19話 勇者のお気に入り②
古の伝説の中に魔王と勇者の話は幾度か出てくる。
なにせあまりに古く、口伝が間違って伝わっていたり、話と話が混ざり合ってしまっていたりと、もはや正しい歴史なのか誰かの妄想なのかも分からない、そんなものがほとんどだ。
だが、どの話でも共通している事がある。
魔王は世界を征服、あるいは滅ぼさんと我等人間の住む大陸に攻め入り、勇者は仲間を集めて、少数精鋭でもって魔王を打倒する、という事だ。
どの話でも勇者の攻撃は少数による一点突破なのは、強力な魔物共の大群を使役する魔王軍に対し、人類側が繰り出せる戦力は数では対抗出来ないという事なのだろう。
それでも勇者が魔王を打倒し、世界に安寧が訪れ、人類の版図が魔大陸にまで及んだ時代もあれば、逆に勇者が魔王に敗北し、人類が永きに渡って魔族の奴隷となった時代もあったらしい。
今代の勇者であるレオン様もまた魔王に対抗出来る力を持った仲間を揃える必要があった。
△ ▼ △ ▼
私にこそあっさりと漏洩はしてしまったが、レオン様が勇者である事は秘匿されたまま月日は流れた。
世界の何処かで同じく活動を始めているはずの魔王に対抗する為、私もレオン様も鍛錬に励み、時には街の外に出て魔物退治も行うようになった。
レオン様が側近を集めておかしな事を言いだしたのは、チラホラと魔物の活性化が聞こえるようになってきた頃だった。
「やぁ、諸君。ボク達は今日から冒険者になる」
「えーと、レオン王子? また何かイタズラを思い付かれたのですか?」
眉間を押さえながらリエリィが呻く。
リエリィは私達よりも2つ上で16歳の少女だ。
外はね気味のショートの赤い髪に瞳の色と揃えた金色の髪飾りが映え、長い睫毛を湛えた切れ長の瞳が美しい。
城から抜け出したレオン様が城下の修道院で働いていたところを美人だ、という理由だけで無理矢理引っ張ってきて側近に取り立てたのだ。
最初は困っていた彼女だったが、私達と行動を共にするうちにレオン様の突飛な行動は、実は孤児院上がりの彼女の世間知らずに付け込まれ、修道院で過酷な労働を強いられ搾取されていた状況から救い出す為の行動だったのだと気付いたのだった。
レオン様は恩に着せるような事は一切しないし、そのような事で出来上がる関係を望んでいない事を正しく汲み取ったリエリィはそれ以降も変わらない態度で忠義を尽くしている。
しかし、レオン様の慧眼と言うべきか、運命力と言うべきか。
彼女のスキルについてレオン様は知る気も無かったようだったが、彼女は治療と解呪のダブルスキルの持ち主だった。
将来の対魔王パーティメンバーとして考えれば充分な適格者だった。
「いやいや、イタズラなんて考えてないよ。むしろこれはボクが国の為を思ってやるお仕事だよ」
「いやいや、王子の仕事は冒険者じゃなくて王子だろーがよ。その上、俺らの仕事まで勝手に決めんじゃねーよ」
ヴァイスが口汚くレオン様に反論する。
ヴァイスは灰髪灰瞳、長身痩躯の男だ。
歳は私達の中で最年長の17歳だが、チンピラのような見た目と態度のせいであまり年長者扱いはされていない。
この男もまたレオン様が王国内の諜報部から拾ってきたらしい。
あんなの子供のする仕事じゃない、だそうだ。
口こそ汚いが、ヴァイスもまたレオン様に恩義と親愛を寄せる忠実な側近だ。
「フフン、諸君らに拒否権は無い! そしてこれからボクの事は王子ではなく、冒険者レオスと呼ぶように」
いつもの楽しそうな笑顔だ。
「まぁ、我々はいつも通りどんな理不尽な命令でも従うだけですが、レオン……ス様、せめて目的だけでもお教え下さい」
「そうだね。もっともだ。さすがリエリィだね! ボクらは強くならなきゃいけない。それから、強い人を見つけて側近に引き入れなきゃならない! だから、冒険者になるんだ!」
ほとんど無口な私ほどでは無いが、レオン様の説明力も大概酷い。
「なにが、ならない! なのかも、なんで、なるんだ! なのかも結局わかんねーよ!」
ならない! の方は勇者としての務めのためだ。
この二人にはまだ打ち明けられないので分からないのは仕方がない。
だが、なるんだ! の方は私にも分からないので同意を込めて頷く。
「えぇ? クレイも分からないの? 参ったな。えーと、ボク達は冒険者になる。そして、他の冒険者達を育てる。それで強そうな人がいたらスカウトする。わかる?」
「レオス様、王国全体の戦力の引き上げは大切ですが、それは王子の仕事ではありません」
「んぅー、いまはまだ言えないけど、必要になるんだよ。それにスカウトも必須なんだ」
「それならばそう私共や城の者達に命じられれば良い事ではないのですか?」
「だめだ。何よりボク達が強くならなきゃいけない! これはボク自身でやらなきゃいけない仕事なんだよ」
残念な説得が続くが、レオン様の突飛な行動を止められる者などいない事は誰よりもこの場の三人が一番良く知っている。
「やっぱり何一つ解りゃしねぇ。まったくっ。もういいぜ。いつも通りだ」
「そうね。いつもの事ね」
二人が諦めてレオン様に向き直る。
私も再度頷いて同じく向き直る。
「ははっ、みんな、いつもボクの我儘を聞いてくれてありがとう。じゃあ改めて命令だ。ボクらは今日から冒険者になる。いいかな?」
「「「はっ」」」
△ ▼ △ ▼
私達が冒険者になった2年前からパーティの活動拠点として使っている一軒家の作戦室でレオン様が口火を切った。
「ドラゴンを倒せってさ。そろそろボクらも何かした方が良いのかな?」
「レオス、陛下の言葉の主旨はドラゴンを倒せではない。
ドラゴンを倒せる人材を集めろだ」
この2年で背は伸びたが残念な説明力も、子供っぽい物言いも変わらないレオン様に訂正を促す。
私の方はこの2年で多少は無口が改善出来たと思う。
「自分で倒しても構わないって言ってたから同じようなものじゃない?」
「どっちでもいいが、結局レオスが言ってたスカウトは一つも成功してねぇんだ。今更人材集めは無理があるだろ」
「確かにね。2年掛けて、そもそもレオスのお眼鏡に適う人材が全くいないって。どれだけハードル上げてるのよ?」
現在は私達四人は金級冒険者パーティ[セイクリッドブレイブ]としての活動中だ。
喋り方も相応の喋り方をしている。
「魔王を倒せるくらいかな。あははっ」
「越えられないハードルは壁って言うのよ?」
二人にはまだレオス様が勇者である事は伝えてはいない。
だが、察しの良い二人であるし、一緒に居る時間も長い。
何となくは気付いているだろうし、その上で何も言わずにいてくれているのが分かる。
「……。
メンバー探しは気長にやるしかない。
騎士団式の剣技指導と魔術指導を取り込んだ。
王都の冒険者のレベルは全体的に上がっている。
俺達も忙しい」
「クレイ? 話と話の間には関節の言葉を入れるのよ? 頑張ってるのは分かってるけど、それじゃ伝わらないわ」
リエリィがサラサラと赤い髪を揺らして、私の顔を覗き込みながら話しかけてくる。
「すまない」
「んふふー、リエリィ様々じゃないか、クレイ? その調子で頑張ろう」
この2年で私の無口が多少改善したというのは、見かねたリエリィがこうやって子供を諭すように私に話しかけてくれたおかげだ。
感謝をしている。
「クレイの言う通り、国全体の戦力強化は進んでる。ま、所詮俺ら四人で出来る程度のものだ。元々そこまで大きい事が出来るわけじゃねぇ。それよりも、だ。例の新人二人組だ。エンティーヌ川で足止め食ってる数日でオリハルコンタートルを倒したらしい」
「へぇ、すごいじゃない。それって確かダネモの田舎の方で一気にランクを上げてる新人がいるってレオスが気に掛けてた子達よね?」
「ヴァイス、雨はまだ上がったばかりだ。
情報が早すぎる。
確かなのか?」
「クレイ?」
関節の言葉、だな。
分かってはいるのだ。
「すまない、善処する」
「あぁ、ちょっと言いにくいあのルートからの情報だ。間違いは無いだろう。他に金級冒険者も一人、一緒だったらしいが、アダマンタイトタートルならまだしも、オリハルコンタートルだ。金級一人居たってどうにかなるとは思えねぇ」
「そっかー! 楽しみだね。確かオリハルコンタートルってワイバーンより強いんだっけ?」
「あぁ、俺も実際にやり合った事はないが、空こそ飛べねぇが、とんでもねぇ硬さでダメージなんてとてもじゃないが与えられないらしい」
「それを破るほどの攻撃力があるということか」
「どうだろうな。物理も魔法も全く効かねぇって話だ。毒とかの方があり得るとは思うぜ」
「確か、男の子の方が薬師で、女の子の方が魔術師だったかしら。薬師の冒険者なんて聞いた事がないものね」
「まぁまぁ、みんな、その二人もおそらく目的地はここだ。会ってみてからのお楽しみにすれば良いじゃないか」
楽しみだねぇとレオン様は期待に目を輝かせながら、全員の顔を見回した。
「彼らの金級昇格試験の担当をボクら[セイクリッドブレイブ]にやらせてもらえるようにお願いしておいたから、しっかり実力を見せてもらおうじゃないか!」
レオン様は手を広げてキラキラと楽しみオーラを全開にしている。
楽しそうな事が目の前にあるといつもの事だが、やはりお忘れなのだろうか。
「レオス、お前はしばらく会議だろう」
「…………? っあ!」
1年に1度の領主会議の時期だ。
雨上がりと同時に各地から領主達がやってきて、会議が行われる。
長雨の影響もあり、遠方の領主の到着はまだ時間がかかるだろうから、会議の開始はしばらく先になるだろう。
だが、王族には早く到着した領主達との個別会談の予定がびっしり詰まっているはずだ。
それに今年はおそらく……
長らく秘匿してきた情報ももう抑える限界がきている。
会議には重要な話題が上がる事になるだろう。
「あああぁぁぁぁーー! どうしよう? クレイ、会議なんてどうでもいいことやってる場合じゃないのに!」
「どうしようもないな。
任せろ」
「そんなぁー、せっかく冒険者ギルドの上層部に取り入ってまでしてボクが見つけてきたのに。報告書の山からこの二人を見つけてくるのがどれだけ大変だったと思ってるのさ」
「代われるなら代わってやる。
陛下に相談しろ」
「絶対無理じゃないかー!」
気持ちは分からないこともない。
王国中から集まる報告書のほとんどは私達にとっては何の役にも立たないものだ。
その閲覧許可に王族特権を使いはしたが、その膨大な情報の中から対魔王の戦力となれるような人材を見つけるなど、藁山の中から針を探すに等しい事だ。
私はレオン様が連日遅くまで報告書と睨み合いをしていた事を知っている。
だが、それとこれとは話が別だ。
私に王子の代わりは出来ないが、試験担当はレオン様が不在でも問題は無い。
私達三人は抵抗を続けるレオン様を簀巻きにして城へ送り返し、金級昇格試験を受けに王都へやってくる二人を待ち構える事になった。