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20話 勇者のお気に入り③

 例年よりも長かった雨が終わって、それから更に7日が経った。

 私達、金級冒険者パーティ[セイクリッドブレイブ]に冒険者ギルドから翌日実施される新規金級冒険者昇格試験の試験官の指名依頼が入った。

 受験者の2人は知らないだろうが、私達はこの日を楽しみにしていた。


「それで? レオスの見込み通りの連中だったら、試験なんてするまでもねぇ、余裕でクリアするだろ。その後、どうすんだ?」


 パーティの斥候担当であるヴァイスが私に尋ねてくる。


「見込み通りかどうかは俺が見極める。

 スカウトをする」


「だから、クレイ。言葉の間に繋ぎを入れなさいってば」


「むん、見込み通りと判断が出来れば、俺が彼らに話をして[セイクリッドブレイブ]に引き入れる。レオスには任せろと言ってしまっているからな」


「上出来よ。よく出来ました」


 パーティの回復担当であるリエリィはその役割の他に、喋り下手な私の会話の先生役も根気よく続けてくれている。


「おっ、久しぶりの『よく出来ました』じゃねぇか。ヘヘッ、良かったな、クレイ。けどよ、明日までに連中を口説けるくらい喋れるようになれんのか?」


「先生としてはちょっと、んー、かなり心配……かな?」


「試験の説明もある。

 やる」


「ちょっとプレッシャーかけたらコレだ。どうすんだよ? センセー」


 本来、渉外(しょうがい)は私の役割ではないのだ。

 その役割を持った[セイクリッドブレイブ]パーティリーダーが不在なのだ。

 努力は認めてほしい。


「まぁ、試験の説明は私達もサポートするとして、スカウトの方はもし失敗したら、レオスが半年はヘソを曲げかねないわ。無理せずにレオスのところへ連れて行くってことにしときましょう」


「そうしよう」


 なにせ、明日の受験生は多大な時間と労力を掛けてレオス自ら探し出したパーティメンバー候補だ。

 私の口下手のせいでダメだったなどと言えるわけがない。


 リエリィの言葉に同意することで肩の力を抜くことが出来た。

 一方で、リエリィに認められたくて陰で重ねた努力が報われなかったことで力の抜いた肩が更に落ちた。


「頑張ってたのは認めるわ。今回はまだだったけど、良くなってきてるわよ」


 表情には出さなかったはずだが、リエリィが慰めてくれる。

 よく気配りのできる優しい仲間に感謝した。




 翌日、三人で冒険者ギルドの打ち合わせ室に入ると、そこには鍛えてはいるのだろうが装備の上からは中肉中背に見える黒髪黒眼の少し頼りなさそうな雰囲気を持った青年と、ゴールドブラウンの髪をポニーテールに纏め、垂れ目がちな薄茶色の瞳をこちらに向ける女性がいた。

 女性の方は凛とした美人だが、冒険者として纏う雰囲気と相まって、垂れ目のはずの目が何故か吊り目のように感じる。


「本日は僕達の為にわざわざ時間を取って下さり、ありがとうございます。銀級冒険者のスオウです」

「リディアです」


「仕事だ。気にするな。金級冒険者パーティ[セイクリッドブレイブ]のクレイだ」

「ヴァイスだ」

「リエリィよ」


「俺達が今日の金級昇格試験の試験官を務める。[デュアルワンダラー]の二人で間違いないか?」


「「はい」」


 [2人のさすらい人]か、如何(いか)にも束縛を嫌いそうだ。

 パーティ名からは素直に他のパーティへの帰属に同意してくれるとは思えない、それにこうして顔を合わせて2人の強い意志を宿した顔付きを確認すれば、スカウトは難航するだろうことが予想でき、無理に責任を背負い込まなくて良かったと感じた。


「試験は街の近くにあるダンジョンの16階層への到達だ。オリハルコンタートルを討伐したとの情報も入っている。その実力が本物ならば、問題なくクリアできるはずだ」


 昨晩のうちにさんざん練習した言葉を口に出す。


「ダンジョンですか。僕達、ダンジョンに入るのは初めてなんですが、どんなところなんですか?」


 予想外というか、練習外の質問が来た。


「金級になろうというのにダンジョンが初めてか。

 魔物が多い。

 下に行くほど強い。

 罠もある。

 俺達は見てるだけだ」


 どうだろうか。

 リエリィは渋い顔はしているが、わざわざ割り入って話し始めないところを見ると、ギリギリ及第点らしい。


「はぁ、えーと、各フロアにある階段かなんかを魔物と罠に気をつけながら見つけて降りて行けばいいってことですかね?」


「間違いない。

 並の銀級では10層から下は無理だ。

 魔物が強い

 1層あたり早ければ10分だ」


「ということは、あまり広くはないんですね。それでも片道150分で5時間か、急いだ方が良いですね」


「普通は数日かける。

 俺達も準備はしている。

 見ているから好きにやれ」


「分かりました。じゃあ、早速試験会場まで連れて行ってもらっていいですか?」


「分かった」


 そう言ってダンジョンに向けて部屋のドアを出ようとした時に後ろから、リエリィが優しく肩をたたいて笑顔を向けてくれた。

 私の方はなんとか合格か。

 スオーの端的な質問と的確な解釈に助けられただけな気もするが、まぁいい。

 努力が報われる笑顔だ。

 頑張って良かった。



   △   ▼   △   ▼



 ダンジョンに到着すると、スオーとリディアは何の気負いもなくスッと中に入って行った。


 ダンジョン内は魔物が自然に湧いてくる。

 倒しても倒しても何度でも湧いてくる。

 どういう理屈かは分からないが、いつでもダンジョンの中には魔物が待機しており、その魔物達が侵入者を排除しようと襲い掛かってくるのだ。

 ダンジョンの魔物には何か特別な条件があるのか、発生した階層から移動することも、ダンジョンから外に出てくるということも基本的にはない。


 正式にダンジョンを最深部まで踏破したという記録は無いが、噂によると最奥の間には希少なアイテムが眠っているという。

 だが、それ以外に道中に宝物があるという訳でもない上に、倒した魔物の死体はしばらくすると消えてしまうので、その身体から獲れる魔石や肉等の素材も見込めないので、わざわざジメジメと薄暗く危険ばかりで旨味の無いこんな場所にやってくる物好きは少ない。


 その物好きとは強さを求める者達だ。

 実際の戦いの経験は他の何物にも変え難い成長の糧となる。

 その点において、ダンジョンというところは階層毎にある程度出現する魔物の強さが決まっており、準備を整えて戦うことが出来る為、自身の強さに見合った相手を選ぶ事が出来る良質な鍛錬場といえる。


 金級以上を目指す冒険者なら普通は一度や二度は鍛錬の為に立ち寄っているものだ。

 私達も何度となくこのダンジョンに足を運んでいる。




「へぇー、じゃあスオー君は斥候でも薬品使いでもなくて、そのエアガン?っていうので戦うんだ」


 壁に生えているヒカリゴケだけがぼんやりと薄暗く照らす洞窟の中にリエリィの声が響く。


 本来は松明なり、ランタンなりを持ち込んで視界を確保しながら進むものなのだが、本当に彼らはそんな基本すら知らないらしい。

 私達も今は試験官の立場である為、余計なアドバイスは出来ない。

 試験に関係の無い話題は先程からリエリィとヴァイスがあれこれと話しかけているが、彼等を補助するような話題はしっかりと避けている。


 やがて入口の光も届かなくなり、彼等はどうするかと思って見ていたが、明かりの事など気にする様子もなく進んでいく。

 私達には[気配感知]のスキルを持つヴァイスがいるし、罠の位置も把握している為、ほとんど危険は無いが……


 あまりに無防備過ぎる。

 確か、彼等は薬師と魔術師だ。

 斥候系のスキルはどちらも持っていないはずだ。


 彼等には期待していただけに残念ではあるが、万一の場合には試験を中止してでも助けに入らねばならないかもしれない。

 そう思ってまもなく辿り着く場所に警戒を向けていたのだが、


「そうですね。仕組みの説明は出来ないんですけどね、小型のバリスタみたいな物だと思ってください」


「スオー、そろそろフロアに出るよ。ゴブリンが2体」


「せっかくだから、最初は僕がやろうか」


「分かった」


 と、明らかにリディアが何かしらの探知能力を所持していることを示唆する言葉の後、ぱしゅぱしゅと小さい音がして、奥のフロアからドサドサッとゴブリン達の倒れる音がした。


「えっ?」


 リエリィが一瞬ビクッとしてヴァイスに顔を向ける。


「ゴブリン共はやられたらしい」


 ヴァイスも驚いたという声を出す。


「リディアが何かの魔法で感知したんでしょうけど、スオー君のその武器は勝手に敵を倒してくれる機能でもあるのかしら」


「どうなんでしょうね」


 スオーが爽やかな笑みを返してくる。

 答える気は無いらしい。

 さっきからの会話がダンジョン攻略のアドバイスを避けている事に対する意趣返しか。

 この青年は見た目に反してなかなかの反骨精神の持ち主らしい。


「ハッ、ぺちゃくちゃお喋りばっかりのガキかと思ってたが、悪くねぇじゃねぇか」


 ヴァイスは気に入ったらしい。


 実力の一端を示したことよりも、他人である私達に対し、秘するべき情報はしっかりと守るという姿勢を示した事への評価だろう。

 諜報部出身のヴァイスがレオスに情報というものの重要性を渾々と説いている姿は何度も目にしている。


 10階層に到着するまでは同様の光景が続いた。

 フロアの手前でリディアが警告し、続いてスオーが前方の闇に向けてぱしゅぱしゅと音を鳴らす。

 あとは倒れている魔物の横をそのまま進む。

 それだけだ。


 罠にも何故か引っかかる気配も無い。


 階層を進む毎に出現する魔物はより強いものへと変わっている。

 やる事はずっと、ぱしゅっと音を鳴らす事だけだが。

 だが、この辺りからはそれまでの魔物とは一線を画する強さの魔物が出現し始める。

 ハイオークやリザードマンのように何処から調達したのか、しっかりとした武装に身を固めた強力な魔物や、コカトリスやポイズンスパイダーのように状態異常攻撃を仕掛けてくる厄介な魔物だ。


 どこまでこの間抜けな音を立てる武器で通用するかと興味半分、試験官としての仕事半分で見ているとスオーが交代しようと言い出した。


「さて、リディア、そろそろ交代しよっか?」


「えぇー、面倒臭い。スオーがやればいいじゃない。その方が早いんだし」


「うーん、別にいいけど、これ、試験だからさ、何にもしてないとリディアだけ落ちちゃうかもしれないよ?」


「えっ、そうなんですか? クレイさん」


 リディアが聞いてくる。

 いや、実際どうなのだろう。


 元々、非戦闘職のメンバーまで含めたパーティ全員の実力を測れるように考えられた試験だ。

 戦闘に参加しないメンバーもそれぞれの役割をしっかりと果たしてパーティを16階層まで導く事が出来れば合格となるはずだ。

 私達の時もヴァイスはあまり戦闘には参加していない。


 だが、もしこのままの調子で16階層まで進む事が出来てしまったら、リディアに合格を出してしまって良いものか……

 こんなにあっさりと攻略出来てしまうのが異常なのだ。


「うむ? うーん」


 と、私が言い淀んでいるとリエリィが助け舟を出してくれた。


「問題は無いとは思うけれど、私達も一応試験官として実力を見せてもらいたいわ。やれるのなら、一回くらいはやってみせてくれても良いんじゃないかしら?」


 リエリィがウインクを飛ばす。

 なるほど、試験官として、か。


「そうですか。じゃあ次は私がやりますね」


 そう言ってずっと腰に下げたままの杖を取り、右手で前に突き出した。


「次はなんだか分からないけど、カエルみたいなのが50匹くらい居るわね。ちょうど良いわ。スオー、新しいのでいくわよ?」


「全体攻撃にもってこいだもんね、助かるよ」


 そんな軽口の応酬の後、


「ライトニングボルト」


 カッと一瞬洞窟内が明るくなった。

 驚いて目を閉じるが、間に合わなかったようで眩んでしまった。

 瞼の裏には洞窟の奥へ伸びる光の帯のようなものが残っていた。


「なっ、何をした! 目眩しを使うなら事前に言え!」


 視界が効かなくなってしまった為、慌てて他の感覚で周囲の警戒を強めながら、リディアに苦情を送る。


「す、すいません。こんな眩しいと思わなくって」


「あはは、でも魔物はちゃんと全滅させたみたいですから、大丈夫ですよ」


「あぁ、問題ねぇ」


 ゆるいスオーの言葉にヴァイスが後押しを付ける。

 それならばと、警戒は一旦緩め、目頭をモミモミと揉み解す。


「それにしても、今のは一体何なの? 聞いた事も無い詠唱だったわ」


「何なんでしょうねぇ」


 リディアまでが挑発的な声を出す。



 その後は大量の黒焦げになったパラライズフロッグの死体を目にすることになった。

 そこからはまたさっきの続きが再開され、私達はほぼノンストップで歩き続けた。

 本来、15層ともなるとどれだけ軽快に進んでも2時間半はかかる。

 それが今回はその半分程の時間で到着してしまった。


 期待以上だ。

 いや、もはや異常だ。

 何なのだ、この二人は。

 15階層の魔物、シザースベアですら例の武器の一撃で終わりだった。

 こんな程度の試験では実力の一欠片すらも測ることが出来ない。


 だが、これは嬉しい誤算だ。

 いずれ私達は魔王に挑戦せねばならないのだ。

 これほどの戦力があれば、魔王打倒だけでなく、レオン様と共に生還することも夢では無いかもしれない。


 あまりの一方的な戦況に意識が冒険者クレイから王国騎士クレイに帰ってしまっていた。




 まもなく15階層最後のフロアというところで、ヴァイス、スオー、リディアの足が止まった。


「やっぱり変よね?」


 リディアはもう少し早くから何かに気付いていたようだ。


「あぁ、魔物じゃねぇな。ちょっと待て」


 そう言ってヴァイスが意識を集中する。


「この気配は……、いや、まずいな。だが……」


 一瞬ヴァイスの意識がこちらに向いた気がするが、すぐに前方に向き直った。


「問題発生だ。クレイ、ちっと早いが試験はここまででいいだろ? 余裕で合格だ。俺がこの先を見てくる。お前らはここで待ってろ」


「あぁ、合格は問題ないが、どうしたんだ? 行くなら俺も行こう」


「だめだ。俺一人で行く。お前もここで待ってろ」


 ヴァイスが譲らない。

 隠密行動に長けた自分一人で偵察したいということだろうか。

 薄暗くて見えにくいが、表情はいつもと変わらないようには見える。


「分かった。気を付けてくれ」


 そう言って私は特段の覚悟も無くヴァイスを送り出してしまった。




 私はすぐにそのやってしまった安易な行動を後悔することになった。


 ズゴォォォォォォオオ!!

 と洞窟の奥から爆音と熱風が勢い良く流れ込んできた。


「ヴァイス⁉︎」


「行きましょう!」


 スオーが返事も待たずに駆け出した。

 すぐにフロアは見えてきた。

 今までとは違う、照明で明るく照らされた空間だ。

 私も勢いを上げて飛び込む。


 そこにはいくつもの黒く煤けた人型の何かが転がっていた。

 そしてその奥に一人の女が立っていた。


「あーらら、今度は団体様ねぇ。このくらいまで潜れば誰にも見られないと思ったんだけど、私ダメねぇ」


「貴様、メナスか!」


 僅かだが、見覚えのある顔を問い(ただ)す。

 確か少し前に第一王子リュース様に登用された魔術師の女だ。


「うふふっ、何処かで会ったかしら?」


 メナスが真っ赤な唇を楽しげにゆがめる。

 その時、一番近くに転がっていた黒焦げの人型からぅぅぅと呻き声のようなものが聞こえた。

 ハッとしてその人型、否、人を凝視した。

 そして気付いた。


「ヴァイスっっ!」


 それは真っ黒に焼け爛れ、髪も服も残ってはいないが、紛れもなくヴァイスだった。


「あぁっ、そんな、ヴァイス! なんでこんなっ!」


 同時にそれに気付いたリエリィが慌ててヴァイスに駆け寄り、[治療]の魔法をかけ始める。

 私も走り出すと同時に剣を抜き放ち、両手剣の切っ先をメナスに向け、リエリィとヴァイスを庇うように構えた。


「貴様がやったのか!」


「うふふふふふふっっっんっ、ぁあ、良いわぁ! 良いわよ貴方! 貴方からは恋の匂いがするわ。 そう、そうね。仕方がないわよねぇー。オトコノコだものねぇー! んふぅ」


 なんなのだ、この女は。

 メナスが急に頬を赤く染め、自身の腕で身体を抱きしめながらウネウネと身を捩り始めた。


「ダメっ、私の[治療]じゃ手に負えないっ、このままじゃヴァイスが!」


「リエリィさん、これを使って下さい」


 後ろでリエリィとスオーの声が聞こえる。

 残念だが、あの状態ではどんな薬でももはや……

私のせいだ。

 私があの時、一人で行かせたから……

 いや、今は目の前の事に集中しなければ。


「お相手はーーっ、そっちの赤髪のコかしら? それともそっちの茶髪のオンナノコかしら〜〜? いいわっ! いいわよ。そう、その欲望をっ! 欲情をっ! 解き放つのよっっっ!」


 万に一つの可能性に賭けて、治療の邪魔はさせまいと位置取る。

 そして、意味の分からない事を叫び続けるメナスに斬りかかろうと身構えた。

 瞬間、その女の瞳が怪しく光った。

 同時に身体の中からドクンッと心臓が大きく脈打つ音がした。


 なんだ? 何をされた?

 熱い、身体が熱い。

 これでヴァイスは燃やされたのか?

 いや違う。

 これは知っている熱さだ。

 だが、ダメだ。

 今こんな所で出すような、そんなものじゃない!

 静まれ静まれと心を研ぎ澄ませようとすればするほど、身体が更に熱を持ち、血流が一箇所に集まり始める。

 息が自然と荒くなり、顔がのぼせたように熱くなる。


 だめだだめだだめだ!

 何をされたのかは分からないが、今自分がどうなっているのかはハッキリと分かる。

 身体の一箇所が痛い程主張をしてくる。

 後ろを振り向きたい、その思いを捻じ伏せるように叫んで走った。


「うおぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!」


 一気に間合いを詰め、目の前の怪しく笑うメナスに今までに何万回、何百万回と繰り返した渾身の一撃を振り下ろした。


 手応えありだ!


 俺の剣は狙い違わず、メナスの左首筋から右腰へバッサリと両断して見せた。

 残心をもって確実に相手の絶命を確認し、やっと自身の欲望に従った。

 振り返った。


 敵と思われる相手を始末したのだ。

 次は仲間の心配をするのは当たり前だ。

 私が振り返るのはごく自然な事のはずだ。

 ヴァイスの安全を確かめる為だと思っていたのは体が後ろを向いて、視線が定まる直前までだった。


「あ…………」


 だめだ。

 私の視線は囚われてしまった。

 治療の担当を代わり、謎の液体をヴァイスに振りかけるスオーにではない。

 その傍らで驚く程緻密な制御で氷魔法を発動し、ヴァイスを冷やしているリディアにではない。

 その二人のお陰で奇跡的に蘇生を果たし、懸命に生きようとしているヴァイスにではない。


 自分には何も出来ないと狼狽(うろた)えながら、必死にヴァイスに声をかけ続ける赤髪の女性の姿にだ。


 目が引き寄せられて離すことが出来ない。

 心臓が早鐘を打ち、喉が渇く。

 

 グワングワンする視界の中でリエリィに歩み寄っていく。


「クレイ! すごいわ! ヴァイスが助かったの! クレイも大丈夫だった? クレイ?」


 言葉が出てこない。

 喉の奥からぁぅぁぅと掠れた音だけを鳴らしながらゆらゆらと覚束ない足をさらに進める。


「クレイ? どうしたの、クレイ!」


 俺の不調に気付いたリエリィが立ち上がって近寄って来る。

 だめだ。

 これ以上近寄らないでくれ。

 片隅に浮かぶそんな気持ちを灼熱の劣情が塗り潰した。

 もっと近くへ。

 あぁ、もうだめだ。


「クレイ? えっ」


 ドサッとリエリィに抱き付いて、そのまま倒れ込んだ。


「なに⁉︎ 痛いよ! クレイ!」


「ぁぁぁああああ! リエリィ! リエリィ!」


 俺の中にはもう何一つ自分を止められるものは無かった。


 強く強く抱きしめ、リエリィの髪に顔を埋め、思い切りその香りを吸い込んだ。


「ちょ、ちょっと! クレイ! 良い加減にっ! あぁっ」


 押し倒した姿勢のまま嫌がるリエリィの両腕を纏めて片手で抑えつけ、力任せに服を引き破る。

 中から白く柔らかそうな果実が溢れ出した。

 俺はその果実を飲んだ。

 砂漠で見つけたオアシスの如く飲んだ。

 渇いた喉を潤すべく、夢中で飲んで飲んで飲んだ。


「あはぁーーーん、いいわ、やっぱりオトコノコはいいわぁぁぁぁ!」


 後ろから声が聞こえる。

 おかしい、あいつはさっき……

 いや、なんだったか。

 そんなことよりだ、目の前の女神の果実にしゃぶりつく。


 後ろから羽交い締めに引っ張る力がかかる。

 邪魔だ。

 腕を一振りすると邪魔者は向こうの壁まで飛んで行った。


 あぁ、早く食べないと無くなってしまう。

 果実から上に白く伸びる首を丹念に味わい、次に何かを叫ぶために動き続ける唇に吸い付いた。

 この口だ。

 この唇から溢れ出す音が好きだった。

 しなやかで、厚みは薄く、濡れたようなピンクのこの割れ目から優しく投げかけられる言葉が大好きだった。


「お前の相手は僕がしてやるよ。魔じ……」


 後ろが騒がしい。

 さっきの甲高い女の声や聞いたことのある男の声、それに聞いたことのない男の声。


 どうでもいい。

 今はそんな事はどうでもいい。

 この熱く燃え滾る情熱を伝えなければ。

 この熱く迸る欲望を打ち込まなければ。

 この熱く湧き出る欲情を注がなければ。


 リエリィから滴る汗も涙も叫びも、全てが甘美だ。

 右の果実を味わった。

 左の果実を味わった。

 果実を実らせる白くてキメの細かい幹を味わった。

 唇を味わった。

 舌を味わった。

 涎も、汗も、涙も味わった。

 ずっと味わっていたい。

 だが、まだ味わっていないところがある。

 押し倒し、足を割り込ませ、グイグイと押し付け続けていた腰を一旦離した。

 いい加減、この布は邪魔だ。

 俺の侵入を邪魔する布を自分の物とリエリィのもの、両方纏めて掴み、引き千切った。

 白い幹の根本の茂みが露わになり、そしてその木のうろを占領せんとする凶悪な獣が現れた。


「いやーーーー! クレイ! 目を覚まして! クレイ! お願い! 負けないで!」


 リエリィの叫びが聞こえる。

 あぁ、なんて耽美な声だろう。


 俺は目と、耳と、鼻と、舌と、体全体に流れ込む甘い感覚に身を委ね、最後の一箇所を頂く為に視線を向ける。

 そして、獣は薄い茂みに狙いを定めて、一気にその身を捩じ込んだ。



 横手からゴウッと突風が吹いた。

 俺の全霊の突きと、その衝撃、どちらが早かったか。

 俺の身体は宙を舞い、石壁に叩き付けられた。

 痛みは一瞬で体から溢れる熱に飲み込まれて消えた。


 あと少しだったのに!

 あと少しで俺の情熱を注ぎ込めたのに!

 また邪魔をしやがって!

 誰がか邪魔しやがった!

 邪魔者は今度こそ排除してやる!


 立ち上がり、怒りに任せて目の前に転がる目障りな黒い塊を蹴り飛ばした。

 邪魔者は全て排除してリエリィを味わうのだ。


 欲情を滾らせた目にキラリと光る何かが映った。

 見た事のある何かだ。

 いや、今はそれどころじゃない!

 いや、だめだ! 思い出せ!

 何故か酷い焦燥感に駆られる。

 何だ、何だ、何だった、あの光る板は。

 蹴り飛ばした黒い塊からぶら下がるあの煤けた小さい板は。


「カール兄……」


 自分の声が聞こえた。


 そうだ、あれはカール兄の、優しくてなんでも知ってる俺の……私の大切な兄の首飾りだ。

 小さい頃に出征プレゼントに渡した飾り気も品も何も無い、ただ兄の無事を願って渡した私自身も忘れてしまっていた首飾りだ。

 カール兄はあんなものを今でも持ってくれていたのか。




 霧が晴れるように意識が覚醒する。

 何をやっているんだ、私は。

 向こうでは2組の男女が入り乱れて戦っている。


 そうだ。

 リエリィは?

 リエリィはどこだ。

 いた。

 リエリィは白い肌を覗かせながら破れた服を押し止め、涙を堪え、肩を震わせながらこちらを見ていた。


 目元に溜まる涙はまるで宝石だ。

 あぁ、美しい。

 チラリと覗く白い肌にまた頭がクラクラとし始め、下腹部に血が流れ込む。

 あぁ、あの甘美をもう一度……


 だめだ。

 絶対にダメだ!

 あの涙は!

 あの宝石は!

 誰だ!

 誰がリエリィを泣かせた!

 俺だ!

 俺がリエリィを泣かせた!

 リエリィを悲しませてしまった!

 もう同じ過ちはしない!


「ぉぉぉおおおお!」


 これ以上リエリィを泣かせてなるものか。

 覚悟を決めた私は破れた服から溢れ出し、再び力を取り戻して反り立つ獣に剣を振り下ろした。


 ここまで読んで頂きまして、ありがとうございます。

 お楽しみ頂けたでしょうか。

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 次話もご期待下さい。

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