18話 勇者のお気に入り①
私の名前はクレイ=アルマン。
アーツクライク王国第三王子であるレオン様に仕える騎士だ。
王国騎士団長である父の元に生まれた私は兄達がそうであったように、王族の子供の将来の側近となるべく、一番産まれの近かったレオン様と兄弟のように育てられた。
我がアルマン家は祖父も父もそうして代々王家を支える家系なのだそうだ。
先代国王と祖父が同年代であったなら、自然、現国王と父が同年代となる。
父の三男である私が第三王子であるレオン様と同歳となるのは必然的なものだったのだろう。
だが、王族の近習となる事は必然だったとしても、喋り下手で己の考えを伝える事が苦手な私にとって、レオン様にお仕えする事ができたのは偶然が引き合わせた類稀なる幸運だったと言えるだろう。
仮に相手が長兄カールが仕えるリュース様であったならば、あの王太子然とした横柄な物言いや、それに日々浴びせられる厳しい叱責と罵声に私は耐える事が出来なかっただろう。
思慮深く、忍耐強いカール兄であったからこそ、なんとか今も側近としてのお役目を続けていられるのだ。
しかし、そのカールをもってしても近頃はあくまで公ではない家族内の相談としてだが、父に配置変換を希望しているらしいが。
次兄キーファの仕えるルイス様であったならば、もっと酷い事になっていただろう。
ルイス様は冷静沈着でリュース様のように声を荒らげる事などありはしないが、実力主義を旨とされており、その上で部下となる者にはどんな状況にも対応できる総合的な力を求められる。
剣を振るしか能の無い私では成人を待たずして見限られていただろう。
そうなれば私個人だけではなく、アルマンの家名にまで傷を付けていただろう。
兄弟の中で飛び抜けた軍才に恵まれたキーファ兄はルイス様の元で遺憾無くその辣腕を振るっている。
苦境を耐え、主の手綱を握ることも、知略を走らせ、軍を率いる事も出来ない私はレオン様の快活で温厚な人柄に救われていた。
レオン様はとても王族とは思えない天真爛漫とも言える性格をしており、貴族も平民も分け隔て無く誰彼構わず友人になろうとしてしまう。
城に篭っているのも窮屈なのか、昔から城下へ抜け出しては平民達と楽しそうに交流し、私もそれに付き合わされた。
帰城後、毎度のように叱られるのだが、城の者達も城下の者達もレオン様を悪く言う者は見た事がない。
奔放に動き回り皆に愛されるレオン様と、その破天荒なまでの行動力に無口に付いて回る私は意外と息の合った組み合わせだった。
私とレオン様は主従であるが同時に、紛れもなく互いに親友と呼べる存在だった。
レオン様の妹である第一王女と、私の妹の関係も非常に良好らしく、母上はよくもこう適材適所に子供を産み分けるものだと、最大の功労者に驚きを禁じ得ない。
実は占星術のスキルでも隠し持っているのではないだろうか。
そんな疑惑が更に深まったのは私とレオン様が10歳になり、適性検査を受ける事になった時だった。
私の適性は剣士、スキルは剣技と身体能力向上だった。
何でも卒無くこなす優秀な二人の兄に比べ、私は不器用で頭も良くは無かったが、ただ、剣を握っている時だけは誰よりも一番だった。
6つ上の遥かに身体が大きいカール兄も、搦手を駆使して責め立ててくるキーファ兄も、剣術の練習場ではいつも私の前で地面を舐めていた。
10歳を迎える前から、適性検査を受けるまでもなく、私にはただただ剣を振るだけの才能があった。
そして、レオン様にも神託が下された。
王族の男子の適性は[王]か[為政者]、スキルは[聖剣技]であると、これもまた適性検査を受けるまでもなく王国400年の歴史が教えてくれていた。
だが、レオン様は違った。
スキルは通例通り[聖剣技]だったが、レオン様の適性は[勇者]だった。
魔王が存在するから、それを打倒する為に勇者が産まれるのか。
勇者が存在するから、魔王もまた産まれるのか。
そんな事は誰にも分からない。
だが、分かっている事があった。
いつの時代も魔王が居る時代には勇者が産まれる、逆もまた然りだという事だ。
どちらか片方だけが産まれてきたという伝説はどこにも残っていない。
レオン様は、この天真爛漫な少年は、好奇心旺盛で心優しい愛すべき親友は魔王と戦う宿命にあるのだ。
そして、やはり正しく私をそのレオン様の元に産み落としてくれた母上に感謝した。
ただ剣を振る、それしか能の無い私が、ただそれだけの能をもって主を守る事が出来るのだと。
勇者の誕生はレオン様本人とその両親、儀式を執り行ったアーシア教の教皇ハイスディクトの三人に、警護の為、騎士団長である父上を加えた四人で秘匿されることになった。
救世の英雄の誕生は喜ぶべきものなのだろうが、その情報は魔王の誕生をもまた示唆するものであり、魔王の影響がまだ見られない段階で発表するのは無用に世界に混乱を招き、レオン様の身にも危険を招くだけの悪手であると判断されたのだ。
何故、私がその秘匿情報を知り得たのか。
レオン様があっさりとバラしたのだ。
「クレイ! 絶っっ対に秘密なんだけど、クレイにだけは特別に教えてあげるよ。適性検査の結果さ、ボク、勇者だって。一緒に魔王やっつけよーな!」
いつもの楽しそうな何の不安も感じさせない無邪気な笑顔だった。
側近候補である私への通達は正式なものだと思い込み、魔王討伐への同行の決意を父上に話したことで、秘匿情報の漏洩が発覚し、レオン様と何故か私まで一緒にこっぴどく叱られた。
叱られ慣れている私達でもウンザリする程説教は続いたが、私の心は晴れ渡っていた。
皆から愛され、沢山の人に囲まれているレオン様が誰あろう一番に私を頼って下さったのだ。