る事が出来るなら、その大量の魔力こそがドラゴン討伐の証拠となるわけだね。だけど、今回はダンジョンだから、この魔晶石に魔力を移して持ち帰るんだ」
喋りながらもモソモソと齧っていた乾パンの最後の一欠片をゴクンと飲み込む。
そろそろ夕飯の時間も終わりだ。
「他の魔物から少しずつ集めることも出来るけれど。そんな不正が出来ないように、今回は出発直前に魔力を使い切った空っぽの魔晶石を渡されたわけだね」
「その石を満たせるくらいの大量の魔力さえ手に入れられれば、ドラゴンでなくても良いということですか?」
「陛下からの御指示はドラゴンクラスの魔物の討伐らしいから、そういうことになるね。さて、そろそろ休まないと。ダルトー、リケル、夜番の順番を決めよう」
カールが魔晶石を懐に仕舞い直し、他の騎士達に声をかけた。
「そうだな、俺達も疲れてるっちゃ疲れてるんだが、なぁ?」
「あぁ、こうも見せつけられちゃな」
「何を言ってるんだ? 2人とも」
ダルトーと呼ばれた方の騎士が遠い目をしながらカールの肩に手を置く。
「明日は命懸けの、いやおそらく命の無い戦いだ。あのクソ王子の我儘のせいでな」
リケルも寄ってきて円陣を組むように2人の肩に腕を回した。
私は仲間はずれだ。
「俺達はずっと耐えてきた。カール、お前がいたから俺達もここまで頑張れたんだ。その最期がこんな無謀な作戦になっちまうのは悔しい。悔しいが、俺は最後まで騎士の意地を通したい」
「何を言ってるんだ、2人共。俺達は勝つ! 明日も生き残って胸を張って城に帰るんだ」
「あぁ、そうだ。その通りだ。だが、せめてヤバくなった時に後悔しない準備くらいはしておきたいだろう?」
そう言ってダルトーが円陣の中からチラリと私を見た。
「だっ、ダメだぞ! 騎士として恥じぬこっ、行動を」
「あーあー、焦んなよ。仲間の恋人を横取りしたりしねぇよ」
「こっ、こいびとなんかじゃ」
「だからっ、最後かも知れねぇんだ。変な意地張ってんな! 俺だって準備する時間がありゃあ家族と過ごして、別れを済ませてから来たさ! だが、あのクソ王子がそれを許さなかった!」
「落ち付け、ダルトー。なぁ、カール。俺達は仲間だ。仲間が仲間の幸せを願って何が悪い。最後の時間を作れなかった俺達の分も、お前は遠慮すんなって言ってんのさ」
「し、しかし……」
「その代わり、逃げるのは許さねぇからな。死ぬ時は3人一緒だ」
彼らの肩で表情は分からないが、ダルトーがニカッと笑った口元だけが見えた。
その後もいくつか男同士の会話をして、カールが目元を赤くして戻ってきた。
「どうしたんですの? カール様」
「いや、なんでもないんだ。今日の夜番は2人でやるから、明日は俺が3人分働けってさ」
「…………。お優しい仲間なのですね。」
「あぁ、後ろを向いて耳を塞いでおくとまで言われたけど、流石にそれじゃ夜番の意味がないだろってね」
「うふふっ、カール様が宜しいなら、私は良いですよ?」
「メ、メナス?」
驚いているカールに飛び付いて熱い口付けをした。
少しだけ抵抗したカールもすぐに諦めて、情熱の交流を認めてくれた。
すぐに他の事は気にならなくなった。
私はカールの瞳だけを見つめ、カールは私の瞳だけを見つめ続けた。
後ろの2人には申し訳ないけれど、明日の作戦がどうなろうと今晩がカールとの最後の夜だ。
愛しい恋人との最後の時間を遠慮無く楽しんだ。
トントンっと固い靴先で肩を蹴られる感触で目が覚めた。
「ダンジョンの中じゃ時間なんてあってねぇようなもんだが、そろそろ外は夜明けのはずだ」
ダルトーの声だ。
「あぁ、すまない…………!!!! あぁっ! すっ、すまん!」
「ははっ、お若いこった。オッサンも予想以上に最後の夜を楽しませてもらえたわ」
ダルトーが遠慮の無い視線を私の身体に向ける。
どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
ニッコリと笑顔を返して服を着た。
カールも慌ててカチャカチャ音を鳴らして装備を整えている。
少し離れた所で哨戒をしていたらしいリケルが戻ってきた。
「ああ、起きたか。あのよぉ、遠慮すんなとは言ったが……、言ったがなぁ、いくらなんでもよぉ」
リケルの顔は少し眠そうだ。
ダルトーと交代での休み番の時間もあまり眠れなかったのだろうか。
「すまないっ! 本当に! 恩は必ず返す」
カールが頭を下げる。
「はぁ、そいじゃまぁ、生き残らないと、な!」
バシンっとリケルがカールの背中を叩いた。
「おぅっ!」
これが男同士の友情なんだろうか?
私は少し離れてその光景を眺めていた。
別れの前はいつも少し寂しい。
「メナス、いけるか?」
「えぇ」
私達は15層の奥のフロアに向かって進み出した。